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雨があがる時  作者: 鏡野ゆう
第一部
6/9

第五話 綻び

「雨も降ってるのにそんなコブ付きでパトロールなんかに出せるか。今日は留守番だ」


 朝一番、錦戸隊長から言い渡されたのがこれ。


「えぇぇぇぇ」

「俺の代わりにこの山積みの書類を片付けとけ」

「横暴だあ!! いたたたた、隊長まで何するんですか!」


 留守番しろと言われて文句を言ったら、たんこぶをぐりぐりされた。昨日に引き続き酷い扱いだ。


「どうだ、痛かろう~、うはははははっ」

「そりゃ、そんなことされたら痛くないものも痛いですって!」


 ドラ声でそんなふうに笑いながら言っていると何処の悪代官だと聞きたくなる。


「昨日も一日中病室から出してもらえなかったじゃないですか」

「お陰で俺は事務処理をしなくて大変助かった、他の連中もお前の仕事ぶりに非常に感謝している。文句あるのか、あ゛?」

「……アリマセン」


 まあ新人なんてこんな扱いだ。昨日は昨日で見舞いと称してやってきたかと思ったら書類を山のように置いていった。お陰で二泊する羽目になって物凄く重体なのではないかと周囲には心配されるし、鑑識の篠原さんには頭蓋骨が陥没でもしましたか?と聞かれるしで非常に情けないというか恥ずかしいというか……。


「これからの長い警察官人生の中で嫌と言うほどパトロールに出ることになるんだ。今のうちに大人しく書類整理でもしとけ」

「ぶうううっ、せっかく……痛い痛い、すみません、ごめんなさい、言うこと聞きますー!!」


 ぐりぐりされて半泣きになりながら謝っている自分がとっても情けないし、頭の怪我はバカにできないのは分かっているけどやはり納得いかない。いや、馬鹿にできないからこそぐりぐりせずにもう少し優しく労ってほしいと思うわけだ。


「とにかくだな、あとでれいの弁護士先生がここに来るから、今度は倒れるなよ。白バイ隊員がそんな軟弱な集まりだと思われたら困るからな」

「わかりましたあ……」


 そう言えば話も出来ないままだったと思い出した。先輩達が出て行くのを見送ると、大きな溜息を一つついて書類整理を開始する。せっかく制服に着替えて今日はパトロールに出られるぞと張り切って出てきたのに、デスクワークだなんて理不尽だとブツブツ呟きながら半ば#自棄__やけ__#になってガリガリと書類を書いていく。そんなことを小一時間ほど続けていたら本当に頭が痛くなってきた。


「やっぱり私は文系じゃなくて体育会系だよねえ……ねえクマちゃん」


 スマホの待ち受けにしたクマちゃんに話しかけた。久し振りに再会したクマちゃんは今は私の自宅で留守番をしている。そんなわけで新しい同居人を待ち受けにしたしだい。


 クマちゃんに一頻り話しかけてから外に目を向けると相変わらず雨脚は強くて当分はやみそうにない。自分だけ部屋で座っているのが逆に申し訳ない気がしないでもないので、戻ってくる先輩たちの為に温かいコーヒーでも用意しておこうかなとコーヒーメーカーの方へと向かう。そこでノックの音がして眞柴さんが顔を出した。


「あ、いたいた。樋口さんいるんだけど、今、いいかな?」

「どうぞ」


 眞柴さんの後ろから樋口さんが入ってきた。


「大丈夫ですか、その……」


 額のたんこぶを見ながら尋ねてくる樋口弁護士。


「あ、触ったら痛いだけで、見た目ほど酷くはないのでお気遣いなく。それより二度手間になってしまって逆に申し訳ありません」

「いえ。こちらも依頼人に会いに来ているので手間と言うほどのこともありませんし」

「ここで良いんですか?」

「ええ。逮捕時のことは依頼人からも聞いているので、相違が無いかの確認ですからこちらで結構です」


 それから暫くの間、あの百キロ超えのおじさんを逮捕した時の状況を刑事部長の前でしたのと同じ話を繰り返しながら説明した。今回は急に倒れることはなかったのだけれど、何故か雨の音が耳について仕方がなかった。窓の方を見ても閉まっているし何でだろう? 最初の時も雨の音がしていたしこれって偶然なのかな。


