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雨があがる時  作者: 鏡野ゆう
第一部
7/9

第六話 壊れた脱走者

 ズルズルと階段を引き摺られながら考える。今の状況を察するに私ってば物凄くヤバイ状態なんじゃないだろうか? それに、そもそも何でこんな事態になっているのか、実のところ私も把握できてないんだけど。



+++++



 投げ飛ばした巨漢のおじさんが私に会わせろと言っているらしいと柏木管理官から聞いたのは一昨日のこと。その場で行きますよっていかないところが警察の難しいところで、私は構いませんけどとお答えしたら、では担当刑事にその旨を伝えておくと言われ、おじさんが待つ取調室に顔を出したのが、えーと、多分、一時間前ぐらいのことだったと思う。


「俺の半分ぐらいの体重しかなさそうなのにな」

「日頃の訓練の賜物です」


 うーん……なんか調子狂う。全国指名手配になるぐらいの犯罪を犯している人間なのに、前に座っているおじさんはとても穏やかな顔をしている。悪いことをし尽くしちゃって悟りでもひらいたのかなと思えるぐらいの穏やかさ。


「あのぅ、どうして私と話をしたいだなんて言ったんですか?」

「俺をいとも簡単に投げ飛ばしたお嬢さんに興味がわいたというのが一番だな。今までいろんな奴とやりあってきたが、ああもアッサリと投げられたことはなかったんでな。ところで……」


 おじさんは横のガラス張りの窓を指差す。


「あれの向こう側には#刑事__デカ__#さん達がいるんだろうな?」

「まあ、多分」


 そうでなかったらいくら庁内でも指名手配犯 ―― 確か三人ほど殺傷していた筈 ―― と二人っきりで話をするなんて恐ろしいことは出来ないと思う。


「ところで、あんた、弁護士先生に会ったことがあるかって聞いたんだって?」

「え……ああ、聞きましたよ。そんな気がしたんで」

「ふぅん……」


 そんなにじっくり人の顔を見ないでほしい。いくら穏やかな顔つきをしていても相手は指名手配されていた犯罪者、変な汗が出てきちゃうよ。


「ところで、私と話をしたら偽名で生活していた理由、えーと、指名手配される前に犯した犯罪のことを話してくれるんですよね?」

「ああ。あんたになら話してやってもいい」

「だったら調書……」

「どうせ録画してるんだろ? だったらそんなもの必要ない。俺はありのままを話すつもりでいるからな」


 その状態での自供って証拠能力とか大丈夫なんだろうかとちょっと心配になる。


「俺がこの顔に整形して名前を偽る原因となったのは、十五年前に仲間を事故死に見せかけて殺したからだ。そいつらと繋がっている連中がこれまた厄介な連中だったから、そいつらの追跡を振り切るためにはどうしてもそうする必要があった。だがラッキーなことに俺のした細工は見破られることなく車体の整備不良による不幸な事故として処理されたみたいだな」


 きっと向こう側の部屋では担当刑事達が慌てて裏取りの調査にかかっているだろう。


「どうしてそんなことしてお友達を殺したんですか?」

「友達じゃない、仲間だ」


 どう違うんだろうと考え込んだ私を見て、おじさんは笑った。


「分からんだろうな、あんたには」


 とにかくその仲間とやらにはあまり良い感情を持っていないらしいことだけは分かった。そして殺したことに対しても後悔はしていないようだ。


「そいつらを殺す原因となった事件がある。ボスの仲野がある弁護士に復讐するためにしでかした事件だ。その理由に関しては俺も詳しく知らされてはいなかったが、とにかく奴の恨み方が尋常じゃなくてな。まあ、あいつ自身が既に壊れていたって可能性もあるんだが。その事件も警察が言うこところのお宮入りってやつだろう」


 急に耳鳴りが始まった。この人は何を話そうとしているのだろう。


「十七年前の事件だ。調べれば分かるだろう、弁護士夫婦は刺殺、小学生の息子は絞殺だ。その時、俺は下で見張りをしていてな、そこで小さい女の子を見つけたんだ。あれは、あんただろ?」

「……え?」


 血の気が引くってこういうことを言うのかな。急に部屋の温度が低くなった気がする。


「あの時、俺達がいなくなるまで隠れていろと言って床下収納に入るように言ったのは俺だ。覚えてないか?」

「あの……私、小さい頃のことはあまり覚えてなくて……」

「俺があんたを助けたんだよ」


 廊下の方でバタンとドアが開く音がすると同時に、目の前のおじさんが体格に似合わない素早さで椅子から立ち上がり入口のドアノブを握りしめた。ガチャガチャという音と共に外から開けろという声が聞こえる。


