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リン視点の続きです。
「せ……つぅっ……!!」
直接心臓を突かれたような鋭い痛みに襲われ、言葉にならなかった。そんなリンの華奢な背中をさすりながら、ロネは横から覗き込む。
「突然痛むようになって、それから少しずつその間隔が狭くなってくる。分化する直前は数時間に一回だったかな……。どのくらいの頻度で痛いの?」
痛みと熱さで鈍くなった頭をフル回転させて考え、答えを弾きだす。
「たぶん……すぐ……」
息を吐いたロネが、小さく「そうか」と呟いた。
「君は……好きな人、いる?」
「っ……!?」
ぱっと顔を上げると、真摯な青目とぶつかった。あまりに予想外の質問をされたせいか痛みは鳴りを潜め、かわりに心臓の鼓動が速まっている。
「これは僕の推測なんだけど……たぶん相手を意識した時に、その性別によって自分のほうが合わせて分化すると思うんだ……。つまり、意中の相手が男性なら女性に、女性なら男性に……」
「それって……じゃあロネは、好きな相手が女性なの? 今はどこに?」
口にした途端、ロネの顔が歪んだのを見て慌てて打ち消そうと口を開く。
「彼女は、……ギーンに囚われている」
が遮るようにロネの言葉が続いて、リンは息を呑んだ。
そういえば、先程地下に行ったとき奥のほうで鎖に繋がれていた人がいた筈だ。そしかしたらその人なのかもしれない。
「もしかして……その人を人質にされて、脅されたの? ……私を連れて来いって」
ロネの顔が苦しそうに歪む。拳を握って眉根に皴を寄せている彼の瞳は、潤んでいた。
やがて、今にも消えてしまいそうな声音で囁くように言った。
「……ごめん……」
泣いてしまいそうに体を震わせているロネを軽く抱きしめたリンは、その額に自身のそれをコツンとつけ、頭を振った。
次の日の真夜中、リンはロネに頼んでこっそり用意してもらったカンテラを持ち、一人で牢屋へ続く隠し通路を歩いていた。自室は外から鍵がかかっているため、ミュンルに会いに行くにはこの方法しか残されていなかったのだ。
リンは元に戻った銀髪をくしゃりと握る。昨日ギーンの手によって完全に脱色されたこの頭で、ミュンルが自分だと気付いてくれるか一抹の不安を感じるけれど、仕方がない。
そんなことを考えていると仄かに明るい最奥が視界に映り、リンの鼓動が早鐘のように打ち始めた。立ち止まって耳をそばだて、ギーンの気配を探る。
―――良かった……! 今日は居ない!
小走りで行きたい気持ちを我慢して壁まで来ると、カンテラは足元に置き隙間から覗く。
途端、視界いっぱいに小さく丸まって横になっている少女の背中が見えた。
「ミュンルちゃん……! ミュンルちゃん!?」
声は抑え、けれど聞こえるように叫んでみるが、その体はピクリとも動かない。嫌な想像が脳裏をよぎり、息を詰める。
まさか、という思いが大声で叫びたい気持ちを駆立てるが、手の平をぐっと握ることで必死に耐え、呼びかけを続けていたその時。
「ギイイィィィィ!」
「っ!!?」
生き物の鳴き声が耳を劈いてリンの体が飛び上がり、気が付けば背後の壁に飛び退いていた。ドッドッドッドッと激動する胸を両手で抑え、辺りに視線を彷徨わせる。もしギーンが来たら大変なことになる。ほんの数秒固唾を呑んで見守るが誰かが訪れる気配はないと分かり、再び穴に張り付いた。
相変わらず身動きしないミュンルの背中を悲しい気持ちで見つめ、奥の方へ目を凝らす。先日と同様ロネの慕っていると思われる人影はあるが、動物と思えるものはいなかった。
「……ミュンルちゃん……」
身動き一つしない少女の背中に視線を落とす。
「……ごめんね、ミュンルちゃん……ひどい目に遭わせて……絶対に助けに来るからっ…………」
もう命を失ってしまったかもしれないという恐怖が背中を這い上がってくるが、自身を奮い立たせ言葉を投げかける。そうして暫くしてから後ろ髪を引かれる思いでその場をあとにしたのだった。
同日の昼下がり、格子の奥の窓を眺めていると扉の外からドスドスと近づいてくる足音が聞こえ、リンの肌が粟立った。
刹那、扉がけ破られたように激しい音を立てたと思ったらギーンの顔が間近にあり、息が詰まる。次いで腕に強い痛みが走り、気がつけば引きずられるように部屋から連れ出されていた。
腕を掴まれていることに嫌悪感が体を駆け抜け、周囲を見渡すことすら頭にも浮かばなかった。
「っ……! っは、放してっ!! っ!!?」
途端、掴まれている腕の骨が悲鳴を上げ、顔を歪めた。これは絶対に跡が残る。声をあげてはギーンが悦ぶだけだ、そう思ったリンは歯を食いしばり、ひたすら耐えた。
「っ!!」
その地獄のような時間が終わったのは、凹凸のある石床に投げ出されたからだった。反射的に平をつきなんとか転倒を避けたが、じんじんと痛む。
「う……ぁ……」
呻き声にハッとして顔を上げると、リンは目を見開いて叫んだ。
「っロネ!! なんで!?」
真横の牢屋の中に、上半身にいくつもの細長い傷を負い血を流しているロネが、天井からのびる鎖に両手首をつながれた状態でぶら下がっていた。咄嗟に格子の間から必死に手を差し伸ばすが、届かない。
「どうして!? ロネ! ロネ!! 」
「くっくっく……あっはっはっはっはっはぁ!! ようやく感動の再会ってやつじゃなぁ! 嬉しいじゃろう!?」
狂ったように腹底から笑うギーンがまるで違う生き物のように思えてならず、涙で歪んだ視界のまま頭を振る。
「おかしいよ……どうしてこんなひどい事ができるの!? あなたは人間じゃない!!」
「な~にを言う……ほれ、後ろを見てみよ……くっくっくっく!」
躊躇しつつも、隙を与えぬよう素早く振り返る。
そして目に映った光景に、リンは我を忘れた。
「………………ろ………………ロディ………………?」
ロネと同様、両手首を鎖に繋がれた生き別れの幼馴染が、そこにいた。




