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第5章 お泊りとエロい彼女について その3

 もう十分理解してもらっていると思うが、私は百合じゃない。可愛い女の子と夜を過ごしても、好きになったりしないし、キスしたいとか触ってみたいとか思ったりもしない。


 でも、こんなに普通で、楽しいのは久しぶりだった。きっと一人じゃない時間を過ごすのが、久しぶりだったからだろう。それだけの事だ。


 ただ、時計の針が進むごとに、私は内心ドキドキしていた。




 夜が更けた。



「さて、シャワーでも浴びて、もう寝ますか」


「あ、わたし、ウチでお風呂入ってきたから」


 あ、そうなの。まあ、一緒に入ろうなんて言われても困るけどね。



「覗かないでよ」


「えーっ、サービスシーンなしですか」


「あんたにサービスしてどうするのよ」


「けちっ」



 シャワーから出ると、サクラは、上はTシャツ、下はジャージに着替えていた。Tシャツになると一段と胸が目立つ。



「それが、パジャマなんだ。何か意外」


「?」


「なんか、もっとこー、ネグリジェみたいなの着てるのかと思った」


「ご期待に沿えなくてごめんなさい」



 サクラは最初言ってた通りこたつで寝ることになり、私はいつもどおりベッドに入った。



「ジャスミン、コレつけたままで寝るの?」



 コレというのは、常夜灯のことだ。



「うん。駄目?」


「いえ、わたしは真っ暗派ですが、家主さんの主義に従います」


 だって、真っ暗だと怖いじゃないの。特に、サクラ、あんたが。


 とはいえ、今夜の彼女は怪しいそぶり一つ見せていない。「エロ電波」を発してきたのは最初だけで、以降はごくごく普通の女の子だった。まさか、暗くなったら急に豹変したりしないよね。


 また、どきどきしてきた。


 いかん、眠れない。




 ――5分経過、


 ベッドからだと、サクラの顔は死角で見えなかった。もう寝ちゃったんだろうか? 


 どうしよう? どうしようって、寝ればいいんだよ寝れば。あーでも、私が寝るのを待って襲ってくるつもりかも。


 恐る恐る聞いてみた。



「サクラ……寝た?」



 間があって、サクラの声が返ってきた。



「どうしたの? 眠れないの?」



 そうよ。あんたのせいで眠れないのよ。


 さらに勇気を振り絞って聞いた。



「サクラさ、……私に隠してること、あるよね」


「うん」



 こいつ、また、あっさり認めやがった!



「でも、ジャスミンにだって私に隠してることあるでしょ」



 そして、流すつもりだ。私がせっかく勇気を出して聞いたことを、あっさり流してなかったことにするつもりだ。そうはいくか。でも、なんて聞こう。まさか、エロい事ばっかり考えてるでしょ、とも聞けないし。



「サクラってさぁ、だ、男性経験豊富なの?」



 しまった。ひねったつもりが逆に直球だった。


 サクラはプッとふき出した。



「ジャスミンも、そういうこと興味あるんだぁ。そりゃあ、いろいろと経験ありますよ。もういい年ですから」


「いい年かぁ。確か、サクラは二十二歳だったっけ。まあ、そうだよね」



 その言葉は、乏しい胸に突き刺さる。


 私だってもう、とっくに二十歳過ぎてるんだ。なのに男の人と付き合ったことすらない。こんな人間、そうそういないよね。



「え、どうしちゃったの? 情けない声出して。ジャスミンはどうなの? こないだ話していた奥さんのいる男性とは、どういうお付き合いだったんですかぁ?」


「べ、別に、あの人とはなんでもなかったわよ。たまに手を握ってもらうくらいで……笑わないでよ。私、この歳になるまでキスひとつしたことないんだから」


「わたしだってジャスミンくらいの歳の頃は、そんなに経験なかったよ」


「一コしか違わないくせに。もういい」 



 私はサクラに背を向けて布団にくるまった。この手の話では、人に勝てるはずがない。なんといっても圧倒的に経験値が不足しているんだから。


 布団の向こうで、人が動く気配がした。


 振り返ると、常夜灯のオレンジの光の中で膝立ちになったサクラがゆっくり近づいてくる。



「なんなら、ちょっと経験してみる?」


「経験って、……何を?」



 つばをゴクンと飲み込んだ。



「フフ、何でもいいけど、じゃあ、キスくらいから」



 サクラの顔が近くなる。すっごく可愛いんだけど、それだけじゃない。なんだかオーラのようなモノがにじみ出ている、これが色気ってやつか? さすがは経験豊富な二コ上だ。それに、化粧を落としたはずなのに、サクラの眉毛はしっかり描いてあった。そうか、お泊りの時は、もう一回眉毛描きなおすのが、大人の女のマナーなのか。



「え、いやその、なんだ、サ、サクラ、さん、そ、そんな女同士で、い、いけませんよ」


「ジャスミンてば、なに本気になってるの。冗談に決まってるじゃない」



 じょ、冗談!? とても、そんな感じには見えないんですけど



「昼のジャスミンもかっこよくて大好きだけど、夜のジャスミンはなんかすごくかわいいね」



 夜のジャスミンって、わたしゃうなぎパイか!




 ちょっと説得力不足の感は否めないけれど、私は決して百合じゃない。夜のサクラに迫られても、好きになったりとかキスしたいとか触りたいとか思ったりはしないんだ。でも、その夜の私はどうかしてたんだと思う。これまでの人生で一番勇気を振り絞って放った言葉は、バックネット直撃レベルの大暴投だった。



「サ、サクラ、やっぱこたつじゃ寒くない? こっち来る?」

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