第十二話 抵抗勢力たち
義景は驚き、そして渋い顔となった。平伏している光秀の言上に、ただただ歯噛みするしかなかった。義昭が越前から出ていくというのだ。尾張の織田信長を頼るという。
はっきり言ってしまえば、この越前の当主には上洛する気概も野心も持ち合わせてはいない。それでも今まで掌中の珠の如く遇してきた義昭に去られるのは愉快ではない。
恥、とすらいえる。世の人々は、せっかくの珠を生かしきれず横取りされた愚か者と嘲笑おう。
己の面子が立たぬと苦悩している主に、光秀はゆっくりと確実に追い打ちをかける。義昭様におわしましては、朝倉家の忠誠生涯忘れるものではなくこれからも力になってくれ。そのようにおっしゃておりましたと一応のフォローはする。
しかし、相手が馬鹿丁寧に言えば言うほど己の無能さを皮肉られている気持ちになる。腹立だしい。が、もうどうしようもない。
近々、美濃から義昭を迎えるための行列が既に越前に向かってきているという。更に信長は、北近江の浅井長政とは縁戚関係にある。
父祖の代から友好を保っていた浅井氏とも手を結んでいるとなれば、義景としてははねつけることはできない。できたとしても、恥の上塗りになるだけだ。
相わかった。その一言で光秀を退座させようとしたが、まだ申し上げたいことがございますと男はこちらを見返してきた。義昭様と共に美濃へ向かいとうございます。ぬけぬけと言ってきた。
「それは、信長の家臣になるということか……」
「たしかにそれもございます。しかし、某としましては一時も義昭様の元を離れ難く……」
「勝手にせいっ!」
よそから来た新参者とはいえ、家臣にここまでなぶられてはたまったものではない。義景は、わざと音をたてて自ら退座した。これでけじめはつけた。平伏したまま、光秀は軽く安堵のため息をついた。
義昭が上洛のため美濃へ移る。義景と同様、あるいはそれ以上に衝撃を受けた者がいた。甲斐の武田信玄である。
この頃、義昭の命に従い小田原の北条氏や宿敵上杉輝虎と和睦しようと重い腰を上げかけていた矢先だった。タイミングが悪いにも程がある。信長めにしてやられた。腸が煮えくり返っていたが、
「それはようござった。義昭様にはよしなに」
義昭からの書状を読むと信玄は何事もなかったように微笑んだ。だが、その口元がひきつっていたのをそばにいた重臣たちは気がついており、恐ろしげに平伏した。
義景や信玄。一見信長の上洛を容認したかに見える彼らは、数年後打倒信長の牙をむいてくる。無論この時点ではまだ、はっきりとした敵対意識を見せてはいない。
かくして、信長による義昭上洛は確実に前進した。