1:突然──来訪
「──、私と付き合って!」
「断る」
少女の必死に叫びに、少年は冷徹な返答でそのまま歩き去る。
日中の街中。それは有り触れた日常だった。
世界的に魔導と科学が発展する先進国、グランフェルド皇国。
その国の首都である皇都シュトルツでは空の光景を鏡の様に映すビルの合間を、鳥のように小型の飛空艇が舞い、路上では道路の両脇に色彩も豊かな建物が建ち並んでいる。少し道を外れれば、昔ながらの木造建築の住宅地に訪れることができた。
それはまるで、未来と過去を行き来するような錯覚を起こす、不思議な情景変化。
都心に慣れない人間なら、この光景は壮観だろう。
しかし、慣れ親しんだ人間にとっては特に珍しくもない背景にすぎない。
日常通り、道路では車が疾走し、道では人々が往来する。
皆、自分の行き先しか見ていない。
だが、街中で起きたと先程のやり取りに気づけば、何人かが視線を変えた。
傍から見れば、男女間で起こった痴情の縺れにしか見えないも光景も、有り触れている景色に過ぎない。野暮な人間でも、少しの間でしか興味を示さないだろう。
しかし、それを見た時、思わず足を止めて眺めてしまうものが多発した。
流れる、黄金の波。
輝きを束ねた様な金の髪を靡かせて、男の背を追う少女は可憐であった。
幼さが残る人形のような整った顔には宝石如き輝きを放つ青い瞳。護身用なのか、腰には剣を納めた鞘をベルトから下げていても、彼女の魅力を損なわせない。むしろ、彼女から発する凛とした空気に相まって、その美しさを増している。
麗しい少女剣士。華やかな服装ならば、何処かの令嬢に見えるだろう。
男女問わず、視線を集めるには十分な容姿だ。
そんな彼女を袖にする男を、人は嫉妬、あるいは避難するようにどんな奴かと確認する。だが、見た瞬間に、思わず息を飲んだ。
眼鏡の奥に潜む、獣のような眼光。
平均よりもやや高めの身長の少年、見る者によっては青年、男性と称される彼は見るからに危険な雰囲気を醸し出している。
読書家なのだろうか、腰に鎖で繋がれたカバーのベルトで閉じられている本がぶら下がっている。もっとも、この男には知的よりも粗暴の言葉が似合うだろう。
関わりたいと思うのは、大半が物好きだ。
彼が自分の視線に気づかぬ前に、眺めていた人間達はそそくさと歩みを再開させる。
そんな周りの視線を時折集めては放しながら、少女は青年の背中を尚も追い続けた。
「ま、待って、ルイベル! まだ話は終わってないよ!」
「返事がさっきした。それで話は終わりだろが」
名前と呼ばれた青年、ルイベル・ルクティウスは眼鏡の奥から鋭い視線を後ろに向けて、言葉を吐き捨てる。
声は、獰猛な野獣の牙のような鋭い熱を感じさせた。
気弱な人間ならば逃げ出してしまうような威圧を間近に受け、少女はなおも追い縋る。
そんな彼女の顔が苦悶に歪んでいるのは、ルイベルに睨まれたからではなく、少し前のやり取りが原因である。
「あんな返事じゃあ納得できないよ。だから、もう少し話を──」
「なら歩きながらでも話ができるだろうが。お前は道の真ん中でおしゃべりする非常識な奴に成り下がったのか?」
「あっ、そうだよね。えっと、何処かの御店に入る?」
「同じ内容なら長々と話しする気はねぇ。俺も暇じゃねぇんだよ」
「あれ? もしかして、これから仕事だった?」
「…………ちげぇ」
嘘をつくこともできたが、ルイベルは面倒そうにしながらも正直に答えた。
正直に答えるのが面倒だったのは、次の反応が予想できたからだ。
少女は頬を緩ませながら言う。
「じゃあ、私と付き合えるね」
「おいおい、なんでそうなるんだよ」
「だって、暇なんでしょ?」
「暇じゃねぇって言ってんだろうが」
「それじゃあ、今から何するの?」
「帰って本を読む」
そんな理由を聞いた少女は、きょとんと表情を変え、そのままむっと顔を顰める。
「……そんなの今なら何時でもできるでしょう。それなら私と付き合ってよ」
