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ロディの疑問に、シードとマルクスは顔を見合わせ、戻した。
「……あ~……いるかもしれないし、いないかもしれないっていうか……」
言いながら、頭をガリガリ掻く。
「っていうことは、生きてそうな竜人はいるって解釈でいい?」
「まあ……そうだな……。だが、どうしてそんなことを訊く?」
「……」
押し黙ったロディだったが、意を決したように顔を上げた。
「あの中に、ボクの知り合いで似てる人がいたんだ」
「は!?」
「本当ですか!?」
二人の竜人が同時に叫び、ロディは神妙な顔で頷く。
「誰だよ!? というか、一応訊くけど……その人白髪?」
「いや……赤だけど」
「なぁんだー」とばかりにがっくりする二人に構わず、続ける。
「じーちゃん、染めてたから。だからボクも赤髪だったんだよね」
目を丸くして見つめてくる竜人と暫し見つめ合って数秒後。
「……どこで会った?」
マルクスが身を乗り出し、真顔で訊く。
「トゥマチカ島の森の中。小屋が建ってて、そこに住んでた」
「ほぼ真南ですね……そんなところにいらっしゃったとは……」
シードの言葉に反応し、マルクスがもう一度問う。
「一応確認のために訊いとく。じーさんの名は?」
「うろ覚えだけど、さっき言ってたガーガなんとかってやつ」
「ガーガネス?」
「そう。昔、拾われたときに一度だけ聞いたっきりで、あとはじーちゃんって呼んでたから、はっきりと覚えてなかった」
「なるほど……今も住んでますか?」
「……多分」
答えを得たシードが思案気に俯く。その様子を窺っていたマルクスは「よし」と呟いた。
「行ってみるか」
「そうですね。王子を手っ取り早く治すならば、それが最善です」
「じゃあロディ嬢、案内頼めないか?」
「まあ、いいけど……『嬢』はやめてくれない? キモチワルイ」
「ははっ、リョーカイ。すぐ行きたいところだけど、明日にしよう」
今日は遅いからな、というマルクスの言葉で今日の所は解散となった。
そして翌朝。
朝食を頂いたあと、マルクスの腕に座ったロディは、お城のバルコニーから飛び去って行った。
午後になり、そわそわする気持ちからリンはお城の庭へ出ていた。少し距離をおいて城を囲むように森が見えるが、眼前に広がっているのは草一本生えていない広場。
好奇心のままに真っ直ぐ歩いていくと、暫くして誰かの背中が見えてきた。
――あ、あれは……?
「フェイさん?」
「……ああ、リンちゃんか。どうしたの? こんなところまで」
「フェイさんこそ。私はただ、なんとなく……」
「そう」
フェイの隣に立ったリンは、広場の終わりを見つめながら呟いた。
「ここからは、森が広がってるんですね。……逆に、どうしてここまで禿げてるんだろう?」
「どうしてだと思う?」
「えっ……わかりません……。フェイさんは知ってるんですか?」
「うん」
リンは目を丸くした。てっきり「知らない」と返ってくるとばかり思っていた。
「えっと……じゃあ、理由を訊いても……?」
「ん~……止めておくよ。竜族の極秘情報だと思うから」
「そ……う、なんですか」
それならどうしてフェイが知っているのか、と疑問が浮かんだが、例の伝承か何かに関係あるのかもしれない。
不意に、フェイが空を仰いだ。つられて見上げるも、特別な変化はない。
「そろそろ……帰ってくるね。お城に戻ったほうがいいよ。ドルディノ君の所に行きたいでしょう?」
――えっ……?
