第6章 もう一人の変態と洒落にならない危険について その5
ピンポーン!
チャイムの音が鳴った。
「なんだぁ、折角いいところなのに」
男は眉をひそめる。きっと玄関の呼び鈴だろう。ってことは、この家に誰かがやってきたんだ。もしかして、特異能力保護育成課の人が助けにきてくれたのか?
私は、ここぞとばかりに叫んだ。
「助けて! 誘拐よ! 誘拐されたの! 誰か、助けて!」
「ああ、うるさいな」
男は今日はじめていらだった様子を見せ、私の口にプラスチックのボールのようなものを捻り込んできた。
「うぐぐぐ」
途端に声が出せなくなる。男は満足そうにうなずくと、天井のドアから出て行った。
バタンとドアが閉まり、部屋はまた暗闇に閉ざされる。
耳を澄ますと、男と来訪者のやりとりがかすかに聞こえてきた。
「これはこれは婦警さんですか」
「この辺で、若い女性の叫び声がしたとの通報があったものですから」
「それはご苦労様です。で、私の家が疑われていると」
「いえ、そういうわけではありません。しかし一応職務ですのでお宅の中を拝見させていただければと」
「それは、強制ですか?」
「いえ、令状があるわけではありませんので」
「任意ということですか?」
「はい、ご協力いただければ、ということで構いませんが」
「ええ、もちろん構わないですよ」
続いて天井の方からドカドカという靴音が響いてくた。
どうやら、警察官が助けに来ているようだ。まさに千載一遇のチャンス。必死で叫ぼうとしたけど、口の中のボールが邪魔して声が出ない。吐き出そうとしたけど、ベルトで固定されてそれもできなかった。
「以上でお部屋は全部ですね。特に異常なしと」
「これで疑いは晴れましたか?」
「ご協力ありがとうございます」
ダメだ。せっかく警察が来ているのにこの地下室に気づかないなんて…… 目の前が真っ暗になった。
「…って、言うと思った?」
えっ?
「隊長、確認できました。地下に一人います」
「えっ?」
「OK。この家の地下に人間が一人いるそうよ。地下室か何かがあるんでしょ」
「な、何を根拠にそんなことを」
「根拠は、私の部下の特異能力よ。彼のコードネームは「頭数」。建物の各階にいる人間の数を知ることが出来るの」
「馬鹿な! そんなもの、根拠でもなんでもないじゃないか!」
「地下室があるんでしょ。早く、教えなさい」
「お、おい、そんなことで銃を出すのか。警官がそんなことをしていいと思ってるのか」
「ああ、ごめんなさい。わたし警察官じゃないの。特異能力者警備部警護課って、実は公務員でもないのよね。だから、こんなことしても平気」
次の瞬間、銃声と男の悲鳴がこだました。
「ぐわぁっ、お、お前ら、訴えてやるからな」
「訴えるって、馬鹿じゃないの? あんた生きてここから出れるつもり?」
「ひぃ、た、たすけてくれ! 命だけは!」
「あんた、今までそうやって命乞いしてきた人間を助けたことある?」
続けて、もう一度銃声が響く。
それからまもなく、天井のドアが勢いよく開いて人影が飛び込んできた。
懐中電灯で私を照らすと、ナイフで手足を縛っていたベルトを切り裂く。
急に戒めを解かれて、私はバランンスを崩して倒れこんでしまった。そんな私の体をしっかりと抱きとめて、人影は言った。
「ごめんね。わたしがちゃんとそばにいなかったせいで。怖かったでしょ」
サクラだった。
なぜ、彼女がここにいるのか。あの男がどうなったのか。全然わからなかったけれど、一つだけわかったことがあった。
どうやら、私は助かったらしい。
「わーん、サクラ、怖かったよー」
口の中のボールを外してもらうと、安心したせいか涙があふれて止まらなくなった。私は大声をあげて子供のように泣いた。
その間、サクラはぎゅっと私のことを抱きしめていてくれた。
「ジャスミン、あのね、わたし、ジャスミンにいろいろ説明なきゃいけない事があるの」
ひとしきり泣いてようやく落ち着いた私に、警察官の格好をしたサクラが話しかけてくる。それを押しとどめては、私は言った。
「待って、サクラ、私も、どうしても、サクラに言いたい事があるの」
「大丈夫?もっと、落ち着いてからでもいいよ」
「ううん、恥ずかしいけど今言いたいの、言わなきゃだめなの。苦しいの」
「じゃ、じゃあ、聞くね。はい、どうぞ」
サクラは、正座して私に向き直ってくれた。
そして、私は彼女にいま一番伝えたい言葉を伝えたのだった。
「おしっこ、いきたい」
このまま謎解きの最終話です。最後までお付き合いください。




