第7章 サクラとモモコについて
その後、私はサクラとその仲間の特異能力者警備部警備課の人々に連れられて、組織の施設に泊まることになった。その施設は病院もかねていて、私は採血やレントゲンといった一通りの検査を受け、それが終わると、病室のような個室があてがわれた。
その間ずっと、サクラはわたしに付き添ってくれていた。
「ここなら、もう安全だから。安心してね」
頭や喉の痛みは治まっていたけれど、なんとなく全身にダルさがある。要するに疲れていたんだろう。
ベッドに横になっても、なかなか寝付けなかった。眠りたいのに、眠れない。そんな感じだ。それもそうだろう。あれだけのことがあったんだし。
サクラは、私に話をしてくれた。
「風読み」と呼ばれる特異能力者がいる。私が特異能力者になったことを教えてくれた「星読み」のお婆さんとおなじ「三読み」の一人で、彼の能力は特異能力者に迫る危険を予知するというものだった。
その風読みさんが、この春、私に大きな危機が訪れると予見した。
そこで、私の担当部署がこれまでの「特異能力者保護育成課」から「特異能力者警備部警備課」に変更されることになった。
簡単に言うと「保護育成課」は事務方で、「警備部警備課」は警察や自衛隊と同等の訓練を受けている人間からなっている組織だ。
警備部警備課で私を担当したのが、胡桃沢桃子護衛官。
「それがわたしの本当の名前なの」
サクラは言った。
私に悟られず警護するため、サクラは休学中だった高木桜さんの学籍を借りて、彼女になりすましていたのだそうだ。ちなみに、本当の高木さんはご実家でまだ静養中らしい。
「今から思えば、ジャスミンにちゃんと事情を話して警備に付いたほうがよかったよね。でも、風読みは具体的な危険の中身まで予知してくれないし、
それにジャスミンの前の前の担当官がね」
前の前の担当官、ってことはぬる癇さんか。
「ジャスミンは、一般社会で普通に暮らすことを選んで、そのために一生懸命頑張っているはずだから、彼女の生活に干渉することはできるだけ控えてくれないかって。彼、ジャスミンのことをずいぶん気にかけていたわ。ちなみにジャスミンのことをクールでカッコいいって教えてくれたのは、彼よ」
ぬる癇さんが、私のことをそんなふうに。
自然に涙が出た。さっきあんなに泣いたばかりなのに、まだ涙が出るなんて不思議だった。
「特異能力者のことを知っていて、それを私利私欲のために使いたいって組織は、世の中にたくさん存在しているの。今回ジャスミンを誘拐しようとした連中は、その中のほんの一つ。でも、安心して。さっき風読みに確認したんだけど、ジャスミンに迫っていた危険はもうなくなったそうよ」
「あの男は? 殺しちゃったの?」
「甘谷のこと? あいつは、まだ生きているわよ。これから上の部署で調べることになるわ。たぶんヤツは犯罪を請負っただけの末端だろうけど、黒幕の手がかりがつかめるかもしれないし。でも、上の連中はわたしたちとは比べものにならないくらい厳しいから、死んだほうがマシだと思うんじゃないかな」
そういった彼女の横顔は、ちょっと怖くて、私の知っているサクラとは全然違っていた。
大人の顔をしていた。
「あんな目にあったのに、あの男の心配するなんて、ジャスミンって優しいのね」
「そうじゃなくて……サクラ、じゃない、胡桃沢さんが大丈夫かなと思って……銃、使ってたよね。警察に捕まったりしないの?」
「わたしの心配までしてくれるんだ。やっぱり優しい。もちろん、大丈夫よ。わたしたちと警察は協力関係にあるし、特異能力者には政府の高官とつながりが深い人が沢山いて事実上の治外法権があたえられているから」
「そう、なら、良かった」
すると突然、胡桃沢さんが頭を下げた。
「わたし、ジャスミンに謝らなきゃいけないことがあるの。ジャスミンに隠していたこと」
それから、上目遣いで私の目をみつめてくる。
「まだ身体も本調子じゃないのにゴメンね。でも今言わないと、二度と言えなくなっちゃうかもしれないから」
その表情は真剣そのものだった。今日はこれだけいろいろあって、驚きが満載だった。この上、彼女が私に謝らなきゃいけないことってなんだろう?
