プロローグ
「やあ、――そう、そこの少年。今帰り? ……そんな怖い顔しなくても大丈夫。怪しい人ではない」
………………。
「……知らない人に話しかけられたら喋っちゃダメっておかあさんに言われたもん」
「――ふっ、それはごもっともだ。何されるか分かったもんじゃない。ましてや夕暮れ時だ、狂気に満ちた変質者がキミのような小さい子を今にも襲いに来るかもしれないな」
「――っ!」
「だからそんなに身構えなくても大丈夫だって。少年とはこうやって両手いっぱいに広げても触ることは出来ない距離にいるから、逃げ出そうと思えばいつだって逃げ出せる。それをしないってことは、少なからず興味があるってこと。違う?」
「……」
「まあでも、お母さんの言い付けを必死に守ろうとしているその姿勢は偉い。そんな殊勝な少年にプレゼントをあげようと思う」
「……知らない人から何かもらったらいけないって――」
「お母さんに言われているんだろう? そこは気にしなくても平気。これからあげるプレゼントは、形に残らないものだからバレることはない」
「……?」
「うん、いいよその顔。何を言っているのか分からないって顔だ。要するに、少年の願い事を何か一つだけ叶えてあげようと思う」
「ねがいごと……」
「そう、願い事。新しいゲームソフトが欲しい、お金がたくさん欲しいなんてチンケなのは御免だ。そもそも形に残っちゃうから本末転倒だし。どうせなら大きく、野球選手になりたいとか、宇宙飛行士になりたいとか、そんな将来の夢を叶えてあげようじゃないか。さあどうする?」
「将来の……ゆめ」
「ああ、何かあるか?」
「……ゆめが見れるようになりたい……」
「夢が見られるようにって……ああ、そっちの夢のことか」
「ぼく、生まれてからゆめっていうのを見たことがなくって。ふみこちゃんやようすけも見たことがあるのにぼくだけないんだ。二人でゆめのお話をしてる時、ぼくだけ仲間はずれになっちゃう。だから、ぼくもみんなと同じようにゆめが見れるようになりたい!」
「……」
「だめ……かな?」
「――――は、あははははははは! こんな愉快な願い事は初めてだ! あはは……! ようし、叶えてあげるぞ少年の願い!」
「ホントに!?」
「ああ本当さ! ちょっとこっちに来てごらん? そう――よし、これでOK。今日からお前もみんなと同じように夢を見られるようになる」
「…………」
「実感が湧かないか。でも心配は要らない。今晩寝てみれば全てが分かる。……うん、もうこんな時間だ。おうちのお母さんも心配している。ほら、もう行った行った」
「うん、ありがとう!」
「感謝されるほどのことはしていない」
………………
…………
……
「――――よい夢を」




