表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

第5章 お泊りとエロい彼女について その1

 翌日。


 何事もなかったかのように、実習が再開された。


 サクラはいつもどおり、私に笑いかけ、じゃれてくる。そりゃそうだ。彼女は、私が彼女の心を読んでいることなんて知らないんだから。


 一晩中考えて、私はできる限り今まで通りサクラと付き合うことにした。


 サクラが「エロ妄想」の持ち主だったからって、何か犯罪を犯したわけじゃない。ましてや、人格障害とか整形とか豊胸とか、そんな与太話で人との付き合い方を変える程、私は薄っぺらな人間じゃない。


 むしろ、エロ電波男、いやこの場合、エロ妄想女というべきか、その変態さんがサクラだとわかったのは私にとって一歩前進だ。サクラなら、もし妄想を実現しよう思っても、無理矢理襲ってきたりはしないだろう。私と彼女では、身長にして十センチの差がある。それに、なんといっても女の子なんだから、一体、無理矢理何をするっていうんだ。



「ジャスミンさん。眠そうですね。病院実習は大変ですか?」



 皮膚科の講師、ぬる燗2号さんが心配そうに話しかけてくれる。



「いえ、そんなでもないです」


「そうですよね。皮膚科ウチはのんびりですから、今から大変なんていってたら他の科じゃやっていけないですからね」



 この人はやっぱりどこか、ぬる燗さんに雰囲気が似ていた。


 以前は、いろんなことがあると何でもぬる燗さんに相談をしたもんだった。私の倍くらいの年齢のおじさんは、そんなとき特にアドバイスするでもなくただ黙って聞いてくれて、それだけで私の心はずいぶん楽になった。


 本当は、今回みたいな時も、ぬる燗さんに話を聞いてもらいたい。


 でも、彼は神奈川県Y市の担当官で、私が大学に入ったときに担当を外れている。もう四年も前の話だ。今でも彼のメアドは大事に残してあるけれど、通じるかどうかもわからなかった。


 ぬる燗さんとは、私の進路をめぐってケンカをしたままだった。彼は、私のような特異能力者が普通の医大に入って医師になることに反対だった。特異能力者保護育成課の関連する大学に入ることを熱心に勧めてくれた。でも私はそうしなかった。


 その後、医大に進学して東京都に引っ越した私の担当になったのは、桐原さんというおばさんだった。


 東京都の保護育成課には、あだ名を使う習慣はないらしい。それに、都内には特異能力者が多く、担当官も忙しいとの事で、桐原さんとはほとんど顔を合わせることがなかった。この五年、数えるほどしかあっていない。



 とりあえず、桐原さんに連絡をとってみることにした。


 サクラのことを彼女に相談するかどうかはわからない。まあ、四月になって奨学金を今年も継続してもらえることになったんで、そのお礼ってことにしよう。でも、もし、ぬる燗さんがどうしてるか聞けたら聞いてみたい。東京都に転勤になってたりして。そんでもって、私の担当になってたりして。そんでもって、奥さんと離婚してたりして。


 ああ、いかん、私が変な妄想に入ってどうするんだ。




 しかし、私の想像よりも、現実はもっと淡白だった。



「あ、桐原担当官は三月で退職なさってますね。ジャスミンさんは四月から担当部署も変わっていますので、新しく胡桃沢護衛官が担当職員となります。近々、そちらの方から話が行くと思いますが、何か至急の用事でしたら連絡とって折り返しお電話行くようにしますが」


「あ、いえ、……至急じゃないんで、また今度でいいです」



 電話を切ってしばらく、ケータイの画面を眺めていた。私のケータイには待ち受け画面ってものがない。いや、もちろん機能としてはあるんだけど、特に待ち受け画像を登録していないんで、初期状態の青い画面のままになる。


 サクラには驚かれたけど(彼女のケータイの待ち受け画像は私だ)、何もないときにまで見ていたい画像がないんだから仕方がない。



 中二のときに事故で家族を失くしてから、私は心のどこかで特異能力者保護育成課の人たちを家族の代わりのようなものだと思っていたのかもしれない。ホンモノの家族とまではいかなくても、養父母のような存在。普段は距離を置いているけれど、どこかでずっと見守っていてくれるような。


 実際、転校の手続きや新しい住居を世話してくれたのは彼らだし、ぬる燗さんはよく面倒を見てくれた。今でも、奨学金の名目で生活費や学費といったお金の大半を、私は特異能力者保護育成課に頼っている。


 でもきっと、本当はそうじゃないんだ。


 特異能力者保護育成課からお金がもらえるのは、私に特異能力があって、この国に特異能力者を優遇する制度があるからだ。そこに働いている人たちが私の面倒を見てくれるのは、それが彼らの仕事だからだ。


 他人に頼ってばかりではいられない。


 私は、もう泣くことしかできない中学生じゃないのだから。



 ……でも、もし私がぬる燗さんのいう大学に入っていたら、少しは違っただろうか?


 私は一人じゃなかっただろうか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