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第六十七話 断固たる決意:後編

 義昭が何を考えているのか、ほぼ見通すことができる。彼の呼びかけで重い腰を上げた信玄が、家康を叩きのめし(信長にとっては、泣くに泣けぬ事態である)三河にまで侵入したとなれば、上洛は目前である。信長によって半ば追放された延暦寺の座主を保護したりと、旧来の権威に敬意を払う信玄であれば自分を疎略には扱うまい。いや、それどころか管領として任命すれば欣喜雀躍して絶対の忠誠を誓うだろう。


 年齢の問題もある。類稀なる実力とカリスマ性で周囲の大名を恐れさせた信玄も、もう数え年五十三歳。管領として活躍できるのは数年がやっとだろう。あとは、その跡を継ぐとされる四郎勝頼を意のままに従わせ、信玄子飼いの軍団で京を守らせれば自分の権威は、室町幕府の栄光は安泰となろう。大体、そのようなことを考えてるに違いない。



 (信玄には新しさがない。室町将軍の管領になる。それが奴の限界だ。だが、おれは違う。おれは……)



 失礼致します、という声が障子の外から聞こえた。灯の光に揺れたその影は、近江の山岡景友が籠りし今堅田の砦を攻め落としたという柴田勝家の報告を伝えると、また静かに立ち去った。


 近江の山岡景友の謀反、それも義昭の差し金であると藤孝の書状には匂わせてあった。勢力としては大したことはなかった。だが、長引かせていてはやはり目障りになったであろう。そう、万事義昭というたわけは周囲を炊きつけて自分に歯向かってくる。己の手を一切汚すことなく、だ。



 「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり、一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか……」



 謡曲「敦盛」の一節を口にしてみる。彼が常日頃から好んでいるものだ。思えば十三年前、今川義元の大軍との決戦を目前にした時もこの「敦盛」を謡ったものだ。あの時の自分には、勝ち目は万に一つもないかに見えた。義元の本陣を突き止めてこれを一気に攻め立てる。それが精一杯の戦法だった。そして義元の首級を挙げた。


 信玄は、義元のような隙を見せてはくれまい。いや、そのような僥倖が何度も続くほど人の世は甘くはない。しかし、方法は一つしかあるまい。



 (雑魚に用はない。狙うは信玄入道のみ……)



 あの恐るべき軍団にどこまで対抗できるかはわからぬ。だが、座して死を待つよりは、最強といわれた男と真正面からぶつかったほうがどれだけよかろう。そのために、揃えられるだけの鉄砲を買い揃えた。


 立ち上がり勢いよく障子を開けた信長は、東の空を睨み据えた。星は瞬き、寒さがまだ骨身にしみた。おれが死ぬか、信玄が倒れるか。どちらかしかない。死ぬは一定いちじょう、生きるは必定ひつじょう。つぶやきつつ信長は、いつまでも夜空を眺め続けていた。

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