第二十三話 越前侵攻
「殿、いかがいたしましょう」
「何がじゃ」
聞き返されて、柴田勝家は思わず言葉が詰まった。我が主ながら、つくづくやりにくい御方だと内心ため息をついた。腹芸が通じぬというか、周りの空気が読めないというか。
小姓の膝枕で耳かきをされて、信長はなぜか楽しげに声を挙げていた。今晩どうじゃ?と、薄笑いを浮かべて見上げる主に、少年のほうは知りませぬと顔を赤らめた。側でいかめしく控えている勝家が滑稽にさえ映る。
「殿、真面目に聞いてくだされっ!それ、お主も少しは気を利かせたらどうじゃ!」
苛立ってついに声を荒げた。八つ当たりされた小姓のほうはたまらない。失礼致しますと腰を上げかけたが、よいと、信長が膝を掴んで離さない。
「このままでよい。話を続けい」
そうつぶやいた信長の目はもう笑っていない。膝枕をされながらも、炯々とした視線が射抜くように勝家を見据える。思えば自分が絶対の忠誠を誓ったのは、この眼光の鋭さゆえであろう。
緊張で身震いを覚えた織田家きってのこの重臣は、平伏して話し始めた。
将軍足利義昭が、この所不穏な動きを見せているということだった。どうやら武田、上杉、北条、あるいは毛利と地方の有力大名に次々と書状を送っているらしい。
その内容は窺い知れないが、しかし信長に何も言わずという点がいかにも怪しい。この際、思い切って将軍家を問い詰めてみてはいかがでしょう。それが勝家の主張だった。
「問い詰めてなんとする」
「それは……」
「何を疑っておるのかは知らんが、証拠がなければどうにもなるまい。無駄なことじゃ」
「ですが、殿……」
なおも食い下がる勝家に、信長はゆっくりと上体を起こしてきた。さすがに埒が明かぬと見たのだろう。
「それよりも越前じゃ。朝倉義景を攻め滅ぼす」
「朝倉をですか……。しかし、浅井には……」
「よいっ!長政とて我が義弟じゃ。言わずともわかろう。皆を呼び集めいっ!」
義昭のことをなおざりにしたまま、越前攻略を口にした。もっとも、信長にすれば唐突ではない。勝家に言われずとも、将軍家の動きとその意図はわかっていた。そして、朝倉義景にも書状を送っていたことも。
既に義景には幾度となく上洛を促している。その度に先方は言を左右にして動こうとしない。信長を成り上がり者と軽侮しているためもあろう。そこに義昭の意思が働いているとなれば見過ごしにはできない。
永禄十三(1570)年四月二十日、上洛せぬは将軍家に対する不忠という大義名分の下、織田軍は朝倉征討のため越前を目指した。浅井長政には一切の連絡をせずに……。




