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第二十四話 裏切りの金ヶ崎

 四月二十三日、時の天子、正親町おおぎまち天皇により永禄から元亀と改元された。後に信長をして、



 「不吉極まりない元号だから、是非とも変えてほしい」



 と嘆かしめたほど、地獄ともいうべき数年間がこの日幕を開けた。二日後の元亀元(1570)年四月二十五日、織田軍は越前へと侵攻した。


浅井への手前もあってか、無論初めから朝倉征伐を公にしていたわけではない。隣国若狭(現在の福井県南西部)の武藤氏を討つというのが名目であった。


単なる口実でしかない証拠に、同日越前敦賀の手筒山城を、翌二十六日には金ヶ崎城を次々と攻め落としていった。


 

 「この勢いだと、越前攻略も時間の問題ですな」



 本陣にて、傍らの徳川家康がおべっか笑いを浮かべてうなずいた。家康、この時まだ数え年二十九歳に過ぎないが、歳に似合わず妙に老成したところがある。


家臣の中には、三河の田舎者がと内心嘲笑っている者もいる。



 「いや、徳川殿のおかげです。三河の兵は強うございますからな」

 「いえいえ、尾張の兵とてなかなか……」



 事実、家康が治める三河の兵は数こそ少ないが勇猛なことで知られていた。松平元康時代、まだ今川家の人質同然だった幼い主君のためにと、三河兵は死に物狂いで尾張兵と最前線で戦ってきた過去がある。織田はどれだけ苦しめられてきたか知れない。


 もっとも家康の言葉も満更おべんちゃらではない。織田軍も長年、今川あるいは斉藤といった強敵を相手に戦い続けてきた。


越前国内で安穏とし、一向一揆の鎮圧すらままならぬ朝倉の兵とでは明らかに戦力に開きがあった。



 「義景めを討ち果たした暁には……」



 その首を、京・二条城にいる将軍義昭の元へ届ける所存と言いかけて信長は鼻を鳴らしながら笑った。かつて世話になった義景の生首を見て、あの傀儡将軍がどんな顔をするのか。


想像してみて心が弾んできたのだ。金輪際、この信長に逆らおうとは考えまい。義景には気の毒だが、相手が悪かったとあきらめてもらうとしよう。


 金ケ崎から木芽峠を越えれば、目指す場所まではあと僅か。既に朝倉の居城一乗谷が焼け落ちるさままで思い浮かべていた信長であったが―。


一大事!そう大音声で叫び、本陣に物見の兵が一人入ってきた。信長は不審そうに首をかしげた。やがて眉がひくつき、弾き飛ばすように床几から立ち上がるいなや、



 「偽りを申すなっ!」



 思わず兵を一喝した。物見は恐ろしげに全身を震わせながらも、ひるむことなく後を続けた。



 「間違いございませぬっ!浅井の軍勢、この金ヶ崎へと向かっております。浅井の…謀反にございますっ!」



 信長の目の前で、何かが音をたてて崩れていった。

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