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読んでくださりありがとうございます。

この度、体調を崩してしまったので、これから更新に間が空くことがあるかもしれません。

どうかご了承ください。

皆さんは風邪など召さぬようお気を付けください……。

 ―――体が重い……。

 背中を民家の壁に預けたまま、フェイの戻りを待っていたドルディノは瞼を伏せた。

 彼が額に触れてからというもの全体的な体調の改善はみられたが、気怠さは残っていた。

 神経を耳に集中させ周囲に警戒網を張ると、薄暗くなった空を見上げる。

 ―――どこにいるの……リンさん。ミュンル……。

 暇さえあればずっとミュンルの気配を探っているが成果は全くでない。一緒について行けばよかったと後悔の念が押し寄せ、飲み込まれそうになる。何も考えず、翼を広げて旅立つことも頭を掠めたが、理性がそれを押し留めるのだ。手掛かりが何もない以上、無駄ではないか、と。

 ―――胸が、苦しい……。

 家族みたいな気持ちで接してきたからだろう、心配でたまらない。

 吐息と共に重苦しい気持ちを吐き出したドルディノは、両膝にこてんと頭を乗せた。そうして、頭を振る。

 ―――しっかりしないと。二人とも、心細い気持ちでいるに違いないんだ。早く見つけて安心させてあげたい。

 きぃ、と扉の軋む音が遠くから聞こえてドルディノは顔を上げた。目を凝らすと、用事を済ませたらしいフェイが、小走りで向かってくる姿が映る。

 「や、待たせたね~。どんな調子~?」

 「ええと、だいぶ良くなりました……ありがとうございます。それで……何か、手掛かりは掴めました?」

 「まあね~。でもそれは戻ってから皆の前で言うよ~。まずは帰ろう。立てる~?」

 すっと差し出された手の平に自分のそれを重ねると、ぐんと体を引き寄せられた。立ち上がったドルディノを見たフェイが、うんうんと頷く。

 「大丈夫そうだね~、じゃあ戻ろう」

 言うが早いか先頭きって歩き出すフェイの背中に首肯すると、聞きだしたい衝動に駆られながらも無言でそのあとを追ったのだった。

 

 フェイが船の甲板に足を踏み込んだ瞬間、ヤルが飛びかかるように彼の両肩を掴んだ。

 「手掛かりはあったか!?」

 「ど~ど~ど~ど~」

 馬を落ち着かせるようにヤルを宥めたフェイは、ボッツ、ドルディノ、監視塔にいるモルスを流れるように見てから、眼前のヤルに視線を戻す。

 「まあ、要点だけ言うと、掴んだと思うよ~」

 「なに!? 本当か!? どこだ!?」

 「ど~ど~ど~ど~」

 「俺は馬か!」

 実は二回目なのだが、どうやら一回目は気が付いていなかったようだ。それほど切羽詰まっているのだろう。彼がこんなに焦っている姿は今まで一度も見たことがない。

 ドルディノも、ヤルの気持ちは痛い程分かる。町で、すぐにでも聞きだしたかったが理性で抑えて我慢したのだから。

 興奮が冷めないヤルを見ていると、今にも動物の唸り声が聞こえてきそうだ。

 「ギーン・グリブス」

 フェイがそう告げた途端、ヤルから表情が消えた。次に眉が顰められ、憎悪でぎらぎらした青い目が細まる。

 「……あの男が? この町に?」

 低音で呟かれたその言葉には、抑えきれない憤怒が滲み出ていた。

 過去に、その男とヤルとの間に何かが起こったのだろう。それも気にはなるが、それよりもその男とリンの関係性はなんなのだろうか?

 ―――まさか……奴隷商人……?

 脳裏に、数日前に町で出会った、貴金属だらけの太った男のことが浮かんだ。

 まるで値踏みをするかのようにリンを眺め回していたあの男は、自分が奴隷商人であるかのような発言をしていた。

 同時に、昔はリンをそばに置いていたようなことも。

 訊きたいが、空気がピリピリしていてとてもそんな雰囲気ではない。

 ボッツを見てみると、彼は何か考えている風に無言で足元に視線を落としている。フェイは口を閉じたままヤルの様子を窺っていたが、不意にドルディノと目を合わせた。

 「っ!」

 つい、息を呑む。

 「……奴隷商人のあの男が、ここいらで出没したという話を聞いたよ~。確かに町の奥のほうではアレの甘ったるい臭いがしたしね~。間違いはないと思うよ~」

 内容が掴めない自分のためにわざと詳しく話してくれたフェイの気遣いを感じ、ドルディノは軽く頭を下げる。それを見たフェイは視線を正面に戻した。

 アレとは……体調を崩したあの香りのことだろうか。

 「アレっていうのは、シュリという草花の成分を抽出して作られている媚薬の事なんだけどね~、ギーンが広めているって情報が以前から出回ってるんだ。でもあの男は……強力な後ろ盾がある。残虐非道と市民の中で有名なこの国の女王、ミラルザ・ラシードス・グレマルダ。……そこの町でも、コトがあったばかりだしね~? ねぇボッツ」

