第四十話 山は動いた:後編
異様な胸騒ぎがした。遠江は、今川義元が信長に敗死して以来、家康によって治められていった。もちろん、その間平穏な統治が続いていたわけではなく、東と北東からの脅威と駆け引きのために浜松城を拠点にした。
東は駿河(現在の静岡県中部)で今川領であったが、別の武将によって物の見事に奪い取られていった。それどころかその武将は、隙を見ては度々遠江に侵入し少しずつ土地を掠め盗っていった。
家康にしてみれば、話が違うと激怒したいくらいだ。何故なら今川氏を滅ぼす時、徳川は遠江を先方は駿河を治めると約束したのだから。
しかし、相手の強大な軍事力の前に地団駄踏んで悔しがる日々を過ごしていた。そして北東のほうに、その武将の本拠地はあった。
間違いであってくれ。側にいた柴田勝家は確かにそう聞いた気がした。しかし後にそのことを話しかけて、大いに叱責されてしまった。少なくとも信長にとっては、弱音ともいうべきつぶやきを聞かれたと認めるのは誇りが許さなかったのだろう。
たぶん、時間にしてほんの十数秒であったはずだ。通常信長の書状を読むスピードはなかなかもって早く、よく理解できるものだと感心させられる。
ところが、今回はそれがとても遅く感じられたのだ。いや、読むのが遅いのではない。信長は、書状を読み返していたのだ。一度でなく、二度、三度と繰り返し繰り返し。
殿!と、しびれを切らした勝家が膝を進めると無言で書状を渡してきた。読めというらしい。目を通した。勝家の顔面が蒼白になっていく。
柴田殿、いかがいたしたのだと、今度は集まった家臣たちが騒ぎ始めた。顔を上げると、勝家の額には既に汗の玉が浮かんでいた。
いかが致します?そう問いたげに、信長を見上げるとかまわん話せというようにうなずいた。平素自信の塊みたいな主人の顔も冴えないものになっていた。
これも織田家宿老である自分の役目だなと、勝家は大きく息を吐いた。恐らく、誰もが大方想像がついていよう。だからこそ余計に、死刑宣告に等しい次の言葉を吐き出すのに難儀な思いをした。
「甲斐より、軍勢が遠江へ侵入したそうじゃ。正確な数はまだわからぬが、数万は下るまいとのこと。徳川殿は、援軍を求めておる。武田入道信玄めが、ついに動き出した由……」
水を打ったようにしばし沈黙が続いた。誰一人としてそれを破ろうとしなかった。いや、破りたくなかったのかもしれない。
あまりに残酷な現実に引き戻されることを、誰も彼も信長すらも拒絶したいそんな心境であったために。織田は滅びるかもしれない、という状況が確実になりかかっていたからだろう。
北は朝倉義景と浅井長政が、西では石山本願寺や三好の残党などが、南は松永久秀と伊勢長島一向宗徒が、信長を倒そうと牙を研いでいた。信長が無能と断じ切った将軍義昭に操られて。
そして事もあろうにこの策謀家は、ついに東から最強の敵武田信玄をも引っ張りだしてきた。かくしてここに、信長大包囲網は完成した。




