第1章 最終話 大きな勘違い
皆さんこんばんは。
第1章、最後のお話をお送りいたします。
「さて、とりあえず、私から贈り物が有ります。受け取ってもらえるかしら?」
「ふぇ? おく……りもの?」
頭を上げると、カルティナさんの手に、小さく金色に光る輝石がついた耳飾りがひとつ。
「これは?」
「あなたは忘れてしまったかもしれないけれど、左右の瞳の色が違う、というのは本来有り得ないことなの。だからこれを……ね?」
「いたっ――」
ちくり、と小さな痛みを右耳に感じて顔をしかめる、とカルティナさんが手鏡を眼前に持ってくる。
「え……? あれ? なんで?」
鏡に写ったボクの顔、その双眸は両方共『金』。カルティナさんと同じものだった。
「これで大丈夫。この耳飾りの効果は、『右の瞳の色を変える』ことと、『魔力を封印する』という効果のふたつ。外す必要がある時以外は外さないでね?」
「う……うん……」
多分、魔力ってのはボクが男の人達を傷つけた時に使った力のことだろう。
もう、あんな……人を傷つける思いなんてしたくない。外さないようにしよう……。
「それじゃあ行きましょうか?」
「え? どこに……?」
質問を投げかける最中も、ボクの左手の拘束具を外して、パリッシュさんがボクを横抱きに抱え上げた。
「どこにって……。あれ? 言ってなかったわね。今から湯浴みよ? その格好のまま寝かせておくには忍びないですしね」
捲くられた肌掛けを見ると、土埃で薄汚れ、所々落ち葉の欠片で汚れていた。
「ごめんなさい……」
いくら必死になっていたとはいえ、後先は少しくらい考えておくべきだったと反省した。
■◇■◇
「うわ~……広~い……」
ふたりに連れられて来た場所は、全面石張りの湯浴み場だった。
「って!? どうしてふたりとも服を脱いでるの!?」
連れて来られて椅子に座らされ、後ろでごそごそ音がするから振り向くと、当たり前のように女性ふたりが次々と衣服を脱ぎ捨てていく。
「なにって……湯浴みをするのだから、服を脱ぐのは当たり前でしょう?」
当然のように言い放つカルティナさんに、頭痛に近いめまいを覚える。
「だってボクはおと――」
「ほらほら、あなたも手伝ってあげるから脱ぎ脱ぎしましょうね~?」
「わぁ!? ちょっと待って! 女の人に脱がされるなん――うわっぷ!?」
無理やりたくし上げられた貫頭衣が顔を覆って思わずもがく。
「ほらほら、両手を動かさず。そのまま、そのまま。汚いままだと嫌でしょう?」
言われるのも癪だけど、確かにこのままでは色々と迷惑をかけることに思い至り、従うことにする。
貫頭衣を引き抜こうとする時、大量の髪の毛がつっかえたり、引っかかったりして上手く脱ぐことができなかったれど、パリッシュさんも手伝ってくれて、なんとか脱ぐことができた。
「はぁ~……」
盛大に溜息が出る。
認めたくないけど、ボクは今、一糸まとわぬ姿で良く知らない女性の前に立っていることになる。これに恥ずかしくないなんて思えるだろうか? 思えまい……。
「なに? どうしたの? 溜息なんて吐いて」
「だって、知らない女の人の前で裸になるなんて……その……恥ずかしいじゃないか! 男として……」
「………………」
「………………」
不服の念を込めて、ふたりに抗議を口にすると、一瞬の暗い表情で見合い、その後振り向き、苦笑を浮かべた。
「なに言ってるの? 男の子だなんて……」
「え? なに言ってるの? って言われても、こっちが逆に聞きたいくらいなんだけど?」
意図がわからず聞き返すと、両脇に腕を差し込んで、カルティナさんがボクを持ち上げる。ちょっと擽ったくて身をよじろうとして、うまく体が動かない。
「姿見で確認してみたらいいわよ」
「う、うん?」
湯浴み場の片隅、そこに大きな鏡がそそり立っていて、ボクは抱えられるままにその前に連れて行かれる。
「ほら、見て――」
鏡に映ったのは、薄手の際どい肌着だけを身につけたカルティナさんに抱え上げられたボクで……。
「どこからどう見ても――」
身体にまとわりついた酷く乱れた髪の隙間から見えたのは――
「可愛らしい女の子でしょう?」
痩せっぽちとは言え、微かに膨らんだ胸と、少し髪の毛に隠れてしまってるけど、男としてあるべきものが付いていない、女の子にしか見えないボクの下腹部……。
「嘘……」
「嘘なものですか」
「だってボクは!」
男じゃなかったのか? あれ? そもそもボクってどうして自分のことを男って……そう思ってるんだろう?
「なにか勘違いしてたんじゃないかな? ほら、自分で納得行くまで確認してみたら?」
「え……? うわわ!? いった~……」
急に両脇の腕を離されて、地面に自分の足がつくと、がくんと身体がつんのめって。ボクはその場にすとんと尻餅をつくようにへたり込んでしまった。
下半身に力が入らなかったんだ。
それどころか、上半身もだるくて力が入らない……。いったいどうなって?