「おっと、思い出話を邪魔しようだなんて無粋な刑事さん達だよなあ」


 そう思わないか?とこちらに笑いかける表情は穏やかなまま。私の方はと言えば頭の中で色々な事がぐるぐる回っていて何も考えられない状態だ。


「刑事さんのお偉いさんで柏木とかいう奴、あんたに会わせろって言ったら目を吊り上げて怒り狂っていたみたいだが、あれ、あんたの彼氏か何かか?」

「い、いえ、違います! 一課の偉い人です、私みたいな新人警察官が口をきけるような人じゃないんですよ、本来」


 何を呑気に喋っているんだと自分で自分に突っ込みを入れる。


「そうか。で、だ。俺があんたを呼んだ本当の理由な」

「本当の理由?」

「そう、話したくなったというのもあるんだが、俺としては死ぬ時は後腐れない状態で死にたいわけでな、十七年前の事件も綺麗サッパリと片付けて逝きたいわけさ」

「え……?」


 それってどういう……?


「あの時、あの場所に居合わせた人間で生きているのは俺とあんただけだ。つまりは俺とあんたが死ねば、あの事件の加害者も被害者もいなくなって何も起きなかったのと同じになるってことだ」

「ちょ……それって何かおかしくないですか?!」

「そうか? もともと、あんたはあそこで死ぬ筈だったんだ。俺がたまたま気紛れで助けたせいで今も生きてるがな。その助けた命、俺に返してくれないか」


 これはもしかして私に死んでくれと言っているのだろうか? いや、もしかしなくても死んでくれって言っているよね?!


「返してくれって言われても、私の命はもともと私のモノで誰かにあげるモノじゃないと思うんですけど……」


 自分でも何でこんなに真面目に答えているのか分からない。どうやらちょっと壊れているっぽいこのおじさんを下手に刺激しない方が良いと無意識に思っていたのかもしれない。


「そうかな。俺はあんたの命は俺が助けたんだから、俺が好きにする権利が少なからずあると思うんだがな」


 いやいやいや、それは間違っていると思う。人の命は他人が奪っていいものではない、それはれっきとした殺人と呼ばれる犯罪なのだから。


「さて、死ぬ前に久し振りに思いっきり暴れるかなあ」

「お、思いっきりって……」

「ま、悪いが最後まで付き合ってくれ」


 にっこり笑って言うようなことじゃないと思う。おじさんは私の首に片手を回して自分の方に引き寄せると、今まで開かないようにしていたドアを今度は思いっきり蹴り開けた。多分、廊下で吹っ飛んだ人が何人かいたと思う。私、もしかしたら今度こそ本当に懲戒免職になるかもという考えが頭の中をよぎった。


「はいはい、そこをどいてくれるかな。大人しく従ってくれないと、このお嬢さんの首、折れちまうぜ?」


 首に回された腕に力が入ると息が出来なくなった。直ぐに力を緩めてくれたけど、このままだと首を折られる前に窒息死するかもしれない。


「えーと……た、高橋さん? これだけ警察官が囲まれていたら逃げられないと思いますけど?」

「誰が逃げるって言った? 行くのは別の場所だ」


 普段から小柄だと言われているけどそんなに自覚したことはなかった。けど、この人に引き摺られていると自分が本当に小さな人形か何かじゃないかと思えてくる。


「それに、そこへ辿り着く前に撃たれちゃうかも」

「悲しいかな日本の警察はそう簡単に発砲できないんだよな。それに、あんたとこんだけ密着していたら撃てばあんたに当たるかもしれないだろ? 法の番犬はこの状況では絶対に撃てんよ」

「逃げられんぞ、高橋! 無駄な事はよせ!」


 そう叫んだのはこの事件の担当刑事さん。


「だから逃げるつもりは無いっつーの。自分の始末ぐらい自分でつける。お前達の手なんて借りやしねーよ」

「高橋さん、やめましょうよ。ちゃんと裁判を受けて罪を償わなきゃ」

「今更ムショ暮らしなんて真っ平御免だ」


 なんとか説得しようと試みるけど、何故か微妙に話が噛み合わない。そう考えると交渉を専門職にしている人って本当に偉い。……そんなこと考えている場合じゃないんだけど、本当に偉いよ、うん。


「樋口さん、お友達なんでしょ? せっかく弁護を引き受けてくれたのに、その好意を無駄にするんですか?」

「樋口は解任した」

「えぇ?!」

「あのなあ、前途有望な弁護士先生に俺みたいなチンピラの知り合いが居たら困るだろ? あいつは昔から優しいから断らなかったが。あいつはこれからたくさんの人間を救うんだ、俺みたいな知り合いは消えた方が良い」

「でも……!!」


 腕に力が入り息が詰まった。


「あんまり騒ぐな。それ以上グダグダ言うようなら、首絞めて殺しちまうぞ?」


 どっちにしろ殺すつもりのくせに……などと思ったけど口にしたら即あの世行きな気がして黙ることにした。

どうしても深刻になれない捺都。

現実逃避なのか単にアホなのか・・・(´・ω・`)

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