水曜日の人
「くあ~~~~! 完全にぬかった!」
「陽介本当にもう!」
「いや、アレはだな、お前らが何も言ってこなかったからで!」
なんやかんやあって下校時刻。俺、文子、陽介の三人で本日の反省会を開いている真っ最中。
一限目で失敗した俺たちはその後の教科で出されていた宿題は何としてでも提出してやろうと完璧に陽介から拝借して書き写してやった。まあクズの所業である。
「今後はこういうことが無いように頼むよ。ふんっ」
人差し指を陽介に向け、偉そうに話す文子。さながら上司と部下のようだ。
「こいつら頼む側の分際で……」
不満そうに舌打ちをする陽介。
「まぁまぁ落ち付けって。今日は俺んち誰もいないし、文子が晩飯作ってくれるって言うからさ、三人で食おうぜ」
「ん、そうなのか。ならば家に夕飯はいらないと言わなければ」
少し陽介の表情がほころぶ。文子の作る料理はウマいと評判だ。確実にその辺の家庭の料理よりは飛びぬけてウマいと思う。超高校生級という言葉があるのなら文子の料理はさしずめ超家庭料理級といったところか。ん? なんか違うか。
陽介はおもむろに携帯電話を取り出して今晩の夕食はいらない旨を伝えている。電話している所まで男前に見えるとは胸糞悪い。やっぱ来るな。
「ところで、今日は何を作るか決めてるのか?」
「いや、大哉の家の冷蔵庫見てないから何にも決まってないよ」
「あぁ、そりゃそうか」
「まあ初日はカレーでいいかなって思ってるんだけどね。多分材料あるでしょ」
「カレーかー。そういや最近はカレーと言えばレトルトしか食ってなかったからいいかもな。作り置きしとけばまた食えるし」
脳内でイメージされるカレーの香りに腹が鳴る。しかし待てよ。
「……ていうか今お前初日って言ったよな!? まさかこれから一週間毎日来るのか!?」
「え? そのつもりだけど」
キョトン顔をする文子。そして続けて自慢げに言ってみせた。
「夕飯だけには留まらず、洗濯から家の掃除までやれることは何でもやるつもりなんだけど!」
「やめてくれ! 俺のプライバシーを侵すことはするな!」
「いや、だってそうしてくれって大哉のおばさんに」
「嘘付け!」
「大丈夫大丈夫。大哉の部屋は覗かないから。夜中パソコンでナニをしてるかは知らないけどさ」
ニヤつきながら口に手を当てる文子。
「えっ……夜中ってお前知らないはず……なんで」
「まあ知らないけど。ふっふっふ。大哉、墓穴掘ったね!」
「き、貴様っ……!」
まんまと文子にこの場を仕切られてしまっている。このままでは俺の威厳が危うい。
「お前ってこういうことには頭回るのな。それを勉強に活かして俺を助けてくれよ」
「うわぁ……どうしようもないなぁ」
あれ? さらに評価が下がった?
「そのクズを見るような目を止めろ! お前も大体同じだからな!」
「――痴話喧嘩も見ていて微笑ましいがな、もうダイヤんち着いたぞ?」
この言い争いは傍観者である陽介が終止符を打った。痴話喧嘩というのはちょっと聞き捨てならないがここは聞かなかったことにしておいてやろう。
「え、いつの間に」
「おっじゃまっしまーす」
意気揚々と先頭を切って歩く文子。アホか、鍵は俺が持ってるからまだ開くワケが――
がちゃり。
「さすがに暗いねー、ちょっと明かりつけてー」
「はいはい」
陽介が玄関に入って照明スイッチを押す。そんな二人を呆然と見る俺。
「どうしたダイヤ。早く入れよ」
「お……お前の家みたいに言うな! なんで文子がうちの鍵を持ってるんだよ!」
「おばさんが貸してくれたんだよ」
しれっと言う文子に呆れる。もう好きにしてください。
「適当にリビングにいてくれ。すぐ行くから」
俺は陽介にそう言うと、どたどたと台所に向かっていく文子に嘆息しながら二階へ上がる。
「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、お肉……お肉」
文子はリビングのカウンターを挟んだ台所奥の冷蔵庫を漁っている。
