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90  ――ダグート視点――

 父と母は、幼少の頃からの幼馴染だったらしい。お転婆だった母は、父と出会った日に意気投合し、婚約を結ぶ運びとなったという。

 共に学び、共通の友人を得て、同じ未来を目指した二人はとても睦まじい夫妻となり、私が生まれた時は大層喜ばれたらしい。

 順風満帆に進んでいた一年後。

 母が、馬車の事故に巻き込まれて寝たきりとなり、半年後、治療の甲斐もなくこの世を去った。

 すっかり生きる気力を失った父だったがしかし、それを救ったのも母が残した遺言だったという。

 己に課せられた重大な責務と周囲からの説得、そして友人自身からの強い希望もあり、一年喪に服してから彼女を後妻として迎えたと聞く。

 それから季節が三回巡った頃、私の義母兄弟がこの世に生まれ落ちた。

 血の繋がりは半分とはいえど、私にとっては初めての兄弟だ。

 母を失った喪失感を埋める為もあったのかもしれない。義母も笑顔で迎えてくれたのもあり、厳しい特別教育を受ける合間を見つけては会いに行ったのを覚えている。

 二年も経てば、父や私と同じ金髪を揺らしながら甘えた声で私を呼び、どこへ行くにも、ついて来ようとするようになった。

 しかしその度に、手の平返したように私をねめつけ、泣く弟を引きはがし連れて行くようになった義母の背中を、今でも鮮明に思い出せる。

 

 


 この時感じていた違和感を見過ごさなければ、あるいは何かが変わっていたのだろうか。


 


 同年、あっけなく父が崩御。

 気が付いたとき私は親殺しの罪を着せられ牢屋に監禁されていた。

 一朝にして全てが変わり混沌とした頭で導き出した答えは、『嵌められた』。

 公開死刑を言い渡され、味方は一人もおらず無実だと訴えれば鞭を受ける日々。憎悪とじくじたる思いを募らせていた私に一筋の光明が差したのは、処刑日二日前の真夜中のこと。

 生まれてからこの七年間、護衛兼教育係として側にいた男が、忽然と姿を現したのだ。

 “この男なら”と鉄格子にへばりつくようにして冤罪だと直訴する私の眼前に、男の真剣な眼が迫った刹那、腹に衝撃を受け視界が暗転――目を覚ましたとき教育係の姿はなく、冷たく光る錠前が石床に転がっていた。同時に鼻につく焦げたような臭い。

 あの男がやったのかは分からない。だが、このチャンスを逃す手はない。

 

 

 私はその夜、炎に巻かれる心の居所と共に、自身の名も捨てた。

 

 

 それから私は、すぐに次の町を目指して夜通し歩いた。昼過ぎには値の張らない小物を売却し、ナイフとボロい服を購入すると髪をバッサリ切って売る。わざと汚した服を身につけ、着ていた服は袋に詰めて埋めた。

 見かけた近衛を物陰に潜むなどしてやり過ごし、港町ゆきの馬車にそっと侵入する。目的地に着くと、いくらかの代金を置いて適当な船へ滑り込んだ。

 汽笛が上がると甲板に向かい、港から離れていく様子を帆柱の影からじっと眺めた。

 胸中に燻る、何とも言い難い気持ちを抑え込みながら。


 

 

 そうして故郷を去った私は、陸だと追っ手があった場合困ると思い、どこかの船員の下っ端に混じることにした。

 暫くは平穏に過ごせていたが、ある日、船が賊に襲われて追っ手と思った私は船員と共に応戦するも、客の中に混ざっていた子供が狙われたのを庇って倒れ、失神。

 立派なベッドで目が覚めた私は、やってきた主から騎士の家系である事を聞いた。

 護衛対象であった子供を守ったことも酷く感謝され、お礼がしたいという彼に私が願ったのは、働き口だった。初めはとんでもないと断られていたが数日で折れ、私は晴れて騎士見習いとしての道を歩み出せたのだ。

 まだ七つだったこともあり、剣術と並行で一般教養も学ばせてくれた。太刀筋が良いと褒められた私の技量は王宮騎士にも匹敵するほどになっていった。

 恩返しをするつもりで研鑽を積み二十年経った時、主は戦争に駆り出されるからと一人の男を紹介してから屋敷を後にし――帰らぬ人となった。

 家督がいなかったため土地は返上とされ、私は亡き主の遺言に従って紹介された男を頼り、再び海上に戻ることになったのだ。

 

 

 男は義賊だった。悪人から盗んだものを困窮している人に分け与えつつも、あちらこちらから仕事を請け負って糧を得ていた。

 時折、祖国へ接岸することもあって追っ手のことを案じていたが――しばし、襲って来る盗賊の中で私にだけ殺気を向ける輩が混じっていたことから、あちらから送られた暗殺者だと推察している。

 その予想が確信に変わったのは男の元で九年過ごした頃だった。真夜中の海上で私の寝首を掻こうとした者を捕獲し、問い詰めることに成功したのだ。

 その刺客は暗澹とした表情で内情を語り、それを信じた私は二重スパイを提案し、彼はそれを受け入れ、命をかけた心理戦の火蓋が切られた。

 同年、九年を共にした男は隠居したいと言い、異国で手に入れたという髪の色を変える道具と船を私に任せ、去っていった。

 これから祖国に仕掛ける交戦を思えば、好都合ではあった。

 それからの三年は先代に習い、義賊の真似事もしながら情報収集に徹し、時期を窺っていたが――船員にと望む、青年の決意を図る試みのため祖国へ足を踏み入れるも、想定外の事態が起こりメンバーの分散を余儀なくされた。

 賊を片づけ、同行者の一人を船に帰し、私ともう一人の船員で先に逃がした二人を追って森に入ったが合流できず、一旦引き上げようとした時――私は、邂逅したのだ。

 三十二年前、処刑日二日前の真夜中に会いに来た男。

 私の護衛兼教育係だった者に――。


 

 簡潔に言えば、私を逃がしたのはやはりこの男だった。

 私は船員を祖国の男に紹介したのち連絡手段として仲間を船に戻らせると、男が引き連れてきた兵と共に王宮の詰め所へ向かい、一旦身を隠した。

 元護衛兼教育係が主体となって徒党を集め、随時、私と引き合わせる。同時に連絡手段として帰した船員とも情報共有を行っていたが、私自身も敵陣へ乗り込み調査に乗り出した。

 隅々まで探索し、驚愕の事実を目にする。

 

 

 一つ。世間では存在さえ危ぶまれていた私の異母兄弟は生きてはいたが――心が壊れていたこと。

 一つ。銀色の髪にサファイア色の瞳を持つ女性が監禁されていたこと。

 

 

 関係性は分からない。だが。

 もしかしたら――八年前。例の、彼の島が襲われた際に攫われてきたのかもしれない。


 

 私は再び詰め所へ戻ると身を潜め、船員が元護衛兼教育係へ連絡してくるのを待ちわびて――ついに、その日を迎えた。




 背後に並んだ同志たちを背に、三十二年前に奪われた王宮を見上げる。

 無残にも殺されてしまった国王夫妻――父上と母上の仇を討つために。

 「ガディロ。そして、皆の者――行くぞ」

 ぐっと土を踏みしめ被っていた菫色の毛を引っ張る。

 隠していた亡き父と同じ金糸が陽光に照らされ、強い光を弾いた。

一応補足しておきますと、『お頭』の視点となってます。

ガディロは63話の最後に出ております。

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