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雨があがる時  作者: 鏡野ゆう
第一部
8/9

第七話 一件落着?

 高橋さんに引き摺られるようにして辿り着いたのは屋上。初めて見るヘリポートに意外と広いんだぁとか、海外ドラマだとこういう時は仲間のヘリが迎えに来てヒーローだろうが悪役だろうが余裕で逃亡ちゃうんだよねとか既に頭が現実逃避している。と言うより、首を絞められて若干酸欠気味な気もする。


「おいおい、死ぬのは早いぞ」

「首、何度も締めておいて何いってるんですか」


 高橋さんが私を捕まえる為に首辺りに腕を回しているせいで、抵抗しようとするたびに首を絞められる状態になるので何度か意識が朦朧としたのは事実。この分だと首にくっきり痕がついているだろうなあ、生きていられたらだけど。


「この高さから飛び降りたら、さすがに助からねえだろうなあ」


 屋上の端へと移動しながら呟く高橋さん。


「私、高いところ好きじゃないんですけど」

「だったら飛び降りる前に楽にしてやるから心配するな」


 ……心配するなという言葉の使い方が間違っている気がする。


「高橋!!」


 警察官達をかき分けて現れたのは弁護士の樋口さん。


「よお。解任したのにやっぱりお前にも連絡が行っちまったか」

「当たり前だ! 馬鹿な真似はよして沢村さんを離せ!」

「俺が助けた命だ、俺が好きにする権利があるだろ?」

「何を言っているんだ!」


 愕然とした表情の樋口さん。


「十七年前の殺人事件でこの子を助けたのは俺だ。俺が助けなければ家族と一緒にこの子は死んでいたんだよ。こんなおっさんと一緒なのは申し訳ないが、この子と俺が死ねば、あの事件の関係者は一人もいなくなる。永久にお宮入りだ」

「高橋!」

「これまで犯した罪からして俺は死刑か無期懲役だ。ムショなんて今更入る気はないし、自分の始末ぐらい自分でつける。#警察__サツ__#の手は借りんよ」

「沢村さんは関係ないだろう!」


 だが建物の端に向かう高橋さんの足は止まらない。


「なあ樋口。俺の人生はロクでもないものだが少しでも意味があったと思いたいんだよ。すまんな、俺の最後の我が儘だ、見逃してくれ」


 それがどういう意味なのか私には全く分からなかったけれど、樋口さんには理解できたらしい。辛そうに顔を歪めている。


「だけど高橋、沢村さんだけは……」

「このお嬢ちゃんもとんでもないところに居合わせちまったんだよな。それは気の毒だとは思う」


 グッと首に回された腕に力が入った。


「ここに隠れてるんだよ。おまわりさんが見つけてくれるまで何があっても声を出したらダメだからね。俺はあんたにそう言った、だよな?」

「高橋さん……?」


 私の意識はそこで途切れている。後で聞いたところによると、頚動脈洞性失神とかいうやつで頭に血が行かなくなって失神したらしい。医師からは気道を潰されずにすんで幸いだったとのことだった。


 自分の生死に関わる事件に二度も巻き込まれながら、二度ともその記憶が無いというのは幸いなのかどうか分からないけれど、今回のことに関しては気を失っていたので記憶にございませんということで刑事部長からのお咎めも免れたのだから、まあ幸いだったのかな。


 事件の結末から言うと高橋さんはそのまま屋上から飛び降りて亡くなった。私が失神したと同時に囲んでいた警察官達が一斉に飛びかかって揉み合いになり、それを振り切るようにして飛び降りたとのことだった。樋口さんは何とか止めようと追いすがったらしいのだけれど間に合わず、勢い余って自分も落ちそうになったところを担当刑事の安藤さんに引き戻されたらしい。


 まあそんなこんなで録画された画像を元に、十七年前の殺人事件と十五年前の交通事故に見せかけた殺人事件が被疑者死亡のまま書類送検されて一応の解決ということになった。そして肝心の私の記憶はと言えば相変わらず曖昧なままなのだ。もしかしたら本当に思い出せないままで一生が終わるかもしれない。


 そして樋口さんがこちらで勤めていた弁護士事務所を辞めて実家のある金沢に帰ることになったそうだ。高橋さんの遺骨を地元のお寺におさめるそうで、友人として彼の菩提を弔っていくと安藤刑事に話したらしい。投げ飛ばした時にはまさかこんな展開になるとは思っていなかったけれど、これで一件落着、なのかな。