かたや俺は自分の部屋で私服に着替えリビングに入る。陽介はリビングのソファに座り適当に携帯電話を弄っていた。出張ばかりで家の中では基本的に一人な俺だが、たまにこうやって文子と陽介の三人で晩飯を食べることがある。
「ねえねえ、最近『水曜日の人』のやることがエグくなってきてるの知ってるー?」
俺がこの光景に一人和んでいると、冷蔵庫に顔を突っ込んでいる文子がふと尋ねてきた。余りに頭を奥の方に入れているせいか、太ももが露わになってしまい目のやり場に困る。
「この町の住人じゃないならまだしも、俺たちが知らないはずないだろ」
俺は当たり前のように答えた。
自分でもあまり現実味が無いと感じてしまうが、今や他人事とも出来ないほどこの事件が身近になってきているのも事実である。
いつ頃からだろう。大体一年前から、俺たちの住む住宅街を中心に、通称『水曜日の人』と呼ばれる不審人物が現れるようになっていた。由来は簡単。水曜日に決まって現れるから、それだけである。一体誰が名前を付けたのか知らないがネーミングセンスなんてあったものではない。俺だったら真夏の熱帯夜でも背筋の凍るような、狂気に満ちた名前を付けてやるのに。……今のところは依頼がないので考えようとも思わないけど。
最初は全身黒づくめのフルフェイスヘルメットを被った人物がこの住宅街で度々目撃されるようになり、それを不審に思った住民が警察に通報、その警察は不審人物を目撃していないものの、近隣住民のたっての希望で周辺の警備が強化されるようになった。すると次の週から黒づくめの目撃情報はぱったりと無くなったのだった。
――しかし平和だったのはその週だけだった。黒ずくめの目撃情報は無くなったものの、また次の週の水曜日から今度は違う異変が起きるようになった。通行人への悪質な嫌がらせである。
突然何者かに突き飛ばされたり、小石を投げられたり。初めはそこまででもなかったのだが週を追うごとに犯行はエスカレート。誰も乗っていない原付が突っ込んできたり、どこか家の屋根からかレンガを落とされたりと悪質化している。
ここで最も不可解な点は、誰も犯行現場を見ていないことである。そう、被害者でさえもだ。
不審人物の次は通り魔。明確な犯人像が掴めぬことによって住民の不安は増すばかり。そしてその時期からいつしかまことしやかに言われるようになった。あの黒づくめの仕業なのではないかと。
水曜日の夕方、決まった時間帯に行われる犯行。昔は毎週のように発生しいていて、一時期はメディアにも取り上げられたりしたが、現在は不定期で、ちなみに先月はゼロ件。はたまた先々月は三件とまるで警察を嘲笑っているかのようである。
「どうしたダイヤ、いつになく真剣そうな顔して」
「ん、いやただ物騒な世の中だなーって」
「まるで他人事だな。明日はお前かもしれないぞ?」
陽介は意地の悪そうな笑みを浮かべて俺を脅かす。あぁ、そういえば明日は水曜日か。何も起きなければいいけど。
「うるせえ。百パーセントお前が襲われる。賭けてもいいぞ」
「ほう?」
さらにニヤリと不敵な笑みを浮かべる陽介。昔からこういうことになったら一歩も引かないのが俺たちで。
「もうその話はいいから! 夕飯の準備するよ!」
「くっ……!」
「……うむ」
それを仲裁するのが文子の仕事だ。昔から何も変わっていないと苦笑する。
「――文子? お前の携帯、なんか鳴ってるぞ?」
そんな時、リビングのどこからか耳慣れた音楽が流れた。文子の携帯が鳴っている。
俺は文子のカバンに入っていると思われる携帯の音楽に耳を傾ける。九十年代に一部の人間の間で流行ったアニメの主題歌だ。そんなのなんで俺が知ってるかだって? 文子に洗脳の如く聴かされたからだよ! ちなみに話の内容は全く知らない。
「え、ホント? ところで今何時?」
「ちょうど五時だな」
陽介が壁時計に目をやる。
「そ。ならほっといていいよー、それメルマガだから。毎日五時に来るようにしてるの」
「そうなのか。なんのメルマガなんだ?」
「今日やるアニメの時間を教えてくれるやつなんだけど、これがまた便利でさ! 毎回この時間に思い出すんだよねー。最近は深夜アニメが多くて学生には辛いったらないよ!」
よよよ、と泣く素振りを見せる文子。
