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読んでいただいてありがとうございます。

最近コロナなどで世間が騒がしいですが、体調に気を付けてお過ごしください。


*追加*

活動報告に書きましたが、次話から投稿時間を夜の20時に変更させていただきます。

宜しくお願いします。

(尚、本文に加筆修正はありません)

 「戻ってない!?」

 気が付いたら大声を上げていた。

 はっ、と口を噤み、目前に並んでいる船員達を見つめる。

 ヤルは顔を歪めてガリガリと後頭部を掻き、胸元で腕を組んだフェイは真顔で頷いている。表情が読み取れないボッツは船縁の柵に背を預け、腕を組んで瞼を伏せていた。

 

 数時間前にリンは町へ出かけたとヤルから聞き、部屋で休んでいたところをフェイに呼ばれて来てみればリンが消えたという。

 「ミュンルは!?」

 「捜したが、見当たらなかった……!」

 重苦しそうに答えたヤルが、くそ! と叫んで柵に拳を打ち付ける。

 ショックで言葉が詰まる。ぐっと拳を握り、すぐに神経を集中させミュンルの気配を捜し始めた。

 けれど。

 ―――ミュンルの気を感じない……!? 

 どうして、と唇が動く。

 「わっかんねぇよ! 一体どこに行ったんだ、アイツ……!」

 無意識に漏らした言葉をヤルが拾い、切羽詰まった声で叫ぶ。

 ―――落ち着け、落ち着け……。

 心臓が早鐘のように打っているのを感じながら逡巡する。

 ―――竜同士の気配が辿れないのは、相手と距離が離れすぎているか、重傷を負って命の危険に迫られているか。もしくは…………。

 もうこの世にいない時。

 そこまで考えて、ぞわ、と体に震えが走った。

 ―――いやだ、もう誰も失いたくない!

 「僕、捜しに行きます!」

 飛び出した瞬間ぐっと腕を引き戻される。勢いよく振り返ると真剣みを帯びた新緑の双眸と目が合い、フェイに引き留められたと知る。

 「待ちなよ、オイラも行くよ~」

 ぽん、とフェイの手が力強くドルディノの肩を叩いた。それがまるで、落ち着けと言われているような気がしてドルディノは小さく返事を返す。

 「はい……」

 「ほら、行くよ~」

 横を通り過ぎたフェイがタラップを降りながらそう呟き、ドルディノは小さくなっていく背中を慌てて追いかけながら叫ぶように言った。

 「よろしくお願いします!」


 「わ~お……静かってか……誰も居ないねぇ~」

 閑散としている町を見て、フェイがポツリと呟いた。辺りを見渡してみても相変わらず人っ子一人見当たらない。そろそろ日が暮れる頃合いではあるが、そのせいだけではないだろう。

 「う~ん。まあとりあえず行くしかないか~」

 「そうですね……」

 返答をしながら密かにミュンルの気配を探るが、全く感じられないことに焦燥感が募る。

 一体何が起きているのだろう。後悔の念が尽きない。甲板で、二人は町に出かけたとヤルから聞いた時、部屋へ戻らず追いかけていっていれば良かった。そうしていれば、こうはなっていなかったはずだ。

 ―――また僕は……肝心な時に、誰も護れない……。

 俯いていたドルディノは、フェイがじっとその様子を窺っていることに気が付いていなかった。

 「とにかく、くまなく捜そう~。今はそれしかできないからね~」

 「はい」

 そういえば、と気が付く。

 ―――時間が経ったからかな。血なまぐさい臭いが消えたな……。

 それから二人は足早に、町の中を手前の方から手分けして見回り始めた。一度ドルディノが調べたところもフェイが確認するという徹底ぶりで、逆も然り。

 そうやって調査していき町の中ほどに差し掛かかったとき、ドルディノは足をピタリと止めた。

 すん、と空気を肺に送り込んで眉を顰める。

 ―――なに、この……甘ったるい香り。どこから……?

 「どうしたの~?」

 背中から声がして振り返ると、フェイが近寄ってきていた。おそらくドルディノが突っ立っているので、何かあったのかと思ったのだろう。

 申し訳なく思いながら謝罪の言葉を舌に乗せる。

 「すみません、何でもないです」

 「ふ~ん?」

 確認のためだろう、周囲に視線を走らせるフェイを静かに見守っていると、新芽の瞳と目があった。

 「ほんと~に大丈夫~? 無理しないでよね~君にまで倒れられたら困るでしょ~」

 と言われても、人間であるフェイには嗅ぎ取れない香りに参ってます、とは口にできないので代わりに頷いておく。

 「はい、気を付けます」

 目を眇め、思案気に見つめてくる双眸にひるみそうになったが、何気ない風を装っていると。

 「……じゃあ、こっからは一緒に回ろうか~」

 正常運転で言われ、内心胸を撫で下ろした。

 「はい、ありがとうございます」

 すい、と前に出たフェイが、早速地面や路地の隙間などを細かく調べながら進んでいく。ドルディノもその背中を追いながら、神経を集中させ遠くの音を拾っていた。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 奥へ近づいていくたびに、どこからか漂ってくる甘いったるい香りが強くなってきていた。一歩進む度に脚が鉛のように重く感じられ、頭がずきずきと痛みだし、ついには動悸が起こるようになってしまった。

 ―――いけない……なんなんだこの臭いっ……!