たぶんきっと、ものすごく大事な話ことに違いない。
「ちょ、ちょっと待って」
私は急いでベッドの上に正座すると、深呼吸をした。
「はい、どうぞ。何でも言って」
すると、胡桃沢さんは目をつぶったまま声を絞り出す。
「私、ホントは二十七歳なの」
「はぁ?」
「だから、私、本当は二十七歳。五歳もサバ読んでいたの。そのことが、いつもいつも心苦しくて。大学生のフリして潜入警護だなんて無理があるとは思ってたんだけど、部下たちが『いける、大丈夫』なんていうもんだから、つい調子に乗っちゃって。でもいざ大学生に混じってみたらもう肌のハリとかが全然違うから、いつばれるか、いつばれるかって」
私は、吹き出した。
「で、もし良かったら、これからは、モモコって呼んでくれないかな。いや、図々しいのはわかっているの。二十七にもなってモモコはないなって。でも、良かったら、ほんとに良かったらでいいけど、これからも……お友達でいて、欲しいの」
サクラは、やっぱりサクラだった。六歳年上でも全然かわいい。かわいいから、ついいじめたくなる。
「なんだ、そんなことか。モモコがあんまり深刻な顔してるから、私はすっかりアノ話かと思ったのに」
「アノ話って?」
「モモコさ、私の部屋に本忘れていったでしょ。それに私と一緒にいる時って、いつも変なことばっかり考えてなかった?」
サクラ、改めモモコの顔がみるみる赤くなる。
「え、あ、あれはね。わたし、テレパシストの警護をするのはじめてだったから、ジャスミンにばれないように、心を読まれないようにするにはどうすればいいかって、聞いてみたの」
「誰に?」
「ジャスミンの前の前の担当者」
ぬる燗さんだ。
「彼、なんて言ったの?」
「ジャスミンは、対象の人間がそのとき一番強く頭に思い浮かべていることから順番に心を読んでいく。だから、ジャスミンと接触した時には、まず心に強く、ジャスミンが嫌がるものを思い浮かべればいいって。そうすると、ジャスミンはそれ以上深く心を読もうとしなくなる、僕はいつもそうしていたって」
そ、それってどういうこと?
ぬる燗さんが、いつも心に奥さんの顔を思い浮かべていたのって、それって、私の接触テレパスを防ぐための作戦だったってこと?
大人って、なんてずるいんだ!
「だからわたしも、何かジャスミンの嫌がるものって考えたんだけど、部下たちが『いやらしいことなら女の子は絶対嫌なはずだ』って。実際わたしもそんなのイヤだし。それで、ジャスミンと接触があった時すぐにいやらしいことを思い浮かべて心をブロックできるように、官能小説を読んで勉強していたの。だから、絶対に、わたしは好きであんな本読んでいたわけじゃないの。信じて!」
モモコは目に涙を浮かべて懇願した。
なあんだ。ってことは、モモコは本当のエロ妄想女じゃなかったのか。
どおりで、一緒のベッドで寝ても襲ってこないわけだ。
私は、なぜだかちょっと残念な気分になった。
私の周りには、私の知らないことがたくさんある。
悪いことも、いいことも。
そして、私の知らない人たちが知らないうちに私を守ってくれていた。
私は、一人じゃなかった。
それはとっても嬉しいことだけど、やっぱり私は知りたいと思う。
この世の中のことも、私を守ってくれる人たちのことも。
でも、いいや、今はとにかく眠ろう。安心したら、少し眠くなってきた。いまなら良く眠れそうだ。
「モモコ、お願いがあるの」
「え、何?」
モモコは涙でくしゃくしゃの顔を上げる。
「私が眠るまでの間だけでいいから、手を握っててくれない?」
「うん」
モモコの手はぬる燗さんより小さかったけれど、やっぱり、柔らかくて温かかった。
私は目を閉じた。
吸い込まれるように、ゆっくりと意識が遠くなっていく。
と同時に、モモコの意識がゆっくり入り込んできた。
(可愛い寝顔だなぁ。こんなことなら、あんとき無理にでもチューくらいしとくんだったな。そんでもって、ジャスミンの可愛い○○を、嫌って言うほど私の××で☆☆して、)
私は、飛び起きた。
モモコはあわてて私の手を離す。
「ち、違うの。いっつも、ジャスミンに触るとき、変なことを考える癖がついてたから、つい。ホントなの。ホントに、さっきみたいな変なこと考えてたわけじゃないの。信じて!」
やっぱり、モモコは可愛い。そして、ちょっとエロい。
私は、そっとモモコを抱きしめた。
「ま、いいんじゃない」
最後に言う。私は、決して百合じゃない。でも、モモコみたいな可愛い女の子がいたら、好きになったりするかもしれない。でもって、キスしたいとか触りたいとか思ったりするかどうかは、まだわからない。
そんなとき、私はどうするだろう。
先のことはわからないけれど、わからないからこそ、それが少し楽しみだったりもするんだ。
* * *
その後、私の危険が去ったため、モモコはニセ学生をやめ別の任務に就くことになった。とはいえ、特異能力者を狙う組織がなくなったわけではない。安全のため、私は特異能力者警備部警備課の要請で、担当の護衛官としばらく一緒の家で暮らすことになった。(終)




