第4章 居酒屋とエロ電波男について その3
サクラを追って、居酒屋の外に出た。
「もう、サクラってば一体どこへ行ったのよ」
たしかに、一人だけ仲間はずれみたいにしちゃったのは悪かった。でも、だからってサンダル履きのまま飛び出すほどのことじゃないのに……
四月でも、夜になると外は案外冷える。あたりを見回すと、後ろから声がした。
「やっぱり、来てくれると思った」
サクラがいた。
居酒屋は雑居ビルの一階にあり、両隣に同じくらい傾きかけた汚いビルが建っている。彼女は、その隙間に隠れるような感じで立っていた。
こっちに向かってにっこり笑うと、小さく手を振る。
拍子抜けして天を仰いだ。ビルの間から雲ひとつない星空がのぞいている。
「怒ってたんじゃなかったの?」
「まさか。サクラは大人だもん。あんなちっちゃなことでは怒りません。ジャスミンがわたしのこと忘れて、皆にちやほやされていても平気でーす」
そう言ってサクラはベーッと舌を出した。やっぱり怒ってるんじゃない。
「悪かったわよ。でも、サクラを忘れてたわけじゃないんだからね」
「わかってるわよ。わかってるけど、ただ……」
「ただ?」
「……気持ち悪い。吐きそう」
「ちょ、ちょっと、トイレ行こう、トイレ」
「うん」
サクラの肩を支えようとして、手を止めた。
彼女に触る事はできない。触ると、心を読むことになってしまう。それはルール違反、彼女に対する裏切り行為だ。
心の中でつぶやいた。
(好きな人がつらい目に合ってるときに、肩を貸すこともできないなんて、)
ちょーっと、待てぃ!
誰が、誰のことを好きだって!?
何度もいうけど、私は絶対に百合じゃないんだ。例えサクラがどんなに可愛かろうと、好きになるとか、キスしたいとか、触りたいとか、そういう風には、決して思ったりしない!
今、好きな人といったのは、将来好きな男性ができたときの話だ。
私が好きなのは、今、この雑居ビルのトイレの個室でゲーゲー吐いている酔っ払い女じゃ決してない。
「大丈夫? サクラ、お酒強いんじゃなかったの?」
トイレの個室のドア越しに声をかける。
「強くないよぉ。普段は滅多に飲まないし、あー、吐いたら、ちょっとすっきりしたぁー」
ドアが開いて、青い顔をしたサクラが出てくる。まるでゾンビのようにユラーっと動いて、洗面所で口をゆすぐ。この姿を見れば、百年の恋も冷めるってもんだ。恋してないけど。
「アレ? で、昨日はさんざん『お酒好きだ、飲みたい』って言ってたじゃない」
「だってそう言わないと、ジャスミンは親睦会に来なかったでしょ。ジャスミンも、もう少し友達作ったほうがいいんじゃないかなーって思って。うう、やっぱだめだ、動くと死ぬぅ」
そう言うと、サクラは洗面所の床にしゃがみこんだ。
じゃあ、この子は私に友達を作らせるために、大して飲めもしないお酒を飲んでたっていうの? そんでその挙句、こんな風にベロベロに酔い潰れちゃったの?
私は半分呆れて、……半分感動していた。
「頑張って立ちなよ、ねえサクラ、そこ汚いから」
「へへへ、でも、友達作ったほうがいいなんて言ってて、ジャスミンが男子にモテモテだからやきもち焼いちゃいました。わたしって馬鹿だなー」
「もう、しょうがない子ねえ」
私は、思い切ってジャスミンを抱きかかえた。
接触テレパス? そんなもの知らない。
今ここで友達の一人も助けられないで、将来にできる好きな人を助けられるわけがない。
サクラは、私の大事な友達なんだ。
その時だった。
来た。アレだ。
(なんだ、今日はいやらしい○○してやがんなあ。きっと、俺の×××で☆☆して欲しくて、よだれたらして待ってたんだろう)
「エロ電波」だ。ここでこれが聞こえてくるってことは、居酒屋にいる実習班の四人のうちの誰か「エロ電波男」なんだろう。
オヤジか、イエスか、ホストか、ドMか。
親睦会を通じてちょっとだけ仲良くなった気がしていたから少し残念だけど、仕込みはバッチリしてあるんだ。今日こそは犯人を突き止めてやる。
サクラを抱えてトイレから出ると、縁石の上にジャケットを敷いて彼女を座らせた。
「ちょっと待っててね。決着つけてくるから」
私はえいと気合を入れなおして、男子たちのいる店内へと向かった。