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 「…………やっぱり、そうなんだ」

 そう呟いてガラスの栓をしっかり嵌め込み、大事な物であるかのように胸に押し付けて空を仰ぐ。

 ―――リアンと同じ、島の人。

 雲一つない蒼天がどこまでも続いている。ふわりと吹いてきた風が漆黒の髪を弄んだ。

 ―――さて、そろそろ戻ろう。……お頭さんたち、大丈夫かなぁ……。まずは、船に戻ってみないと……。

 ふぅ、と息を吐き、染粉が入った容器をポケットに仕舞いこむ。そうして踵を返し、二人を追って駆け出した。

 染粉はあとで返そう、と思いながら。

 洞窟の手前まで行くと、入り口の警備にあたっていたミュンルがドルディノに気づいて立ち上がった。側に駆け寄ったドルディノは手を上下に振ってミュンルを呼び寄せる。

 「ありがとうミュンル。……リンさんは、奥?」

 「うん、穴の中だよ」

 「そうか……」

 ありがとうの気持ちを込めて薄灰色の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 ―――どうしようか……このまま自分から出てくるまで待っておいたほうがいいかな? 整理する時間も必要かもしれないし……。……あれ? そういえば……リンさんの話が本当だとしたら、ヤルさんもリンさんと同じ島の人ってことになる? ……そうか! 前に船の中でリアンが歌ってた歌を聞いたと思った時、甲板にはヤルさんがいた……。ヤルさんがあの歌を歌っていた? だとしたら、あの歌は民謡……? それとも、知ってる人と知らない人がいるのかな……。

 「んー!! お兄ちゃんいたい!」

 「あっ! ご、ごめんミュンル!」

 はっと腕を振り上げる。今やミュンルの髪はぐしゃぐしゃに絡まっていた。どうやら考えに更けるうちに手に力が入ってしまったようだ。

 「ご、ごめんね今直すから……」

 「いやー! もうさわらないで!」 

 ぷいっとそっぽを向いたミュンルに焦っていると、背後から土を踏みしめる音がして、心臓がどきっと跳ねた。

 「あ、お兄ちゃん! もうだいじょうぶ?」

 ててて、とリンの側に寄って行ったミュンルが、服の裾をくいっと引っ張る。不意に、リンが息を吐きながら小さく笑った。

 「……頭、凄いことになってるよ……?」

 そう言って、ミュンルの絡まった髪をゆっくりとほどいていく。その姿を見て、ドルディノはほっと溜め息を漏らした。

 ―――……よかった、いつものリンさんだ。

 「……ほら、綺麗になったよ。元通り」

 「うん! ありがとうー!」

 ミュンルに微笑んでいたリンの顔が、ドルディノに移った。目が合い、気まずい雰囲気を感じながら名前を呼ぶ。

 「リンさん、あの……」

 「戻りましょうか。今度こそ、船に」

 ワントーン上がったリンの声がドルディノの言葉を遮るように響いた。微笑んではいるが、どことなく表情が硬い。ドルディノは、「はい」と頷くだけに止めた。

 それから数時間後、二人は再び町の中に足を踏み入れていた。見せしめで並べられていた生首は片づけられ漂う腐敗臭も薄くはなっていたが、町全体に横たわる哀惜感は消えるばかりか深まる一方だった。先刻、人相書きが貼られていた場所に集まっていた人だかりは、まるで妄想だったかのように人っ子一人見当たらない状況で、痛ましく思いながらも肩透かしを食らったかのような気分で通り過ぎ、三人は問題としていた出入口を何事もなく通過したのだった。


 ギャーギャーと海鳥が船場の頭上を旋回しながら鳴いている。それを監視塔から泰然として眺めていたモルスこと、モーは、桟橋を歩いている者がいることをいち早く察知し、高らかに叫んだ。

 「フェイにぃー!」

 帰って来たよーと続けて言う前に、フェイは既に船縁の手摺に胸元から寄り掛かり、両手をぶらぶらさせて接近してくる者たちを観察していた。

 「あ、おれより見つけンの早い!」

 なんでだよ、とモーが不服そうに呟いたがフェイは振り向きもせずに、じっとタラップを歩いてくるリンたちを見つめていた。

 そして、首を傾げる。

 「ドルディノ君は金色になっちゃってるしリンはアレ脱いでるし~とりあえず元気そうで何よりだけど~。それにしてもあの女の子……。あ~、凄いなぁ~」

 フェイがにたぁと笑った瞬間、上のほうから「きもっ!」とモーが声を落とし同時にドルディノがフェイに気が付いた。

 「あっフェイさん! 無事だったんですね!」

 「やぁお帰り~。みんな元気そうで何よりだよ~その頭どうしたの? 御伽話の王子さまみたいだネ!」

 「い、いや、これには理由がありまして……」

 「リンは久しぶりだねその姿。ところで」

 楽しそうに細められたフェイの眼が二人の間に立っている小さな子供に移る。

 「その子、ドルディノ君の隠し子?」

 「へ?」

 一瞬、何を言われたのか分からず呆けたドルディノだったが遅れて言葉の意味を理解すると、慌てふためいた。

 「いやいやいや違いますよ! 森の中で友達とはぐれたって言ってたので捜そうと思って連れてきたんですよ!」

 「ふぅん~?」

 「本当ですからっ!」

 「まあ知ってるけどね~。ところでその子、名前は?」

 ほぉ~と胸を撫で下ろすドルディノの一歩前に出たミュンルは、「はいっ!」と元気よく片手を挙げた。

 「ミュンルといいます~!」

 「あ~ミュンルちゃんかぁ。おいらはフェイっていうんだよろしくね~。どこから来たの?」

 「はい! アグれむんんん~!? んーんーんーんー!」

 ミュンルの奇声が、ドルディノの指の間から漏れている。ドルディノの笑顔は凍り付いていた。

 「苦しそうだけど?」

 「はい……あの、ええ……そうですね……」

 穏やかに微笑むフェイに対し、ドルディノはしどろもどろに答えることしかできなかった。手には汗が滲み、精神は恐慌状態に陥っている。

 ―――ミュンルに言い聞かせるの忘れてたああああぁぁぁぁぁ! と、とりあえずこのままでもマズいし……。

 「ご、ごめんね……? ミュンル……」

 ゆっくりと指を外して現れたのは、ミュンルの膨れっ面だった。柔らかそうな頬が食いだめているリスのように膨れている。何でもないときであればとても可愛らしいのだが、今はただただ恐ろしい。

 「怒ってるけど~?」

 ―――ぐぅの音も出ません。

 「ドレシアの町から船、移動させたんですね。ところで……船長とボッツさんは……?」

 それまで黙って話を聞いていたリンが、そっと割って入った。

 「ん? あ~、二人は別行動してるよ~。何かあったら戻ってくると思うよ~?」

 「あ、そうなんですね……。良かった、無事で……」

 「リンも疲れてるでしょ~、部屋に戻って一休みしてきたら~?」

 「あ、はい……そうですね……」

 そっとドルディノを一瞥したリンだったが、フェイに視線を戻すと頷いた。

 「では、お言葉に甘えて少し休んできますね」

 「うん、いってらっしゃ~い」

 リンはドルディノに会釈をし、ふりふりと手を振るフェイを横切りって真っ直ぐ歩いて行く。その背中を黙って見送っていたフェイだったが、リンの姿が視界から消えた途端、ドルディノを振り返った。

 「ね。その子、アグレンの子でしょ?」

 ドルディノはその言葉に息を呑んだ。

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