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雨があがる時  作者: 鏡野ゆう
第一部
2/9

第一話 葉月の回想 1

「その何とか管理官って人、いわゆる運命の赤い糸の先にいる人なんじゃないの?」

「お姉ちゃんまでやめて……」


 対面式のキッチンカウンターのスツールに座り、事の顛末を姉の葉月に話したら再び同じようなことを言われてガックリする。親子ほどの年の差があって、あっちは畏れ多くも一課の管理官様だよ、どこでどう混線すれば赤い糸が繋がるのか教えてほしい。


「まあ冗談はさせておき捺都って彼氏作らないの? 私、楽しみにしてるんだけどな、捺都がここに彼氏連れてくるの。ほら、話に出てくるイケメンの刑事さんとかどうなのよ」

「眞柴さんも倉内さんも彼女さんいたんじゃないかな、確か」

「うーん残念。他にいないの?」

「特にほしいと思わないし……」


 そりゃ付き合って欲しいって言われたことはあるにはあるんだけど、何故かその気になれないと言うかゴメンナサイ状態が続いている。別に男嫌いでもないし人並みに恋愛したいとも思ってるんだけど、その気持ちと感情の折り合いがつかないんだよね。


「こういうのってやっぱあれかな……あの時の事件が関係しているのかなあ……」


 私の言葉にメレンゲを作っていたお姉ちゃんの手が止まった。“あの時の事件”は我が家ではある意味において禁句になっている事柄だ。



+++++



 何気ない捺都の言葉にドキリとした。


 家族として一緒に暮らし始めて十七年、その間に妹が事件のことを口にしたのはこれが初めてではないだろうか。そして私はメレンゲを作りながら“あの時の事件”のことを思い起こしていた。



+++++



「ちょっといいかな、三人ともこっちに来てくれる?」


 珍しく早く家に帰ってきた共働きの両親が私達三人をリビングに呼んだのは十七年前の梅雨のさなかの肌寒い日の夜のこと。当時、私はまだ小学校六年生だった。


「なあに? 私、これから友達とオンラインゲームするんだけど……」

「俺、彼女と電話……」

「俺も……」

「いいからそこに座って」


 それぞれに両親の小言から逃げる口実を口にしのだが、いつになく深刻そうな両親の顔を見て大人しく従うことにする。なにか良くないことが起きたようだ。もしかして両親が離婚するとか? うわ、まさか! もしかして一家離散の危機?


「今朝方ね、警察から電話があって将兄さんの家に強盗が入ったんだって」


 予想外の言葉に私達三人は思考停止状態で両親の顔を見つめた。


 将兄さんとはお母さんのお兄さん、つまりは私達の伯父さんだ。いとこの祐真君と捺都ちゃんとは夏休みに山形のお婆ちゃんの家でよく遊ぶ間柄でこの前のお正月にも会ったばかりだった。次に会う時は夏休みだね、キャンプしてバーベキューしていっぱい泳ごうねって約束したばかりなのに。


「……でね、それでね……」


 お母さんは途中で言葉が出なくなってしまってお父さんに助けを求めるような視線を向ける。その様子を見た時に子供ながら最悪の結果がこの先に待っているのだと理解出来た。


「将君と千景さん、祐真君は亡くなったそうだ」


 こういう時って本当に言葉が出ない。よくドラマで“どうして?”とか“なんで?”とか言うけどそんなの嘘っぱちだ。本当に言葉を失うってこういうことなんだと初めて実感した。


「……なっちゃんは?」


 最初に口から零れ落ちたのはそんな言葉だった。


「ああ、捺都ちゃんは今、病院にいる」

「怪我してるの?」

「いや、捺都ちゃんは幸いなことにどこも怪我はしていないよ。ただショックが大きすぎて声が出なくなってしまったらしい」

「何処の病院? お見舞いに行ってもいい?」


 その問いに難しそうな顔をするお父さん。


「明日、警察の人に聞いてみるよ」


 結局、私達がなっちゃんのお見舞いに行けたのは一週間後。


 それまでに警察の人が色々となっちゃんに事件のことを聞き出そうとしていたみたいだけど、なっちゃんは黙り込んだままで何も話さずまったく収穫はなかったみたいだ。それでいとこの私達が顔を出せば、もしかしたら声が出るようになって何か話してくれるかもしれないということで、私達の面会が許されたというわけ。