「どうして……分かるんですか?」
「オイラは竜族じゃないけれど、彼らの“気”は、うっすらと感じ取れるんだ。もうすぐ二人とも……いや、三人だったね。帰ってくるよ」
――すごい。
「ありがとうございます、フェイさんっ!」
身を翻し駆けていくリンの背中を見送ったフェイはその場に片膝をつくと、右手で大地に触れた。
ふっと笑みが消え、もの悲しそうな表情になる。
「……貴方が目覚める日は、いつか……来るんだろうか?」
ココに眠った貴方と、その最愛の人が、また再会できると良いなと思う。
風を切る音が耳朶を打って、立ち上がった。禿げた大地に落とされた三つの影が、一瞬で頭上を通り抜けていく。
フェイも踵を返し、小走りでその場をあとにした。
リンが執務室に向かっていると、ガチャリと音がしてシードが現れた。その後ろからマルクス、ロディと続き、初めて見る美しい白髪の老人が出てくる。
「あ、丁度良かったリン嬢。ガーガネス様、こちらはリン嬢です」
「は、初めまして、リアンと申します。皆さんにはリンと呼ばれています、宜しくお願いいたします」
腰を折った頭上から、低音の掠れた声が落ちてくる。
「……そうか、君もか……なんと懐かしいことだ……」
今にも泣きだしそうに感じ慌てて顔を上げるも、ガーガネスは瞼を伏せていた。
「リン嬢。王子の所に君も行くだろう? フェイ君も連れて行きたいんだけど、どこにいるか知ってる?」
「あ、先程まで外でお話をしていました……」
「そっか。じゃあ外に向かっていようか」
脇に避けガーガネスを促すマルクスの姿に習い、リンも大きく道を空ける。最後尾に回ったロディと並んで歩きつつ、顔色を窺った。
常時、何を考えているのか全く読めないロディであるが、微かに喜んでいるような気はする。
「何?」
「う、ううん、何でもない……」
「ふぅん」
彼女の表情は硬いし、長く離れていた所為で会話も浮かばない。
溜め息が出そうだ。
「そういやぁ……思ったんだけど」
「えっ!? う、うん、何?」
緊張で心臓が跳ねると同時に話し掛けてもらえたことに喜びが広がっていく。
「竜ってのになった黒い……王子。岩山の。……昔、住んでたところに居た生き物と似てるなぁって思って。ほら……リアンが『クロちゃん』って呼んでた奴」
息が詰まった。すっかり頭の中から抜け落ちていた。なんて薄情なやつだと思う。
口元を引き結んだリンを一瞥したロディは、続ける。
「アレが竜だと仮定するんなら……死んでないんなら、捜せばこの国にいるのかな。……捜してみる?」
その提案は、二人の間に出来てしまった深い溝を埋めようとしているものに思え。
「うん、うん……。捜す……一緒に捜す。ロディ、ありがとう……」
絞り出したその声が震えてしまわないよう、抑えることに精一杯だった。
直後、伸びやかな声を耳にしてフェイが来たことに気付く。彼は喜色を浮かべ、至極楽しそうに白髪の竜人と挨拶を交わすと、皆と揃って身を翻した。
フェイの明るさに影響され、リンの心も浮足立つ。
ようやく、苦しんでいるドルディノを助けることが出来るのだから。
外に向かっている途中でシードと合流し庭に出ると、竜人たちが人間たちをどのように運ぶかで話し合う。
結果、当然のようにガーガネスはロディを、マルクスはリンを腕に座らせて、シードはたっぷり数分は悩んでから、フェイを腰に抱えて大空にはばたいた。
十分もしないうちに竜巣山に降り立つと、リンはドルディノの側へ駆け寄りたい気持ちを抑えてシードら三人の後ろに控えた。ロディとリンが固唾を呑んで見守る中、ガーガネスは落ち着いた足取りでドルディノに近づいていく。
白髪の竜人が、伏せている漆黒の竜に跪くと、周囲を囲む緑竜人たちがざわついた。
「あ、あれは……もしや……!?」
「まさか……白竜様?」
「ああ、白竜様だ……!」
「ああ、あの方が最後の白竜様……!」
「なんと……お目にかかる事が出来るとは……!」
「シード。ナイフを」
一歩前に出たシードが畏まった動作で、硬そうな真っ黒のナイフを差し出し、ガーガネスは揺らぐことなく皴が増えた己の平に赤い線を刻む。
間髪入れず、その刃先でドルディノの甲を傷つけたのを見たリンは、悲鳴を上げそうになった口元を覆って堪えた。
ガーガネスは、血が滴る手の平をドルディノの切り裂かれた皮膚の上で止め、ぽたぽたと真紅の玉が落ちるに任せている。
まるで己の血を、ドルディノの傷口に浸透させるように。
ほんの数分。
「しまいだ」
ガーガネスが厳かに告げて立ち上がったのを期に、ドルディノの体に巻き付いていた蔦が一斉に消滅する。
「立てるか?」
その言葉でゆっくりと体を起こした漆黒の竜は、翼を広げて首を回したり尻尾をたしんたしん、と振るなど確認するような仕草を取ったあと、ガーガネスの指示により背後に見える大きな空洞へ移動していく。籠を抱えたマルクスがそれに追従し、暫く篭ったあと。
穴から出てきた癖のある漆黒の髪を見た瞬間、リンは衝動的に駆け出していた。




