第6章 もう一人の変態と洒落にならない危険について その4
「……これから私をどうするつもり?」
すると、ぬる燗2号、今となってはその名で呼ぶことも汚らわしい犯罪者はニヤリと笑った。
「さあ、どうしましょうか? どうして欲しいです? ジャスミン」
えっ? いまコイツ、なんて言った? ジャスミンって言わなかったか? その呼び方は、特異能力保護育成課の人たちと実習班の5人しか知らないはずだ。
「な、なんで、その呼び方を?」
「本名ジャスミン(仮名)二十一歳。特異能力ランクはレア。コード・ネームはジャスミン。能力は接触テレパス。ずいぶん便利そうな能力ですねえ」
「あなた、一体何者!?」
「僕はただの大学の講師ですよ。でもね、僕には非常に高尚な趣味があるんです。その高尚さはなかなか人には理解してもらえないんですけどねえ。で、その趣味が非常にお金がかかるんで、ただの大学の講師の僕はアルバイトをしてるんです」
そう言うと、犯罪者は手にしたカバンから注射器や薬のアンプルを取り出し始めた。
「アルバイトっていうのは、いろいろな裏のお仕事なんですけどね。おかげで、裏社会の情報ネットワークに触れる機会も多いんです。ああ、ジャスミンちゃんもしかして、自分たち特異能力者のことなんて誰も知らないはずだ、なんて思ってました? ちゃんちゃらおかしいですね。あなたのことは、美人テレパスとしてその筋では有名なんですよ。ルックスA、能力A、知力A、バストA、ってね」
そんな話は聞いたこともなかった。ぬる燗さんは知ってたんだろうか? それで、一般の大学に行くのを止めようとしたのか?
「その中に、ある外国の組織からの依頼で、『ジャスミン(仮名)を誘拐してきて欲しい』というのがあったんですよ。で、またこれが破格の報酬なんです。まあ、誘拐とか拉致とかは正直僕の得意分野なんでね。あなたが実習に来ると知って、ずっと機会をうかがっていたんです。いやぁ、あなたには感謝していますよ」
そんな感謝なんてしてほしくない!
犯罪者は強引に私の服の袖をめくると、二の腕に注射器を突き立てた。鋭い痛みが走る。筋肉の中を冷たい薬剤が浸透して行くのがわかった。
「何の薬なの? ……まさか、麻薬の類?」
「はっはっはっ、ご希望なら、そういう薬もありますよ。でも、先方からの条件がいろいろありまして。インセンティブっていうんですか、薬漬けだとマイナス百万、足一本ないとマイナス二百万、舌を切っちゃうと半額以下だっていうんですからね。せちがらい世の中で、まったく嫌になっちゃいますよ」
「舌?」
背筋が凍りつく。この男、ほんとうにイカれてるんだ。
「だから、さっきの薬は本当にただの趣味のお薬です。ラシックス。学生さんでもわかるでしょ、利尿剤です。効きますよぉ。ああ、そうだ。私の趣味が何か、まだ話していませんでしたね」
利尿剤って……まさか……
「でもね、せっかくジャスミンにはいい力があるんだから、私の趣味について話して聞かせるよりも、直接感じ取ってもらったほうが早いですかねぇ」
男は、私の顔に手を伸ばしてきた。
「やだ、やだ、やめてぇ」
私の頬に、気持ちの悪い冷たい濡れたような指先が触れた。
どっと、この男の意識が流入してくる。
これまでにコイツは、日常茶飯事のように人を拉致しては、その身体を拷問をし、心を蹂躙してきた。そしてあきたら殺害し、きまぐれに死体を解体する。そのいつの時も、この男は嬉々としてそれを行っていたんだ。
――ダメだ。こいつは、ほんとにほんとの変態だ。さっきまで私は、この男が特異能力者狙いの犯罪者だと知って胸を撫で下ろしていた。特異能力者としての私を必要としているのなら、命を奪うことはないはずだ、とそう思っていた。
でも、違った。この男は、私の命なんかなんとも思っていない。
(もう限界だ)
どっと涙が出た。
このまま、ここでひどい目にあわされて、それから外国に売り飛ばされちゃうんだ。そして、外国で実験材料か何かにされ一生を終えることになるんだろうか。
もう二度とぬる癇さんにも、サクラにも会うことが出来ないのか。
そんなのやだ、絶対にやだ。
大声で叫んだ。
「助けて、誰か! 助けて、ぬる癇さん! 助けて、サクラ!」」
ぬる燗さんやサクラが助けに来てくれるわけがない。だけど、こんなとき誰に助けを求めていいかわからなかった。本来なら警察とか特異能力保護育成課とかになるんだろう。でも、現在の担当官とは面識すらないんだ。
こんなことなら、あのとき無理を言ってでも新しい担当官と連絡を取っておけば良かった。
「ハハハ、やっといい声で泣いたねえ。やっぱりこうでなくちゃ。でも、残念でした。ここは防音バッチリで、君の声は誰にも聞こえないし、助けに来る人なんか誰もいないよ」
「助けて! 助けて!」
「ははは、そんなに大声出していると、薬の効きが早くなっちゃうかもよ。どうだい、だいぶ催してきただろう。おっと、いけない。貴重なシーンを録画しなきゃ」
下腹部から尿意が込み上げてくる。




