第6章 もう一人の変態と洒落にならない危険について その2
「ジャスミン(仮名)さん!」
突然、後ろから声をかけられた。振り返ると、見慣れない車が一台、路肩に止まっている。派手な黄色のクーペだった。
私のアパート近辺は基本的にオフィス街で、土曜日には車通りも人通りもぐっと少なくなる。
一体誰だろう? こんな趣味の悪い車の持ち主に心当たりはない。
私は眉をひそめて身構えた。
すると、ブーンというモーター音がして車のウィンドゥが下りる。その中から顔を出して来たのは、皮膚科の実習担当講師ぬる燗2号だった。
「あ、やっぱり、ジャスミン(仮名)さんだ。ごめん、驚いた?」
早速、理想に近い男が出現したぞ。
「いいえ、そんなことないです。先生はこれからお仕事ですか?」
「うん、ちょっと大学院生の実験の指導でね」
年上で、優しくて、頼り甲斐があって、黄色いクーペはちょっとどうかと思うけど、とりあえず知り合いの中では一番の上玉だ。
運も実力のうち。この出会いをなんとかしなきゃ。
「君も大学まで?」
「はい、そうです。図書館まで」
「休みの日も勉強か。えらいね。そうだ、乗りなよ。送っていくよ」
なんという棚ボタな展開。
何かの雑誌で読んだことがある。車の助手席に座れば、その男性の女性関係がわかるって。シートの位置や、芳香剤のタイプ、ナビの記憶位置から、彼女がいるかどうか推測できるんだそうだ。
まあ、私はそんなことしなくてもテレパス能力で読み取れるんだけどね。
とにもかくにも、これはいっきに二人の仲を縮めるチャンスだぞ。
「あ、もう近いんで、大丈夫です。ありがとうございます」
しかし残念ながら、私はよく知らない男の人に車に乗るように薦められた場合、丁重にお断りするように教育されているのだった。
誰にって、ぬる燗さんにだ。
「ジャスミンみたいな可愛い子は、特に危険が多いから気をつけたほうがいいよ」
って言われたのは、高校の入学式の帰りだったっけ。ぬる燗さんの口調があまりに真剣だったのが余計に嬉しくて、その日一日にやにやしてたな。
ぬる燗2号、ごめんなさいね。あなたを疑ってるわけじゃないんですけど、でもやっぱり1号を裏切れない。女って、昔の男の事をそうそう忘れられるもんじゃないんです。
「そうか、用心深いんだね。それは非常にいいことだよ」
ぬる燗2号は、そう言ってにっこりと笑った。断ると明らかにムッとする男もいるから、私は内心胸を撫で下ろしていた。理解してもらえて良かった。やっぱり彼はぬる燗2号の名にふさわしい。
私も微笑を返した。
「でも、無駄だったね」
えっ?
次の瞬間、ぬる燗2号は車内から取り出したスプレーを私の顔に吹き付けた。異臭と刺激が顔面を襲い、とたんに息が苦しくなる。
喉が千切れるくらい咳き込んだ後、私はそのまま意識を失ってしまった。