「依頼人の証言との相違は殆どありませんね。これで結構です、有難う御座いました」

「あの……」

「はい?」

「私が投げ飛ばした人って樋口さんのお友達なんですか?」

「何故です?」


 何故だか樋口さんが警戒したのが分かった。


「あ、ほら。昔っからあんなに大柄だったのかなあって」

「……学生時代の友人ですが、上背はもともとありましたけど、あんな体格ではなかったですね」


 もっとスマートでしたよと付け足す樋口さん。


「へえ。けっこう筋肉質だし足もめちゃくちゃ早かったし、ラグビーとか柔道とかしていたのかなあって思ったんですけど違うんですか」

「私が知る限りではスポーツはやっていなかったと思いますよ。それ以後は分かりませんけどね。では私はこれで失礼します。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」


 席を立った樋口さんに、さっきから頭の中をぐるぐる回っていることをぶつけてみることにした。


「あの、私、樋口さんと何処かでお会いしたことありますか?」

「え?」


 樋口さんがぎょっとした顔で私のことを見つめる。


「なんとなくなんですけど、雨の日に何処かでってことありません?」

「いや、沢村巡査とお会いしたのはここが初めてだと思いますよ。今まで交通違反の切符は切られたこともないので」

「そうですか……。すみません、変なこと聞いてしまって」

「いえ……では失礼しますね」


 眞柴さんと倉内さんが何か言いたげな顔をこちらに向けていたのだけれど、結局何も言わずそのまま樋口さんについて部屋から出て行った。


「……なんだろう」


 細かい字の読み過ぎでズキズキするこめかみを押さえながら、再び書類を前にする。しかし直ぐに中断して考え込んでしまう。雨の音と樋口さん。何か関係があるのだろうか。



+++++



「ママに会いたい」


「もう忘れなさい。覚えていても辛いことだから全部忘れなきゃ駄目だ」


「パパとお兄ちゃんは?」


「もう皆とは会えないんだよ、だから忘れるんだ」


「なんでそんなこと言うの、おばあちゃん」



+++++



「勤務中に居眠りとはいい御身分だな」

「ぎゃぁぁぁああ?!」


 いきなり現実世界に呼び戻されて変な声で叫んでしまった。もうやだ、この人。なんで私が変なことしている時にばかり狙ってくるのか。はっ! 書類が濡れてる! よだれ?! 鼻水?! ひえぇぇぇ!


「なななななな何か御用でしょうか?! 錦戸隊長はパトロールに出ておられますがっ」

「……」

「あのですね、居眠りしていたわけじゃなく、ちょっと考え事をしてたんです、だ・ん・じ・て! 居眠りしていたわけではないのですよっ!です」


 こちらを呆れたような顔で見下ろしているので、言われもしないのにシドロモドロな弁解している自分に自己嫌悪。何で柏木管理官の前だと日本語が崩壊するのかな。自分でもかなりテンパってるなあという自覚はあるんだけど。


「君は考え事をしながら泣くクセでもあるのか?」

「は? いえ、そんな繊細な乙女みたいな心は持っておりません、よ?」


 のびてきた指先が頬に触れた。あれ? 目から汁? 汗? っていうかこのデジャブ感は何?


「君が投げ飛ばした男が君に会わせろと言ってきている」

「はい?」

「自分を投げ飛ばすぐらいの警官にしか供述しないとか言い出して取り調べが中断してしまっている。担当刑事が困っているそうだ」

「ふざけんなって感じですね」

「まったくだ」


 溜め息をつきながら同意するのを聞いて、もしかして二人の意見が同じって初めてのことじゃないだろうかと気が付いた。


「なんだ」

「いえ、珍しく同意見だなあと……」

「こんなことで同意見でも嬉しくもなんともないだろう」

「確かにそうですけど」


 ただ、いつもお小言ばかりくらっている管理官と珍しく意見が合ったのが何となく嬉しかったのだ。

やっぱ楽しい内容の話を書く方が好きです。

捺都のところに柏木がパシリのように足を運ぶのは、おそらく錦戸と友人関係にあるからだと。一課から交機へ何か頼みごとがある場合は、全て柏木に回ってきそうな感じです。

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