 不意に目が眩んで咄嗟に側にあった壁に寄りかかると、そのままずり落ちてうずくまる。

 ―――身体中が、熱い……! なんなんだ、これっ……!?

 「くっ…………」

 「ドルディノ君! 何してるの、もしかして具合悪くなった?」

 真横から声がして視線を向けると、フェイが顔を覗き込んでいた。

 「は……い、すみませっ……ん」

 「いつから?」

 ―――いつから…………? それは、やっぱり…………。

 「この甘い臭いのせい?」

 「えっ……」

 驚いた。まさかフェイも臭いに気が付いていたとは。感じているのは自分だけだと思っていた。どうやら人間にも嗅ぎ取れるほど強かったらしい。

 ―――でも何故だろう……どうして彼は平気なのに、僕は体調を崩すのかが、分からない……。

 フェイが鼻で笑った。しかし、嘲笑しているようなそれではない。

 「や~ごめんごめん。君ってホント顔に出やすいよね~見てて飽きないよ~。……ちょっとごめんね~」

 フェイの手の平が、そっとドルディノの汗ばんでいる額に触れた。

 彼の手は程よく冷たくて、とても心地がいい。なんだか少し、体調が良くなった気さえしてくる。

 「どう~? 少しは気持ちいいかな~?」

 「はい……ありがとうございます……なんか、楽になった気がします……」

 気が付くと、先程より動悸や頭痛も治まっているみたいで、息苦しさもない。本当に不思議だ。

 「まるで……魔法みたいですね……」

 閉じていた瞼をそっと開けると、鮮やかな緑色の瞳と目が合った。フェイは、ふぅん、と言って笑う。

 「そう思う~?」

 「はい」

 ゆっくりとした動作でフェイの指先が離れていくのを無言で見つめていると、彼は相好を崩さないままで口を開いた。

 「また具合が悪くなるといけないから離れていなよ~。このメイン通りを、真っ直ぐ行った先で待ってて~。あんまり離れると何かあった時に困るから、目の届く範囲にはいてね~。オイラはちょっと奥の店に行ってくるから~」

 「奥……ですか?」

 視線を移すと、遠目にだが確かに小さな一軒家が佇んでいた。日が暮れかけているせいか辺りは薄暗くなっており、最奥に構えているあの店は怪しい雰囲気を漂わせている。

 もしかして、この甘ったるい香りもあの店から漏れているのではないかと疑ってしまう程不気味に映った。

 リンとミュンルが行方不明になっている今、たった一人で彼を行かせていいのだろうか。とはいえ、体調不良の自分が無理をしてついて行って、これ以上迷惑を掛けるのもしのびない。

 「……大丈夫ですか……?」

 不安が顔に出ていたのだろう、フェイが陽気に笑った。

 「大丈夫だって~。じゃ、ここにいてね~」

 そう言い残すとフェイは立ち上がり、軽い足取りで奥へと向かって行った。

 ドルディノはせめて店に着くまでは、と周囲を警戒しじっとその背中を目線で追いかける。そうして彼が何事もなく店内へ消えたとき、そっと息を吐きだした。

 

 扉を開け店内に足を踏み入れると、風が吹いて壁際の蝋燭が揺れた。薄暗い室内に、フェイの影が長くのびて映る。くん、と臭いを嗅げば、独特な薬草の香りが肺に入り、胸を膨らませた。

 リンの買い物といえばほぼ薬草関係だ。当然ヤルも真っ先にここを訪れただろうが、彼は何の情報も得られずに戻って来ていた。ということは、店の主人は口が固い人物なのだろう。

 一応あますことなく全て見回ってきたつもりではあるが、目当ては最初からこの店だった。

 棚にはたくさんの草花や薬品と思えるガラス瓶や容器が隙間なく並んでいるが、その中のどれにも関心がないフェイはただ真っ直ぐ奥のカウンターまで突き進む。

 そこには、店の主人と思われる老婆がまるで何かの置物のように身じろぎもせず、ただじっと座っていた。

 これは口を開きそうにもないな、と思いながらも一応尋ねることにする。

 「あの~お訊きしたいことがあるのですが、昼間このお店に少女を連れた淡いクリーム色の髪の毛の子が来ませんでしたか~? 綺麗な顔立ちの~。もしご存知でしたら教えていただきたいのですけども~」

 「………………」

 しかし、うんともすんとも言わない。

 だよね~と内心思いつつ、フェイは首を傾げると目を眇め、老婆を真っ直ぐに見据える。

 「……それなら仕方がないね~」

 そう低く呟いたフェイの口角は、上がっていた。

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