仮に一連の流れを全て眺めていた者がいたとすれば、ここで大半の人間が彼女のニュアンスで気づいただろう。
誤解を生む言い方だが、彼女の『付き合って』とは男女のそれではない。
もし、そうであればその辺りの男ならば彼女の容姿だけで喜んで了承した者もいただろう。別の意味でも二つ返事で引き受ける者がいたはずだ。
だが、ルイベルはどちらでもない。
二人の関係は既知の間柄なので前者の可能性は状況から排除しており、後者であっても受ける可能性は低い。
それでも、内容が内容でなければ、彼もここまで拒絶の念は示さなかっただろう。
「おい、ステラ」
「ん、なに?」
名前を呼ばれた少女、ステラ・アラウムは首を傾げた。
「てめぇの要件を、端折らず、明確に、もう一度、言ってみろ」
「ん? わかった。でも、さっき言ったことを忘れてしまうなんて、ルイベルもドジなとこがあるのだね」
「余計なことはいいから、もう一度言いやがれ」
「ルイベル。いい加減、人に対してそんな態度は改めたほうがいいよ? 私、友達だけど、さっきの扱いには思わず泣きそうになったし―――」
「話が進まねぇから、さっさともう一度言えよ。じゃねぇと、今度こそ黙って、てめぇほっといて帰る」
「あ、わ、わかったよ」
ステラは少しだけ慌てながらルイベルに言った。
「ルイベル、ドラゴン退治の仕事をペアで受けたから私と付き合って!」
「断るッ!」
ドラゴン。蜥蜴に似て、全く異なる超生物。
鍛え上げられた鋼よりも硬い鱗。重機以上の膂力。種別によって異なる吐息を吐き出し、中にはミサイルでも耐えられる装甲戦車の一個師団を軽く一掃できる存在もいる。
普通の人間なら、絶対に会いたいなんて思わない生き物だ。
それを、一緒に買い物に行かない? みたいなノリで言われたら誰もが拒否するのは当然である。
「ていうか。なんで、俺がお前と一緒にそんな面倒なことをしないといけねぇんだ」
「だって私とルイベルはフライハイトじゃない。何処にも所属してなら自分達で稼がないといけないよ」
フライハイトとは何処にも所属していない自由契約の人間の総称だ。
無職の人間とはまた違う。ある種の技能を持ちながらどの組織に所属もせず、個人で仕事を請け負っている人間である。
もっとも、何も活動を行わなければ昨今増加している若年無業者と変わりない。
それを避けるために仕事は積極的するべきなのだが、時には仕事の吟味は必要だ
「だからって、何でよりにもよってドラゴン退治なんだよ」
「困ってると思うし、私とルイベルなら大丈夫!」
ステラは自信に満ちた顔で、胸を張り言った。
「私は剣士。ルイベルは魔術師。二人の剣と魔術があれば大抵の事は乗り越えられるよ」
魔術師とはその名の如く、魔術を使う者。ルイベルはその一人だ。
魔術とは様々な事象を魔力によって発現する神秘のことである。
魔力とは大気や地中、生物の体内で精製されるエネルギーであり、ただ魔力を出すだけでは魔術とは呼べない。
だが、魔力を使うだけならば魔術師以外でも多く扱っている。
現在街中で動いている機械の中では、魔力を原動力にしている物も数多く存在し、個人で魔術師でなくても、魔力によって身体や所持している道具を強化し運動能力を引き上げる人間もまた多い。
ステラもまた、魔力を力に変える剣士の一人だ。
だが、如何に魔力によって身体能力を引き延ばそうが、魔術によって摩訶不思議な事を引き起こそうが、限界は当然存在する。
一般的な魔術師や剣士などが数人、いや数十人集まっても、他の生物を軽く超越した存在であるドラゴンを討伐することは困難極まる。
それをステラはルイベルと一緒ならば成し遂げると豪語したのだ。
身の程知らずの愚者か。あるいは己の力に絶対の自負がある強者か。
他者からの判断は見る物によって変わるが、少なくとも言った本人は後者であるからこそ宣言している。
それに対して否定的な言葉を出しもせず、顰め面で黙るルイベルを良いことに、ステラはそのまま意気揚々に語る。