 あ、でも実は一つだけ思い出したことがあるんだよね。それを思い出したのは意識を取り戻した時のベッドの上でのこと。目を開けると、椅子に座った柏木管理官がこちらを見下ろしていた。後で謝罪に来た安藤刑事に聞いたところ、失神した私をここまで連れてきてくれたのは管理官とのことだ。


「クマちゃんの耳についていた髪飾り、くれたのは管理官ですよね?」


 目を開けたばかりの相手からこんなことを急に言われたら誰だって驚くはずだけど、そこはいつも沈着冷静と言われている管理官、少し眉をひそめただけだった。


「思い出したのか?」

「いえ。ただ、若い刑事さんが私が抱いていたクマちゃんの耳に髪飾りをつけてくれたことだけ」

「そうか」

「今でも耳についてますよ」

「そうか」

「あのクマちゃん、男の子なんですけどね」

「……それはすまなかった」


 少しの間だけ時間がその時に戻ったような気がしたけど、いつまでもベッドでゴロゴロしているわけにはいかない。勢いよく起き上がった。


「もう少し横になっていた方がいいんじゃないのか」

「ここにいたら錦戸隊長が書類の山を持ってくるんですよ、お見舞いと称して。私は書類整理よりパトロールに出たいです」

「なるほど。これに懲りて以後は厄介事に首を突っ込まないことだな」

「無理ですよ、厄介事ってあっちからやってくるようなもんですから。……あの、管理官?」


 不意に自分がここに来る原因を作った人のことを思い出した。


「なんだ」

「高橋さんは……?」

「あの後、こちらの包囲を掻い潜って飛び降りた」

「そうですか……すみません、いろいろと」

「高橋との面会を許したこちら側に責任がある。高橋のことで気に病む必要はない」

「でも……」


 いきなり頭をグリグリと撫でられた。


「お前も被害者の一人だ。気にするな」


 いつもは怖い管理官がその時だけとても優しそうに見えたのは気のせいなのかな。



+++++



「そこをなんとかぁ……」

「なんとかなりません。違反は違反ですよ、お父さん。いくらお子さんが同乗していても駄目なものは駄目です。交通ルールは守るものです、お子さんの方が分かってますよ?」


 あれから三週間。普段通りのペースが戻り、今日もパトロールでスピード違反の車を取り締まる。


「しかし」

「しかしもかかしもありません。はい、免許証出して」

「はいぃ……」


 違反切符を切っている横を、眞柴さんと倉内さんが乗った車が横切った。こちらに向けてGJしている。私は取り締まる車両が少ない方が良いんだけどな。


 そして最近ちょっと妙なことが私の周囲で起きている。いや、私限定かな。


「沢村、また置いてあったぞ」

「げ、これで何個目ですか」


 何故かパトロールから戻ってくると私の机の上に置いてあるコンビニのレジ袋。中にはお菓子が1個だけ入っている。なんだろう……?


「もしかして小さいお友達からのプレゼントだったりしてな」


 ここ数日、交通安全啓発の為に近くの小学校に出向いてデモンストレーションをやっている。小さい男の子達がかっこいいと集まってくるから、その関係? 確かに小学生のお小遣いでも買える値段のものだから有り得ないとは言い切れない。けれど、それだったらお手紙とか入ってないかなあ……。


「ま、有難く頂戴しときます」


 ごそごそと取り出してパクリ。美味いっす。


「食うのか、それを」

「美味しいっすよ?」


 最初は毒入りとか考えたけど鑑識の篠原さんから何も入っていませんでしたという報告を受けてから、有難く頂くことにした。だって私の大好物のショコラケーキなんだもん、我慢しろってのが無理な話なわけで。


「さて、小腹も満足したしパトロール行ってきます」

「おう、むやみに厄介事に首突っ込むなよ」

「一言多いですよ」


 外に出て思いっきり伸びをしてからバイクの方へと走った。


「今日も秋晴れ、パトロール日和」


 新人白バイ隊員、沢村捺都、二十二歳。今日も市民の安心安全の為にパトロール業務に励みます。

あれ、ジャンルが恋愛なのに全く触れもしなかった・・・

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