第1章 第2話 見知らぬ館の迷い子
2日間立て続けの更新になります。
一応、第1章に関してはそんなに長くないスパンで更新し続ける予定です。
それでは第2話をよろしくお願いします。
扉の外を慎重にのぞき見る。
外は思ったより薄暗く、明かりがついてなかった。忍び出るには好都合、と言えるかもしれない。
音を立てないようにゆっくりと外に出る。
部屋もそうだったけど、天井は高く、照明具も意匠が凝ってる。おまけに、床はしっかりと絨毯が敷き詰められていた。
「どこかの貴族の館かなにか……? もしここがボクの家だったとしたら、ボクは貴族だったり……するわけがないか……」
貴族なら、もっと口調には品があるはず。
ボクの口調なんて品性の欠片も全くない。貴族の子なら、今のような砕けた口調なんて許されるはずがないじゃないか。
いや、今は変な考えを止めて、人の視界に入らないようにするのが最重要事項だ。
できるだけ音を立てないように、暗い壁際を選んで歩く。
痛む右足を引きずりたい衝動はあるけど、ぐっとこらえて我慢する。自分の立場がどうなのか判然としていない現状で、小さな贅沢なんて言ってられない。
ゆっくりと、まわりを警戒しながら前進する。と、少し明かりが差す場所に出た。
顔を少しのぞかせると、階段広間の吹き抜けで、女の人が3人集まって掃除をしているのが見えた。
掃除をしてる?
いや、そう見えたのは初めだけで、笑顔を見せて向き合い口が忙しなく動いてる。
彼女たちは会話に夢中になってるようで、手が止まったまま。話し声がこちらまで聞こえて来た。
目を閉じて、声だけに集中する、と辛うじて内容が聞き取れそうだった。
「――でしょ?」
「あんな小汚い………拾って…て、……様は……を考えて………かしら?」
どうやらボクのことを話してるようだ。現状を理解するにはちょうど良い。
でも、あまり良い雰囲気じゃない……かも知れない。
「…………で可哀相だ…ど……だ……さまはどう処分…………か…らね」
『処分』という言葉に背筋を震わせる。
彼女達の言葉には、端々に負の感情を感じられるし、それに加えて『処分』という言葉。とても良い響きだとは思えない。それこそ、文字通りの『処分』ということなのかもしれない。
もしかしてボクは、ここに居ると危険な目に合うかもしれない……。こんなところで立ち止まらずに、さっさと脱出するべきなのかも……。
姿勢を低くして、そっとのぞき見る。
どうも彼女たちは立ち話をしているようで、機会をうかがえばなんとかなるかもしれない。幸い廊下は暗がりで、下手に音を立てなければこの十字廊下を抜けることくらいできるかも知れない。
体勢を低く、衣服の裾と長い髪をかき集めて握りしめると機会を見計らう。
「……とそうよねえ」
3人が向き合い、くすくすと笑い始めたその時を、好機と判断して音を立てないように向かいの通路へと駆ける。
ひとつ呼吸をおいて、耳をすませる。足音は聞こえない。
少しだけ、物陰から顔を出して確認する。3人は元居た場所で、まだ笑っていた。
「ふぅ~……気づかれなくって良かった~」
安堵の息を吐いて、髪を払い、暗がりを選んで奥に繋がる通路を警戒しながら進む。
下への階段があった。
上半身を乗り出して下を見る。暗くて様子が良く見えないけど、下の階ではかなりの明かりが点いているのが判る。
使用人用の階段かな? 館の規模に比べるとかなり小さくて幅が狭い。
でも、さっきの大きい階段よりは人に見つかりにくそうだし、他に下に降りれそうな場所はないと思う。
外に出るにはここを通らないとダメかも……。でもなあ……使用人用の階段ってことは人通りが多いってことだし、最悪人と鉢合わせ、なんてことも考えられるし……。
でもでも、ここにいるだけでも発見されるかもしれない。そしたら結局、最悪の事態になるじゃないだろうか……?
もうこうなったら迷ってても仕方ない。降りて好機を見計らって飛び出す。すなわち強行突破しかない!