 「……ああ、そうだ」

 それまで貝のように口を閉じていたボッツが、短く答えた。

 「知って……たんですか!?」

 驚愕に目を見張って問えば、ドルディノを一瞥したフェイが静かに首肯した。

 「ボッツは、諜報員なんだよ~。この前ボロボロの布を纏って髭ぼーぼーだったのも変装の内なんだ~」

 あ、確かに……と思う。お頭さんたちと宿泊した時のことだろう。

 「……そういえば、お頭さんは……。あと、シャリーさんも姿を見ませんけど……あの方も諜報員ですか?」

 あまりにも姿を見せないので存在をすっかり忘れかけていた。

 お頭は別々に逃げて以来用事があるとかでまだ戻ってこないと聞いた。シャリーに至っては謎一択であるが、諜報員だとしたらいないのも納得である。

 「シャリーは、普段女物のドレスを着て徘徊してるけど中身はがっちごちの筋肉を身に纏ったオッサンだよ~」

 「お前、アイツが聞いたら殺されるぞ?」

 「うん! だから黙っててよ~ボッツ。あとヤルもね~それから君も」

 今までのストレスを発散したとばかりに良い笑顔で見つめてくるフェイに、若干引きながら上擦った声で「は、はい」と答えておく。

 だって、フェイの顔は笑ってるけど目は笑っていないのだ。口を滑らせたら、ヤられるかもしれない。もちろんフェイに。

 でもいいのかな~と、空の上を一瞥する。監視塔にはモルスがいる。あの少年は意外に耳がいい。

 どこからか漏れ、シャリーの耳に入ったらと思うと鳥肌が立った。ドルディノはぶるぶると頭を振る。

 よし、今聞いたことは忘れよう。そう決意してフェイの話に耳を傾けた。

 「まあ冗談は置いておいて~。シャリーは先立って潜入して情報操作する担当なんだよ。だから今も船にはいないんだ~」

 いや、絶対冗談じゃなくて本気でしたよね? と突っ込みたいが止めておく。きっといいことにならない。

 ―――でも、シャリーさんはどうやって潜入するんだろう。……淑女に混じるの、か、な……?

 想像した瞬間打ち消して、考えることを止めた。きっと深く追求してはいけない。

 それにしても、と思う。

 先刻までのピリピリした空気が嘘のように消えていた。あれほど荒ぶっていたヤルもすっかり落ち着きを取り戻し、冷静に話を聞いている。

 「で、話を戻すけど~。ギーンがいるとなると絡んできてる可能性は高いと思うけど、確証がないんだよね~。下手に仕掛けると女王が出てきても困るし~。頭もいないしね~」

 「じゃあ、見捨てるのか?」

 ぐっと拳を握ったヤルの手が震えていた。激情を抑えていることが一目で分かる。

 「何か手はありませんか? 僕は……リンさんもミュンルも放っておけません」

 ヤルを援護するように言うと、フェイは顎に人差し指を当てて、唸った。

 「ん~……まあ、ないことはないけど~……成功するかがねぇ~……」

 「あるんですか!?」

 「それを早く言え! なんだ!?」

 二人同時にたたみかけられて、フェイは苦笑した。

 「じゃ、売られてみる? 奴隷として~」

 絶句する。

 予想外の言葉だった。いや、確かにそれが正攻法なのかもしれない、と思う。

 「じゃあ俺がやる」

 強い意志が込められた言葉が、ヤルの口から飛びだした。

 「いや、だめだよ髪無いもん~」

 が、一刀両断されてヤルは固まった。

 少し不憫に思ってしまう。

 「じゃあ誰にやらせる気だ?」

 静かになったヤルの背後からボッツが問う。

 「そりゃ~」

 口を噤み、ドルディノを見たあと監視塔へ視線を投げた。

 ―――まさかモルス!?

 「ぼ、僕がやります!」

 「ん~? まぁ君は…………可愛い顔してるし、髪もふさふさしてるし、体も頑丈そうだし適任かもね~。でも、気を付けなきゃだめだよ~」

 承認されたことに胸を撫で下ろしていたら警告され、目を丸くする。

 「え?」

 突然フェイの顔が急接近し、耳元で彼の唇が動いた。

 「媚薬に弱いでしょ~」

 その言葉に、ドルディノは息を呑んだ。

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