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第6章 もう一人の変態と洒落にならない危険について その3

 夢を見ていた。


 高校の夏休みの事だ。家族を亡くした私は、特異能力保護育成課の薦める全寮制の高校に入学していた。おかげで寂しい思いをせずにすんでいたのだけれど、例外になるのが夏休みだった。帰る場所がない私は、毎年寮に残っていた。友達は帰省していたし、図書館の本はあらかた読んでしまったし、宿題も七月のうちには済んでしまう。退屈な夏休みだ。


 生物部だった私は、一人実験室にこもって発光バクテリアを育てた。


 まず、近所の魚屋でイカを買ってきて捌き、胴体部分を培養液につける。イカの腐臭で実験室は異様な匂いになった。


 培養したイカを暗室に入れると、かすかに緑色に光る部分が出てくる。


 それを寒天で作った培地に、白金耳を使って入れ替える。


 培地の中で、発光バクテリアが少しずつ増えていく。


 最後に、フラスコの内面に培地を固着させ、そこに菌を植える。菌が増えると、フラスコは、暗室という宇宙の中で、緑の光を放つ惑星のようになった。


 私は、暗室の中で一日何時間も過ごした。


 しかし三日もたつと、フラスコにはカビが生えて私の惑星は死の星になってしまった。


 暗室の中が、今度はカビ臭いにおいで充満する。



(!)



 鼻を突くようなカビのにおいで目覚めた。目が覚めても、あたりは生物部の暗室と同じく真っ暗だ。


 のどが痛い。気持ち悪い。


 気がつくと、私はまるで十字架に磔にされたキリストよろしく、両手足を壁に縛りつけられていた。


 頭がガンガンして、事態を把握するまで数分を要した。


 そうだ。私は、ぬる燗2号の奴に変なスプレーを吹き付けられて気を失ったんだ。


 おそらく、そのまま車で拉致されたんだろう。


 あわてて自分の姿を確認する。体に痛みはない。服にも変わったところはなかった。よかった。変なことはされていないみたいだ。


 続けてあたりに目を凝らした。

 どうやら、十畳くらいの部屋にいるらしい。壁はコンクリートの打ちっぱなしで窓どころか扉さえも見当たらなかった。地下室か何かなのだろうか。


 部屋を見回して、ぞっとした。


 部屋中に、一目でSMやその他の変態的な行為に使うのだとわかる器具が並べてある。


 おまけに手首を縛っている革のベルトから、以前これに縛られていた人間のものであろう残留思念が伝わってくる。


 それは、激痛・羞恥・恐怖・絶望。


 パニックになりそうな心を、必死で抑え込む。大声で叫びたかった。でも、こんなときほどまず冷静にならなきゃ。


 以前、特異能力保護育成課で行われた危機管理講習会のことを思い出す。


「特異能力者を狙った犯罪は今後増加する事が予想されます――しかし、まず安心してください。特異能力者である皆さんが命を狙われることはまずありません。なぜなら、皆さんを狙う犯罪者は皆さんを生かしたまま能力を利用しようと考えるからです。そして特異能力警備部警護課には危機に陥った特異能力者を察知する能力者がおり、危機に陥った皆さんを速やかに救出いたします」


 そうだ。きっと助けは来る。今できることは――


「もし被害にあった場合、皆さんは犯人を刺激しないように、できるだけ時間稼ぎをして下さい」


 そんなことを考えていると、だいぶ落ち着いてきた。



 ふと、天井が明るくなる。


 壁に扉がないと思っていたら、出入りするドアは天井にあった。はしごがするすると下りて、そのはしごを男が下りてきた。



「なんだ? 目が覚めているんなら、悲鳴を上げるか泣き叫ぶかすればいいのに」



 ぬる燗2号だった。大学の教官ともあろう人間が一体どういうことなんだ。怒鳴りつけたくなる気持ちをグッと抑えた。犯人を刺激せず、できるだけ時間を稼ぐ。それが今の私に必要なことだ。



「こんなことして、ただで済むと思ってるんですか。これは、立派な犯罪ですよ。先生のような地位も名誉もある人間が」



 出来るだけ冷静な口調で話しかけた。だが、男はニヤッと笑っただけだった。これまで優しそうだと思っていたその笑顔が、今はただ恐ろしい。



「ただで済むと思ってるかって? もちろん、思っていますよ。あなたも本

当はわかってるんじゃないですか。この部屋に来たのはあなたが初めてじゃないって」



 それは、その通りだった。おそらくこの部屋にはこれまで10人以上の若い女性や、時には男性が監禁され、その半数以上がこの部屋で命を奪われている。


 もしかして、彼は特異能力者を狙っているわけじゃなくて単なる変質者なんだろうか?


 特異能力者の存在自体は、特別に秘匿されているわけじゃない。能力者の中には、能力を使った手品ショーを生業とするテレビの人気者もいる。ただ私のような一般社会に溶け込んでいる能力者の情報は特異能力保護育成課の中だけで管理されており、外部の人間に漏出することはまずない、と聞いている。


 一大学講師であるこの男が、私を特異能力者だと見抜いている可能性は低いんじゃないか?


 もしそうなら、むしろ命の危険が高まるんだろうか?


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