考えろ、考えるんだ。
ここが使用人用の階段なら、裏口はそう遠くないはず。
一旦屋敷を出てしまえば闇に乗じて逃げてしまえば良い。幸いにも屋敷は森の中、身を隠すにはおあつらえ向きなんだし。
「よし……行こう」
口に出して決意を固めると、階段を下りて行く。
大丈夫、怖くない、冷静に、そして静かに――。
階段の折り返し地点まで来て下を見た。体が強張るのが分かる。
なんてこと……。
運悪く階段を登る給仕と目が合ってしまった。
「……え?」
目の前の給仕が怪訝そうな表情で固まった。
どうする? どうすれば良い? こんな時は……もう破れかぶれだよ!
「てぃっ!」
気合を入れて床板を蹴って、右肩から給仕に体当たりを決行。
―― だーん
どん、という大きな衝撃の直後、音が響き、身体が投げ出されないように相手にしがみつく。
「あぐぅ……」
「ぎゃっ……」
衝撃で肺の中から一気に空気が抜けて、苦しくなる。
それでも、ここで捕まる訳にはいかない。
二度、三度と回転する際に反動を付けて、なんとか上を制する。
慌てて体を起こすと、下から痛みに歪んだ眼差しがボクを刺す。
「ごめん」
小さく詫びを入れると同時、女性の顎に入る掌底。
「げぅっ!?」
お世辞にも可愛くない声を口から漏らし、給仕は静かに横たわった。
顔を見て確認する。なんとか一撃で気を失ってくれたみたい。
さて……と、なにか必要な物はないかな? どうせならこの人からなにか有用なものを持って行きたいところだけど……。
「ああ、そうかこれが必要だよね」
申し訳ないけど、ボクが逃げるためにはこれが必要なんだ。ごめん。
心の中で詫びながら、気絶した彼女から革靴を脱がして素早く履く。
「ちょっと……大きい、かな?」
短切りの革靴は思ったよりも大きくて、紐を解かなくてもすっぽり入ってしまった。
―― ばたん。
「ちょっと、さっきのはなんの音!?」
大きな音と声にびっくりして振り返る、と近くの扉から給仕がひとり顔を出していた。
「アプリカ!? な、なにしてるのよ、あなた!」
目が合ったと思ったら、いきなりこちら目掛けて駆けて来る。
「アプリカから離れなさい!」
掴みかからんとした彼女の腕、身を低く、躱し、足を交叉、振り抜く。
見事に決まる足払い。
「きゃあ!?」
小さく悲鳴が聞こえた背後、壁に頭を打ち付け、崩れ落ちる給仕の姿。
「ああ……またやってしまった……」
あんまり目立ちたくないのに……。
どうしてこうも目立つことばっかり起きるんだよ……。
とりあえず急いで離れよう。
周囲を見渡し方向を定める。
廊下の突き当り、大きな窓、眼前の調度品らしきものを確認して一気に駆ける。
「なんなの? さっきから……」
「先輩! あそこに子供が!」
後ろで数人の女性の声。
2鐘(※)の猶予もない。
後ろを確認する暇もなく、慌てて廊下の突き当り、机のような調度品に手を掛け、乗り上げる。
右足が疼くけど、堪えて上り、踏み台に、勢い任せで一気に窓の縁に上って窓を調べる。
「良かった」
鍵は簡単に外れてくれた。
「なにしてるの! 止めなさい!」
「そんなこと言っても!」
「守衛よ! 守衛に連絡を!」
女性特有の甲高い声が響く中、開け放った窓から一気に外へ飛び出した。
「いたっ……」
着地した瞬間、ひどい痛みが右太腿から走る。
確認しようにもそんな余裕もなく、立ち上がる。
「脱出……成功!」
ただ、脱出に成功したことだけを実感したくて、手を小さく握って、小さく歓喜の声を出し、眼前に広がる森へと向かって駆け出す。
館内は先程より多くの女性の声が行き交っているようだった。
――> To Be Continued.
結構自分で校正はしているのですが誤字脱字が多い性分です。
誤字とか脱字があったらご指摘いただけたら幸いです。
■用語解説
(※)1鐘=地球の時間にして約5秒程度。
基準は礼拝堂の鐘が1回鳴る間隔。
鐘は機械仕掛ではなく人力なので、かなり曖昧な基準になる。




