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第七十七話 最後の説得(三)

 この御仁に最後にお会いしたのはいつだったか。忙しさにかまけて、常に避けて通ったのは確かだ。光秀は、胸の奥を錐で刺されたような痛みを感じた。憔悴しきった表情が、少なくともここ数ヶ月間における義昭の苦闘を物語っているようでさえある。



 「ふん、誰かと思えば裏切り者の光秀か。今更、何をのこのこと現れくさった」

 「う、上様……」



 熱いものがこみ上げてきた。まるで飢えて山野をさまよう狸のように、目だけはギラギラとさせているさまに己が将軍家をここまで追い詰めてしまった、そんな気にさえなった。思ったことをそのまま口にすればよかったかもしれない。そう、たとえば木下藤吉郎秀吉であれば何の作為も感じさせず言ってのけられもしよう。



 「上様におかれましては、こうしてお会いするのも久方ぶりでございます。その後、いかがお過ごしでいらっしゃるかと参上致しました」



 ゆっくりと平伏した光秀は、何事もなかったかのように淀みなく言上した。小面憎いほどに形式的とさえいえた。事実、光秀自身が己の物言いに内心舌打ちしたくらいだ。他人から見れば、うわべだけにしか受け取れぬ丁寧さで接する。彼の、拭い難い欠点がここにある。



 「上様だなどとぬけぬけと……。そなたの魂胆などとうに読めておるわ。信長めに命じられたのであろう。我が首を持ってまいれと」

 「いえ、そのような事は決して……」

 「黙れっ!」



 叫ぶと同時に、手元にある香炉を投げつけてきた。光秀であれば、造作もなく避けられた。が、信長をしてキンカン頭と揶揄させる広い額にそれは当たった。さすがにその瞬間、目の前が真っ暗になりかけた。うめきたい激痛さえもこらえて、光秀はまっすぐに正面を見据えた。


これには義昭も瞠目どうもくした。何を考えておるのか。そんな不気味さも手伝ってであろう。額から血を滲ませて話し続けるかつての臣を、ただ食い入るように眺めるばかりだった。



 「お怒り、まことにもってごもっともと心苦しゅう思うておりまする。ですが、その上で言上奉ります。今日に至る上様の零落ぶりには、我が殿信長様の御意向があったのは誰一人として疑わぬ事実。されど、畏れながらそのような事態を招きましたのは、上様の……上様のご短慮もあったためと……」



 話しながら光秀はさまざまな事を思い起こしていた。美濃の名家土岐氏と縁戚関係にある家柄に生まれながら、勢力争いが元で一族共々浪人生活を余儀なくされたこと。奇食した越前朝倉家において、筆舌に尽くし難い屈辱を味わったこと。


その朝倉家に保護されていた義昭と主従の契りを交わし、信長と接触をはかったこと。さまざまな思い出が駆け巡る中、光秀はひたすら苦言を続けた。半ば、死をも覚悟していた。

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