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 「あれ……?どこに行ったんだろう……帰ったのかなぁ……」

 落胆し両肩をがっくりと落とす。期待していた分、反動は大きかった。

 癇癪を起こしたい気分に襲われるが、ぐっと我慢する。

 自業自得なのだ。いると、勝手に思い込んでいただけだったのだから。

 溜め息を漏らしたリアンは陰鬱な気分を晴らすために波打つ音を聴こうと、浜辺に向かって一歩足を踏み出した。柔らかい砂にリアンの足が食い込んで、足跡が残っていく。サクサクと乾いた音が水分を含んで重たくなったものへと変わり、打ち寄せた海水が歩くのを止めた足先に届き、引き寄せられるように靴と砂の間に入り込んでは砂を削りながら引いていく。

 その際に発せられる波音の心地よさに、瞼を閉じて耳を澄まし、浸る。

 無意識に深呼吸をして背筋がピンと伸びた。

 ふと脳裏に母から教えてもらったメロディーが流れ、自然にそれを口ずさむ。


 「 広大なる空の果てに 雲を突き抜け伸びている 屹立とした岩山           


 そこに御座す彼の者達 気高く強く色鮮やかの 皮翼で空を舞い遊ぶ


 古きときから刻まれた 銀と彼の者達の……」


 ガサッ、と葉擦れの音を耳が拾いリアンは言葉を切った。暗闇の中目を細め、森の方へ視線を向ける。

 ―――今、向こうから音がしたよ、ね……?

 右手に持っていたカンテラを森の方へ掲げ、何かが見えやしないかと奥を見通すように見つめるが、波の音だけが耳に届き、葉擦れの音や気配は感じない。

 リアンは緊張からゴクリと唾を飲み下し、ドクドクと心臓が打つ中、一歩足を踏み出した。

 歩く度にぴちゃ、と水が跳ねていたがそれもすぐ止み、柔らかい砂を踏む音から固いそれを踏む音へと変わっていく。

 リアンはゆっくりとした歩みで、岩壁に挟まれるようにある細い道を通り抜ける。きょろきょろ辺りを見渡して不審な音、挙動をする何かがないかを探すが、これといった変わりは特に見当たらなかった。

 ―――気のせいだったのかな……?