「そ、そうかい……」
それこそ他人事で返事をする俺だった。
よし、文子の言う通りこの事件の話はもうよそう。家の中が辛気臭くなってしまいダメだ。
俺は気持ちを切り替えるために冷蔵庫に近づく。
「大哉ー、お肉なんだけどさ、何肉が良いと思うー?」
「何でもいいけど、何が入ってるんだ?」
「んんとね……」
ようやく頭を引っこ抜くとカウンターに冷蔵庫から見つけてきた肉を置いていく。というか今まで冷蔵庫開けっ放しだったんですかね。閉めてくださいよ、電気代とか馬鹿にならないんで。
「まずは、豚肉」
どん、と置かれる豚肉。
「一番オーソドックスだな」
「うむ、もうこれでいいんじゃないか?」
「次に、牛肉」
どすっと置かれる牛肉。
「ビーフカレーも良いな」
「そんでもって、鶏肉」
「俺は好きだぞ、チキンカレー」と陽介。
「最後に、馬肉」
どちゃりとやけにぞんざいに扱われる馬肉。
「馬肉!? なんで馬肉!? そしてなにやら扱いが適当!」
「だって……臭いんだもん」
「馬だってな、臭くない方が良かったに決まってるわ!」
「そんなことよりダイヤ……お前のおばさんはこの大量の肉を一週間で食べ切れと言うことなのか? いや、一週間だと賞味期限が切れてしまう」
眉にシワを寄せる陽介に同感する。確かにこの量はデタラメだ。早いうちに処理しなければ勿体ないことになってしまう。
「それじゃあ肉多めでいくか」
「了解! ビーフカレーにでもする?」
「いや、近いうち焼き肉したいから牛肉は取っておきたいな。牛肉好きなんだよ俺」
「てことは豚肉、鶏肉もある程度欲しいな」
「ふむふむ。と、なると……」
陽介の言葉の後に文子は顔を引きつらせながら馬肉に目をやった。
「文子、お前まさか……待て、馬肉カレーなんて聞いたことが無い。別に無理する必要は無い。無難にいこう」
陽介が冷静に諭すが文子の目は完全にチャレンジャーのそれに変わっていた。
「フフ……大丈夫。意外と分かんないもんだよ。だって私つい最近まで吉田のうどんに入ってるお肉、アレ牛肉だとばかり思ってたんだけど実は馬肉だったらしいの」
「「……何のうどんだって?」」
困惑する俺と陽介に文子は愕然としていた。
「ま、まさかあんたたち、吉田のうどんを知らないの!?」
「ん、まぁな。讃岐うどんなら知ってるけど、そういう類のやつなのか?」
「あぁ、讃岐なら有名だな。うまいよなアレ」
「さぬ……き……」
口を揃えて出てくる『讃岐うどん』の言葉に文子の顔色が変わったのが分かった。
「讃岐うどん……今あんたたち、讃岐うどんって言ったね!? あぁ聞いただけでも虫唾が走る! いい!? 山梨が生んだ至宝、吉田のうどんはね! あんな軟弱なうどんより遥かにコシが強いし食べ応えがあるの! あれはもはや食べるというよりね、戦うと言った方がいいよ! そして普通箸で掴んでうどんが上を向くなんてこと無いでしょう? それが吉田のうどんには出来るの! 讃岐うどんを好きと言っている輩はさしずめ香川県の手の平で踊らされているマリオネット、現代社会の歯車だよ!」
「讃岐うどん酷い言われようだな……」
「なんか気の毒になってきた……」
文子の讃岐うどんに対する執拗なアンチテーゼに心を痛めていた俺だったが、ふとあることをひらめいた。
「なぁ文子、その吉田のうどんってやつには馬肉が使われてるんだよな?」
「うん、馬肉」
「んで、今俺たちは馬肉でカレーを作ろうとしている」
「うん、馬肉カレー」
「響き悪いな……」
苦笑する陽介。
「ならカレーうどんにすれば問題ないんじゃないか」
「あ――」
文子の顔は文字通り一本取られたようだった。そう、うどんと馬肉なら問題ない。しかしカレーと馬肉では抵抗がある。それならば二つをくっつけてみようじゃないか。それが俺の悪魔的発想、『馬肉カレーうどん』である。
「そ、その発想は無かった……久しぶりに見直したよ大哉。ていうか初めて見直したかもしんない」
「お前の中での俺は堕ちる所まで堕ちてたんだな……」
と、言うわけで俺の一言で今日の晩飯はカレーうどんに決定したのだった。




