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 燦々と降り注ぐ陽光に照らされ、リンの淡いクリームイエローの髪が透けて見える。柔らかそうな白い頬に流れている髪が風でふわりと揺れ、黒い生地でぴったりと覆われた首筋に少しだけかかっている毛先が舞い上がった。

 不意に、扇状の睫毛から覗く深い海の色がドルディノを射抜いた。

 ドルディノは、無意識にゴクリと唾を飲み下す。

 惹き付けられたように、目が離せない。

 ふい、とリンの目が逸らされ、ドルディノはいつの間にか止めていた息を吐き、新しい空気を吸い込んだ。

 ―――び……びっくり、した……。

 右手で胸元をぐっと掴む。

 軽く息が詰まる。心臓の鼓動が速い。口から飛び出そうだ。

 断続的に強く打つ感触を、握った拳に感じながらも灰色の双眸はリンを追っていた。今や脱いだ外套は初めから飾りであったかのように腰に巻かれ、ミュンルと手を繋ぎ堂々とした姿でこちらに向かって来ている。そうして、リンが目の前で足を止め顔を見上げてきても、混乱している頭では掛ける言葉が何も浮かばなかった。

 宝石のように美しい青い瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

 「……ドルディノさん?」

 「! はっ、はいっ!」

 声が少しうわずった。カッと頬が熱を持ち赤味が増す。リンの顔を直視できずに目を逸らしていると、くすり、と小さく笑い声が聞こえた。

 気になってちらりと見てみれば、リンが柔らかい笑みを浮かべていた。思わず視線を足元に落とすと、ゆったりとした白いズボンが視界に入った。裾は、紐で足首に縛られている。余裕をもって膨らんだ太腿の両外側にはポケットがついており、腰には巻き付けた深緑の外套。白い上衣の首周りは丸くカットされ、そこから伸びる細い首は黒い生地で覆われている。

 「あの……ドルディノさん」

 再び名を呼ばれ、ドルディノはようやくリンと正面から向き合った。

 ―――やっぱり……似ている、気がする……。あの子に。

 けれど、違う。

 リアンは、銀髪で青藍の瞳を持った子だった。

 ふ、と、肩の力が抜けた。気を取り直し、明るい声を作る。

 「どうでしたか? 外套を脱いだことと……多分、関係ありますよね……?」

 「はい。とりあえず……もう少し、奥に移動しましょう」

 未だ騒然としているほうを一瞥したリンがミュンルを連れてドルディノの横を通り過ぎた。後に続くも、ほんの数歩行った先で立ち止まる。

 「どうしてか分からないんですけど……ぼくたちの人相書きが貼られているようなんです。ミュンルちゃんは、大丈夫みたいなんですけど……」

 リンの目線が少女へ落ちた。二人から注目されたミュンルは、にっこりして首を傾げる。

 「ねぇお兄ちゃん、にんそうがきってなあに?」

 ぐぃ、と服を引っ張られたドルディノは「ああ」と呟いた。

 「僕たちの顔が描かれた紙の事だよ」

 「お絵かき?」

 「うん、そうそう。そんな感じ」

 「ふぅん、そうなんだー。おとなもお絵かきするんだねー」

 くす、と少し息を零して笑った声が聞こえ、ドルディノは顔を上げる。それに気が付いたリンが誤魔化すように口を開いた。

 「あ、えっとそれでですね! ぼくの特徴は、外套を着てるってことだったので脱ぎました。ドルディノさんは……癖のある、黒髪だと……」

  「あ―――……」

 ところどころはねている癖のある髪を、左手でくしゃりと握る。そのまま、目の端に捉えている町の入り口を見やった。あと数十メートルだ。通常ならなんということはない距離だが、指名手配されている現状で、何の対策もないまま突っ切るのは悪手となりかねない。この先には身を隠せる草木は殆どなく、特に入り口付近からはただっぴろい草原が広がっているだけなのだ。