「ああ、そうか。ごめんなさいね? 魔力を封印したんだったわね」
「ふぇ? それってどういうこと?」
「あなた、こんな身体で動きまわってたこと、不自然だと思わなかった?」
そう言って、カルティナさんがボクの右腕に巻かれた包帯を解いていく。
不自然? 確かに体中痛かった覚えがあるけど、別にそれだけ――
「うっ……これ……って……」
特に右腕が根本から所々壊死しかかっているのか、紫色に変色していて、見るに耐えれず思わず目をそらした。
「魔力で強制的に身体強化して、無理やり動かしていたのよ? そのツケがこれよ。危うく切断寸前だったわ」
切断という言葉に血の気が引くのが分かる。
「あの……ボクの右腕……」
「あ、心配しないで? しっかり治療すれば治るって言われてるわ。診てくれた医者の先生に、今度会ったらちゃんとお礼を言いましょうね?」
「う……うん……。分かった」
今度ってことは、定期的に診てくれるってことなんだろうか?
「さあさあ、それはともかく、早く身奇麗にしましょうか? パリッシュさん、この子お願いします」
「分かりました」
「ふぇ? ええ!?」
急に身体に手を回されると、一気に横抱きにされたまま持ち上げられてしまった。
持ち上げたのはもちろんパリッシュさんで、その……非常に言い難いのですが柔らかい物が当たってすごく困るんですけど!?
「なに照れてるの? 同性なんだから照れる必要もないでしょうに……」
そう言いながらも、溜息を吐いてカルティナさんがぶつぶつと何かをいっている。“じょうそう”? とか“教えなくちゃ”? とかなんとか……。
そんなにボクの反応がおかしいんだろうか?
「は~い、それはじゃあ、髪の毛を洗いましょうね?」
浴槽の脇に備え付けられた椅子に座らされて、髪の毛を丁寧に濡らしていくふたり。
「ああ、やっぱり火にやられて先っぽの方は傷んでるわね」
「焦げてる所もあります」
「身体の調子が落ち着いたら理髪師を呼びましょうね? うんと可愛い髪型にしてあげますからね」
目の前の大きな鏡に映るボク、それがふたりの手で洗われて、どんどんキレイになっていくのが分かるとともに、薄汚れた子供から、ちょっと可愛い女の子に変わって行く。
そう、女の子だった。
まじまじと鏡を凝視して、目を凝らして、見方を変えて……と色々変えてみたけど、どう見ても女の子。
まあ、そんなことしてる間にも、ふたりが丁寧にボクの体を……その……隅々まで洗っていくのですごく恥ずかしいんですが……。
「ねえ、聞いてもいい?」
「な~に? 答えられる範囲でいいなら答えるわよ?」
「どうしてボクは……記憶がないの? どうしてボクは……こんな怪我をしてるの?」
矢継ぎ早に、思いつく限りの質問をすると、カルティナさんの顔が曇る。
「今すぐには答えれないかな?」
「どうして?」
「今知ったら、きっと辛い思いをすると思うから……。もう少し、体調が良くなったら教えてあげる」
「そう……」
「でも、心配いらないわよ? ひと月もあれば回復するだろうって言われてるから、それまではよけいな心配しないでゆっくり養生しましょう」
言ってることは正しくて、素直に頷く。
まずは、今のボクの体調の改善から初めないといけないのはよく分かる。
「よ~し、綺麗になったわね。一緒に入りましょうか」
「……え?」
またもや横抱きにされて、湯船の中へ――
「……って冗談じゃないよ! こんな格好で入るなんてやだ! お~ろ~し~て~!」
慌ててもがいて逃げようとするも……。
悲しいかな、今のボクにはもがくほどの力さえもないみたいで、少し左足がぷらぷら揺れる程度だった。
なにこれ……すっごく恥ずかしいんですけど!?
正直恥ずかしすぎて、羞恥の炎に身を焼かれて悶え死にそうなんですけど!?
「ああ、なんかいいわね~。こういう可愛い反応する子。私も娘をひとり、さっさと産んでおけば良かったな~」
「まだお若いのですから間に合いますよ? カルティナ様」
「あらそう?」
ああ、なんかすっごく生々しいお話がボクを挟んでされてるんですけど!? 誰かこの人達の会話を止めてくださいよ。
「ねえ? アリシアちゃんも妹か弟、欲しいわよね?」
「そっ、そんなこと聞かれても困ります! ボク、まだカルティナさんの養子になるなんて返事してませんよ!?」
「あらそうなの~? でも、私は諦めるつもりはないけどね」
「え……? 今なんて?」
幻聴が聞こえたような……。聞こえなかったような……。
「だからね? 私、あなたのこと気に入っちゃったから何が何でも養子にしてみせる! って言ったのよ~」
まるで愛の告白のような真剣な表情で告げられる。
いや、そんなこと宣言されても……。
「て言うか、よくそんな恥ずかしいこと言えますね!?」
「あら~? 私は自分に正直ですから、自分の言いたいことは言うからあなたも遠慮しないで言ってね?」
「ボクの言いたいこと……」
「今すぐ、養子になるかならないかの返事はしなくてもいいわ。だけど、真剣に考えておいてね?」
「わ……かり……ました……」
「うん、よろしい!」
嬉しそうに微笑む彼女の顔を正視できなくて、勢い良く顔を粗向けた瞬間、視界がぐらりと揺らいだ。
「あ……れ……?」
「どうしたの?」
視界がぐるぐると渦を巻いて、暗くなっていくような……そんな感じ?
これってどうなって……――。
どうも『湯あたり』というものになっていたのだと、気付いた後に説明された。
そう、ボクはそのまま倒れて寝台に送られたのだった。
初日は記憶が無いせいでの混乱から始まり、波乱の逃走劇を経て、湯あたりで終わったボクの目覚めた日。形なりにも『家族』というものができたのだった。
――> End Of Chapter 1.
To Be Next Chapter.
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
という訳で、今回で第1章の終了です。
次回に間章1を置いて第2章に移ります。
駆け足で書いた改定前よりも余裕を持たせ、追加エピソードをかなり盛り込む予定です。
よろしくお願いします。