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 耳に届く靴音は二人分。きっと相手も自分の存在に気が付いている筈だ。真っ直ぐにこちらへ向かって来ていた靴音はしかし、踵を返して離れていく。ドルディノは首をひねった。

 気のせいだったのだろうか。いや、そんな筈はない。確かに今のは……。

 そう考えていたところで、一人分の足音が迫ってくることに気が付いた。側に来るやいなやガタガタと木箱を触り始めた直後、がぽっと聞こえたと思った刹那「おら、立てよ!」と腕を引っ張りあげられ、頭に何かを被せられた。

 「ほら、行くぞ」

 「っ……!?」

 無遠慮に縄を引かれ躓きそうになるが、男の足は止まってくれない。連行されながら今までと違う対応に期待で胸が騒いだ。

 ようやくギーンと対顔することができるのだろうか? 高まる興奮に、ドルディノは心を引き締める。これからが本番、失敗はできない。

 緊張で神経が昂る中、男が低い声で呟いた。

 「階段だ」

 トントントンと規則正しいリズムが響き縄が引かれる。平衡感覚を頼りに慎重に一歩一歩上がると「止まれ」と制止が入って、足を止めた。

 視覚は使えないが聴覚で、大勢の人間の仕草から生じる衣擦れの音や抑えきれない声、呼吸音を拾う。

 違和感を感じた。

 ギーンの家令たちだろうか? それにしても、ここは声が反響しすぎている気がしてならない。どういう状況に自分は立っているのだろう? 不安は募るばかりだ。

 「さーてお次の商品は~、どうぞ~!」

 第三者の腹底から張り上げた言葉に目を見張った。心臓が早鐘のように打つ。

 ―――何!? それってまるで……ここってもしかして競売場!?

 「おら、五歩歩け!」

 音量を抑えた声が耳朶を打つと同時に背中を押し出された。仕方なく脚を踏み出しながらも増す違和感に、穏やかではいられなかった。

 大勢の客と思われる人間たちの発言は一切なく、喋るのは司会と思われる第三者しかいない。 

 競売にしては静かすぎないだろうか。

 バサッと音がした瞬間、首元がすうっとして麻袋が取り払われたと分かった。

 「癖のある金髪だ~! さて~この隠されている瞳は~……」

 後頭部に誰かの手が触れる。遅れて焼き付くような光に襲われ眼を庇った。

 眩しくて開いていられない。暗闇に慣れてしまい、明るさに順応できない。

 「美しい灰色の瞳だ~! 若さと、何よりも整った容姿が素晴らしい一品! 観賞用、家令、使い道は多種多様! さて、いくらだ~!? はりきってどうぞ~!」

 応える声は一つもないのに、司会が値段を告げるそれだけが大きく響き渡る。どうにか開けた視界で状況を把握しようと試みるが、目が眩んで捉えられない。焦燥感が募る。

 「おぉ~っと! 4スイシーが出ました~! 他にはありますか~!?」

 興奮した司会の言葉から察するに最高値を誰かが提示したのだろう。数秒間をあけたのち、続けて声をあげた。

 「4スイシーで落札~!! おめでとうございま~す!! お渡しはあちらのほうでお願いしま~す!!」

 背後から足早にやってきた男に再び麻袋を被せられたと思ったら、引き寄せられる。だが来た道を戻るわけではなく、立っていた司会者の前を素通りして階段を下り、真っ直ぐ突き進んでいった。

 連れて行かれるままでいたドルディノは内心焦っていた。

 これは計画と違う。ギーンと対面する筈が本物の競売にかけられてしまった。これでは紛れもなく本当の奴隷だ。

 ―――フェイさんたちは今のを見てた? あの二人を捜さなくちゃいけない。どうしよう、この人を気絶させて捜しにいくべき?

 「わっ!?」

 ドン! とぶつかって体が後ろによろけると、舌打ちが聞こえた。

 「ったく、お前にはまた箱に入ってもらう。今からご主人様がここに来るからな」

 「ご……主人さま……」

 「そうだ。存分に可愛がってもらえよ?」

 くくっ、と嘲笑され、麻袋の向こうで男がいやらしい笑みを浮かべているのが手に取るように分かり、血の気が引いた。

 「ほら、入った入った!」

 追い立てられるように箱に入ると被せ物を取られ視界がクリアになったが、瞬く間に蓋をされてしまう。

 ―――やっぱり、この人を気絶させてでも―――……。

 箱から出ようとした動きをピタリと止め、ハッと顔を上げる。

 心臓の脈が、速まる。

 近づいてくる。さっき感じた二人分の気配と同じもの。

 やはり勘違いではなかったのだ。

 つかつか、コツコツと足早に床を叩く靴音が二重に耳朶を打ち、ドルディノの鼓動もそれに応じて速度を増していく。

 そしてついに。

 「あ、あなた様は先程の~! いやぁここまで足を運んでくださってありがとうございます~! どうぞ、商品はこの箱の中にあってございます! しかしその前にお代を……」

 至近距離で鳴る靴音を興奮した男の声が掻き消した。一拍間が空いてから男の弾んだ声が響く。

 「ありがとうございます~! ……確かに! おい、蓋を開けて出てきていいぞ!」

 ドルディノはごくりと生唾を飲み下し、そっと蓋を持ち上げて落とした。途端、眩しい光が目を刺し両手を翳したその刹那。

 「ぶふぅっっっっ!!! ぷっっ! くっ……くっくっくっくっ!!」

 盛大に誰かが吹き出した。

 「……………………黙りなさい」

 「くふっ…………!! くっくっくっ……!」

 抑えきれていない笑い声が木霊する中、ドルディノは絶大な安心感と共に身の縮む思いに襲われていた。

 こんな状況で会いたくなかったと心の底から思う。

 ドルディノは、徐々に目が光に慣れて来たことを悟って腕を下すと、ゆっくりと瞼を開けて直視したくない光景を見据えた。

 窓から差し込んで来た陽光が男の長い金髪を照らし、きらきらと輝きを放つその背後で、短い漆黒の髪の男が口角を上げた。

 「よぉ!」

 短髪の男が満面の笑みを浮かべている。

 穴があったら入りたい。現実逃避したくて目を逸らした。

 「……では、連れて行きますね」

 「あ、どうぞどうぞ~! またご贔屓に~!!」

 商人を向いた男の金髪が、さらりと流れる。

 「では行きましょう」

 そう囁いて先導する二人の背中を見つめ、無言で追うのだった。

 一言も言葉を交わすこともなく建物を離れた三人は、陸の端にあるひと気のない森の入り口近くまで移動した。ここなら誰に話を聞かれる心配もない。

 前を歩いていた金髪の男が足を止め、重い溜め息を漏らしてからドルディノを振り返る。

 「全く……どうしてあなたがここにいるのですか? ドルディノ王子」

 呆れ顔で問う、シードの深緑の双眸がドルディノを射抜いた。

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