 無事に町から出れたとて、船場までの道のりのことを考えると危機感を覚える。

 ―――まいったな……。どうしよう……。

 重い溜め息が漏れた。

 いい方法が全く思い浮かばない。

 「どうしたの? お兄ちゃん」

 足元から明るい声が聞こえ、ドルディノは腰を落とした。

 「ううん、ただ―――……どうやってあそこまで行こうかな、って」

 ドルディノの視線を追ってミュンルが出入り口のほうを見る。そして可愛らしく唸ったと思ったら、一際元気がいい声を上げた。

 「そうだ! お空をとんむぐっ」

 「え?」

 「そ、そうだっ! お空を見ていいアイデアを考えましょう! ねっミュンル!」

 リンの疑問を掻き消すようにドルディノが言葉を被せる。その大きな手の平はミュンルの口元を覆っており、少女の小さな両手は発言を邪魔する指を外そうと一人奮闘していた。

 ―――あああぁぁぁ危ない危ない……! あとでミュンルに言い聞かせておかないと……。いつポロッと言っちゃうかわからないなぁ……。

  「リンさんは何かいい案とかありますか……? 僕、全く思いつかなくて……」

 「えっ!? あ、はい……そうです、ね……どう、ですかね……?」

 塞がれた口を解放するため、呻き声をあげながら孤高に指外しに挑み続けるミュンルの姿が気になり、リンの答えはしどろもどろになった。もはやバックグラウンドミュージックになりつつある。

 「あの……そろそろ、放してあげては……」

 「ああ! ごめんごめん」

 ぱっと手を離した瞬間、ミュンルは素早く身を翻すと、牙を剝き出しに(・・・・・・・)した。淡い灰色の瞳孔を縦に細長くさせ、いつでも飛び出せるようにやや前傾姿勢を取りグルル……と低音の小さな唸り声が喉の奥から響いてくる。

 ―――いけない!

 本気で怒らせてしまった。

  「っごめん!」

 がばっ! とほぼ直角に腰を曲げミュンルに頭を突きだした。グル……と、小さく掠れた鳴き声が聞こえても微動だにせず、そのままの姿勢を保つ。

 「……うん。いいよ、お兄ちゃん」

 暫くして、普段の調子のミュンルの声が耳朶を打ち、ドルディノは勢いよく顔を上げた。

 先刻まで獣の眼をしていた少女のそれは、人間の瞳に戻っていた。

 ―――よかった……。やり過ぎたなぁ……。

 「本当にごめんね」

 申し訳なさそうに繰り返せば、幼い同胞は柔らかい笑顔で頷いてくれた。

 ほっと息をついたところで肌寒さを感じ、冷や汗をかいていたことに気がつく。

 もし、ミュンルが我を忘れて本性を現していれば、町は半壊していたかもしれない。まだ子竜な為その程度で済むが、熟した成竜だった場合は半壊どころでは済まないだろう。

 改めて冷水を浴びたように心が冷えた。

 特に子竜は精神が幼いゆえ不安定要素が多く、自身の力の抑制が上手くできないのだ。その点を考慮して接するべきだった。

 ―――はぁ……僕がもっとしっかりしないと。竜族は、ここには僕しか居ないんだ。

 「お兄ちゃん? どうしたの? どこかいたいの?」

 顔を上げると、ミュンルがリンを覗き込んでいた。その瞬間、また失態を犯したことに気づく。ミュンルのことで、リンにフォローするのを失念していたのだ。

 頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 ―――誰か僕の頭を殴ってくれ……。

 「あの……リンさん。大丈夫ですか? 具合が良くないんですか……?」

 「い…………いえ。ちょっと……驚いただけなので……大丈夫、です」

 リンはそう言うと、伏せていたかんばせを上げて微笑んだ。その笑顔で肩の荷が下りた気がして、ドルディノも口元をやわらげる。

 「あの……ドルディノさんの髪なんですけど……ぼくに、考えがあります。少しの間、ここで待っていてもらえませんか? 時間はかからないと思いますので……」

 「え? どこに行くんですか? 僕も一緒に」

 「いえ、それは……」

 ―――あ……そうだ、今一番足手まといなのは僕だった……。

 「……すみません。ミュンル……リンさんと一緒に行ってもらってもいいかな?」

 僕はついていけないから、と心の中で呟く。

 「うん、いっしょに行く!」

 「それじゃあ少し……行ってきます」

 身を翻し小さくなっていく二人の背中を不安そうな表情で見送りながら、ドルディノは小さく呟いた。

 「ミュンル……リンさんを、頼んだよ」

 「うん」

 聴覚の優れている竜にしか聞こえない音量で返ってきた言葉に安心し、ドルディノは静かに微笑んだ。

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