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第五十四話 そして、開戦

 石礫いしつぶて。小山田隊による一見幼稚としか思えぬこの行為は、武田軍の立派な戦法の一つである。実際この挑発行為によって、武田は幾度も戦端を開いてきた。そしてあまりに有名な騎馬隊が相手を蹴散らしていく。武田の必勝パターンといえた。


 しかし、徳川方はそのようなことは知る由がない。仮に情報が入っていても、実際の戦場でとなると受け止め方が違ってくる。殺傷能力は低いかもしれないが、痛いことに変わりはない。何やら愚弄されているみたいで腹立だしい。子どもの喧嘩と間違えるな。特に若い連中がいきり立った。



 「落ち着けいっ、相手の手に乗るな~っ!」



 さすがに戦場巡りの場数を踏んでいる壮年の武者は冷静で、大音声で制止しようとした。が、戦は生き物である。ましてや若い連中というのは、経験が少ない分熱気が己の人格で濾過されず生のまま噴き上げていく。焦燥と怒りという、自らが生み出した炎で焼け出された武者が、一騎、また一騎と馬に鞭をくれて小山田隊へと突進していく。


 最前線の石川隊の動きに、徳川方は全軍引きずられる形となった。一か八かだ。勝ち目はほぼないが、こうなっては戦うしかない。家康によって、全軍に攻撃命令が下された。かくして三方ヶ原台地によって、両軍の衝突が始まった。


 先手を打った者の強みであろう。徳川方は当初優勢に戦いを進めていた。特に石川隊は、覚悟しろとばかりに小山田隊を追い回したし、そのとばっちりは山県隊にも及んだ。


馬場か山県かというくらい、武田家中でも一、二を争う勇猛の部隊であったが巡り合わせが悪かった。本多、松平、小笠原隊が石川隊と呼応するように襲いかかったので、たまらず数百メートルほど敗走。酒井忠次の隊も前衛の一つである内藤隊に討ちかかってと、徳川は総力戦で武田を追い詰めているかに見えた。



 「さすがに、やりますな……」

 「どのような弱者でも、いきなり横っ面を張り飛ばされたら武者振りついてくるものよ。だが……」



 長続きはしない。つぶやいた後で、伝令となる百足衆むかでしゅうに全軍に無理をせず力を温存するよう伝えよと命じた。信玄にしてみれば、徳川がもがけばもがくほどに思う壺だった。


一度怒りで我を忘れた軍勢というものは、熱気が冷めるまでは止めようがない。下手にぶつかれば大怪我をするだけで何一つ良いことはない。力攻めだけの戦がいかにもろいものか、この武将は今では息をするのと同じくらいに心得ている。



 (経験の差、それがどれだけの武器になるかということを教えてやろう……)



 自分の目で遠くを眺め、伝令の戦況報告に耳を傾けていた信玄は、やがて一つのほころびを見出した。左後方の佐久間信盛隊が手薄になっていた。勝頼ら第二線部隊を率いる諸将に、直ちに徳川の側面を突く命令が出された。ついに武田は突破口を開いていく。

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