「それに、私たちはせっかくあの国立皇都中央学園を跳び級で卒業したんだし、働いて社会に貢献しないと駄目だよ」
国立皇都中央学園。正式名称はグランフェルド国立皇都中央学園。
ここ、グランフェルト皇国に置いて、魔術師や騎士など、様々な分野で活躍する人間を育成する国内最大の教育機関のことだ。
ルイベルとステラの年齢は互いに今年で十七歳になる。
この歳で卒業を果たしたのが事実ならば、それだけでも優秀と評価されるだろう。
──しかし、それを聞いたルイベルは顰め面から表情を消し、冷ややかな声で呟いた。
「した。じゃなくて、させられた、の間違いだろ。互いにな」
「!?」
その言葉にステラは雷でも受けたかのように顔を強張らせて、そのまま消沈したように俯き、道の途中で立ち止る。
今度はルイベルも一緒に立ち止った。
「その……ごめん」
「別に謝る事はねぇ」
先程の元気は何処に行ったのか、元気のないステラの謝罪をルイベルはさらりと流す。
黙ったまま二人の周りを、何人かが通り過ぎた。
そんな長い沈黙の後、ステラはそのまま俯いたまま、不安そうな声であることを訊ねてみようとする。
「ルイベル、やっぱり後悔──」
ステラが言い終わる前に──。
ステラが言おうとしていることが解ったルイベルが反応する前に──。
それは落ちてきた。
丁度、ルイベルとステラの間。
空から落ちてきたそれは地面に叩きつけられようとしていた。
それが見えたルイベルは咄嗟にそれが地面に叩きつかれる前に、ルイベルは横から突っ込むようにして両腕で受け止めた。
「ルイベル!?」
ステラが叫ぶ。
受け止めた部分から激痛が走るが、ルイベルなら無視できる痛みだった。が、彼が認識をした直後には、ルイベルはそれを抱えたまま、背中からコンクリートの道に叩き付けられ、そのまま勢いに飲まれ滑って行った。
体が引き摺られ、道と擦って生じる摩擦が、ルイベル体を削った。
「ちっ!」
「ルイベル、大丈夫!?」
流石に痛んだ、忌々しげにルイベルは舌打ちしながら起き上がる。そんな彼の元へ、ステラが慌てて駆け寄って来た。
ルイベルか体中から発信される損傷の信号を無視し、両腕いるそれを確認した。
女だった。見た目の年齢はルイベルやステラよりも高い成人した女性。
癖のあるブロンドの髪で、瞳の色は気絶しているのか確認できない。身なりは所々汚れているが、良いものを着用していた。
ルイベルを腕の中の助勢を再認識すると、次の瞬間には彼等を囲むようにして再び別の物体が落下してきた。
今度は、ドゴォオオン! と重々しい音。
建設中のビルから、鉄柱でも落ちてきたかのような破砕音を響かせながら、それはやって来た。
気づいた人々は、顔色を変えて絶句する。
落ちてきたのはそんな無機物のものではない、生命があり、動く存在。
数は五体。
一見するなら、三メートルはする大男。
だが、頭部にある丸い瞳は一つ。形状は限りなく成人男性に近いが、肌は毒のような緑色であり、異常まで盛り上がった筋肉はまるで鎧のようだった。
魔物。
魔物とは強い魔力が宿った人間以外の生物の総称だ。
全てではないが危険な生物が多く、鬼気迫る勢いでルイベルたちを取り囲む魔物がどちらかなど見て判断できるだろう。
名称、サイクロプス。当然のように人を襲う魔物だ。
突然現われた魔物に周囲の人間が悲鳴を上げて、ステラが警戒しながら素早く抜剣する。
ルイベルは女を抱えたまま、心中で考える。
白昼の空から女が落ちて、その後、街中にモンスターが現れる。
そんなお約束な展開、本の中だけであってほしいと、彼は内心で悪態を吐いた。
初めましての人は初めまして、貫咲賢希です。貫咲賢希と読みます。
この作品、一応、なろうの俺teeee系に部類されるのかな?
随分前に書いた作品を、今年になって修正して、人に見せれるまでにしたつもりです。
感想、お待ちしてます。
なお、これとは別に【限定†GB】という作品も投稿してますので、よろしければそちらもよろしくお願いします。