 ふぅ、と溜め息がリアンの口から漏れる。

 そして左手に持っている食べ物を包んだ白い布を持ち上げ、視線を落とした。

 「これも食べてもらおうと思って持ってきたけど……残念」

 そう呟くと背後へ視線を向ける。同時に波の音が耳に届き、潮の香りが鼻孔をくすぐった。

 後ろ髪が引かれる思いで、リアンは視線を正面へ戻すと帰途するために足を一歩踏み出す。

 が、その時間近で葉擦れの音が聞こえて足を止めた。

 素早く周囲を見渡してもう一度探していると、右の方からまた葉擦れの音が聞こえてきて、視線を体ごとそちらへ向けるとカンテラを翳し目を細めてじっと静かに見つめる。

 数秒後、葉がガサガサと音を立てながら揺れ、その間から黒く短い足が生えた。

 あの黒い生き物かなと予想をしつつも、実際に黒い何かの足がにゅっと現れるのを目にすると、驚愕から心臓が強く跳ねる。

 ドックンドックンと強く脈打つ中、静かにそれが出てくる様子を見守っていると、次第に全貌が露わになった。

 そこに姿を見せたのは、昼間出会ったあの黒い生き物だった。

 リアンの顔が、一瞬で不安げな表情から明るいものへと変わる。

 「いたー! ここにいたんだね! こんばんは!」

 元気よく叫ぶように言ったリアンに対し、黒い生き物はビクッと体を揺らした後目つきを鋭くし体を少し低くして唸り声を上げる。

 それを聞いたリアンは怖いというより、むしろ嬉しさを覚え、へにゃりと笑う。

 「ふふふふふ……。ごめん、なんか君怖くないよ。それどころか可愛い!」

 それを聞いた黒い生き物は、言葉が解るのかわからないが、唸るのをピタリとやめ姿勢を正した。だが、その眼はまだ鋭くリアンを射抜いているままだ。

 ほんの少しだけ警戒心が薄れたのを見て、心を許された気持ちになり、ますますリアンの表情が緩む。

 それはもう、とろけそうな笑顔だった。

 「ふふふふ。あ、そうだ。君ってなに食べるのかな? お腹すいていない? パン持ってきたんだ」

 そう言ってリアンはずっと握りしめていた、膨らんでいる白い布を見せるように宙に持ち上げる。

 しかし、黒い生き物は身動きせず、じっと鋭い視線を投げかけてきているままだ。

 ―――まあ、仕方ないかぁ。どうしようかな……あ、そうだ。

 リアンはゆっくりとした動作で両膝と腰を折ってしゃがむと、持っていたカンテラを土へ置き持っていた白い布の縛っている部分を両手で解くと、はらりと布の四つ角が膝の上に落ちて広がり、中央に小さいパンが姿を現した。

 リアンはパンを手に取ると食べやすいように小さく千切っていき、足元から数センチ離れた地面へ白い布ごと置くと視線を黒い生き物へ移して微笑む。

 「これ、今日のだから柔らかいし、食べやすく千切ったけど……。パンっていう食べ物なんだけど。あんまり味がないから、おいしくなかったらごめんね? ここに置いておくから。私は、少し離れた所にいるから、食べてみて?」

 そう言い残すと、リアンは黒い生き物を見つめながらカンテラを手に取りゆっくりと立ち上がると、後ろへ下がっていく。カンテラの光がパンまで届く範囲内で下がりおえると、先刻と同様にしゃがみ、黒い生き物の動向を見守った。

 数時間にも感じられる数分が過ぎたころ、ようやく黒い生き物は、警戒しながらも一歩一歩、ゆっくりと置いたパンへ近づいて行く。そして数センチの距離まで近づいた後、距離を取った所にしゃがんでいるリアンをじっと見つめてきた。

 僅かに黒い生き物が鼻をひくつかせている様子を見て、リアンは安心させるように微笑む。

 「大丈夫だよ、毒とかそういう危ないものは入ってないよ。入ってるとしたら体にいい薬草とかかな」

 ―――鼻をひくつかせるところも可愛いなぁ。

 そう思って、ふふっと笑い声を漏らす。

 黒い生き物は口からしゅるりと赤い舌を伸ばしパンの一番小さい欠片を上手に掬い取ると、口の中へ含み、数回口をもぞもぞさせていたが動きを止め、そのままの姿で数分待つ。

 まるで、毒の症状が表れるかどうかを確かめているように。

 ―――わー、あれ絶対疑ってるよね! そんな姿もすっごい可愛いけど!!

 ふふふふふっ、とリアンの口から笑い声が漏れ、体が上下に揺れる。

 黒い生き物は敏感に反応してリアンをじっと見つめていたが、それに気づくことはなかった。

 それから数秒間を置いた後、黒い生き物は中ぐらいの大きさのパンを舌で器用に口に運ぶと、もぐもぐと動かす。そしてやはり、ピタリと動きを止める。

 ―――やっぱり可愛い!

 それを見たリアンの顔がますます緩み、笑みが増していく中で、黒い生き物は時間をかけゆっくりとパンを完食したのだった。


 

 「綺麗に食べ終わったね」

 そう言いながらリアンはゆっくりとした所作で立ち上がるとカンテラを持って、パンを包んでいた布の所まで歩いていく。同時に黒い生き物は数歩後ろに下がり、リアンから距離をとっていった。

 それを見たリアンは苦笑する。

 ―――まだまだ時間かかりそうだなぁ。

 思いながら白い布を拾い上げ、ポケットに仕舞いこむと黒い生き物に視線を移して優しく微笑んだ。

 「明日の朝、また来るね。ばいばい」

 そう言ってリアンは黒い生き物に手を小さく振ると、家に帰るために、来た道を戻り始める。


 黒い生き物は、小さくなっていくリアンの背中を、視界から消えるまでじっと見つめていた。


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