「なっちゃんは何も悪いことしてないのに、どうして病院に閉じ込めるようなことをするのかなあ」


 病院に向かう途中、車の中で呟いた。怪我してないんだったら家に来れば良いのにと単純に考えたのは当時はまだ子供だったからだ。


「多分だけど、犯人から守るためじゃないかな」


 お兄ちゃんがそんなことを呟く。


「どうして?」

「だって、なっちゃんは犯人の顔を見てるいかもしれないだろ? 犯人が口封じしに来るかもしれないじゃないか」

「お兄ちゃん、それドラマの見過ぎだよ……」

「三人とも、捺都ちゃんの前ではそんなこと話さないでね」


 運転していたお母さんがミラー越しに睨んできた。そんなこと分かってるよ、子供だからってそこまで常識がないわけじゃない。ただ何か話していないと落ちつかないだけなのだ。そして病室に行くと、部屋の前におまわりさんが立っていて、それを見た時、お兄ちゃんが言ったことはあながち間違っていないのかもしれないなと思った。


「なっちゃん」


 ベッドのなっちゃんはいつにも増して小さく見えた。


 こちらの呼びかけに少しだけ身じろぎしたけれど、いつものようにニパッと笑ってこっちに駆け寄ってくることもせず、黙って俯いたままだ。私はそのままベッドにの横に立つと持ってきたぬいぐるみをなっちゃんの膝の上に置く。もともとは私のぬいぐるみなんだけど、なっちゃんがお泊りに来た時に気に入って一緒にお布団に入るようになったクマさんだ。少しでも慰めたくて持ってきたんだけど、ダメだったかな。


「これ、ここにいる間のお友だちね」


 諦めかけた時、なっちゃんの小さな手がクマさんに伸びた。そしていつものようにギュッと抱き締める。私達は当たり障りのない話をして一緒に過ごした。なっちゃんは相変わらず何も話さなかったけれど、一人じゃないんだってことを分かってくれればそれで良かったんだ。


 そこへやってきたのが事件を担当してる刑事さん達。


 ベテランさんの方はさすがに殺人事件を担当する人なだけあって迫力がある。後で聞いたところによると、もう一人の若い刑事さんは相手が子供だから鬼瓦みたいな顔の自分よりもいいだろうとベテラン刑事さん、えーと芦田さんだったかな、が連れて来ていたらしい。更にその後で聞いて分かったことだけど、キッチンの床下収納に隠れていたなっちゃんを見つけたのもこの若い刑事さんだったらしい。


「こんにちは、捺都ちゃん。そのぬいぐるみ、可愛いね」


 お母さんとベテラン刑事さんが話をする為に廊下に出ていくと、若い刑事さんがなっちゃんが抱き締めているクマちゃんに気が付いて話しかけた。なっちゃんがその声に反応して微かに頷く。


「これは誰が持ってきたの?」


 その問い掛けに、なっちゃんの指が私をさした。


「君が持ってきたの?」

「このクマちゃん、なっちゃんのお気に入りだから」

「そっか。良かったね、捺都ちゃん。クマちゃんがいたら夜、寂しくないね」


 コクンとまた頷く。そこへお母さんとベテラン刑事さんが戻ってきた。


「では我々はこれで失礼します。行くぞ、柏木」

「はい。じゃあ、またね捺都ちゃん」



+++++



 ―――― 柏木?


「……ちゃん、お姉ちゃん!」


 捺都の声に我にかえる。


「え、何?」

「何って……メレンゲが飛び散ってるよ」


 キッチンのあちらこちらに飛び散る白い塊。


「わちゃぁぁぁ」

「なんか物凄い顔して混ぜてたよ。ここにシワ寄ってた」


 眉間のところを指差す。


「ちょっと考え事してたあ……やっぱりケーキ作りは真剣にしなきゃいけないわね、やり直しだわ。ところでさ、その赤い糸の先にいるかもしれない人って柏木さんっていうのよね?」

「糸の先になんていませんー。けど何? 知り合い?」

「いや……なんか何処かで聞いたことあるかなあって。もしかしたら茂兄が受け持った裁判でだったかも」


 あの時の若い刑事さんと同じ名字って単なる偶然? 年の差はともかく、もしかして本当に捺都の糸の先にいる人だったりして。これは一度是非とも確かめなければ。


「……お姉ちゃん、何か一人で百面相してるよ、大丈夫?」


 妹の不審そうにこちらを見るので何でもないわとニッコリ笑ってごまかした。

隠す気ぜんぜんねーずらよ( ̄▽ ̄)

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