読書/エミール・ゾラ『獣人』 ノート20170517
エミール・ゾラ『獣人』川口篤・訳 上・下巻 岩波文庫1953
フランスの作家エミール・ゾラのミステリ『獣人』が書かれて100年以上経つ。鉄道システム、登場人物、物語の構成が緻密だ。このうち物語の構成は、『刑事コロンボ』よろしく真犯人を冒頭から教えている。そして長編ミステリの技、物語三分の二でいったんトリックを解明。残りでスペクタクルをやるという技法までやっている。これがクラッシク・ミステリかと感嘆せざるを得ない出来映えだ。
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第1章 プロローグ
18世紀第三4半期、フランス第二帝政期末期。
グランモランは、裁判官を辞した後、西部鉄道役員にもなっているセレブで慈善家だ。他方、ルゥポーは同鉄道の荷物係長だ。元裁判官の口利きで美しい妻セヴリーヌを妻にできた。ところが、妻のちょっとした言葉の矛盾から、両者が過去に愛人関係があったことを見抜く。嫉妬に狂い、妻を痛めつけて元裁判長を呼び出し罠を掛けた。
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第2章 殺人の発生〝クロード・モーフラ殺人事件〟
機関士ジャックは、殺人願望の性癖があったが、禁欲的な好青年で通っていた。ある日、クロード・モーフラの踏切番小屋に立ち寄った。叔母ファジーと娘フロール、それからファジーの後添えで踏切番ミザールの三人が住んでいた。その夜、機関士ジャックは、急行列車でルゥボーが元判事をナイフで刺し、線路に放り出す瞬間を目撃した。
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第3章 容疑者・関係者の紹介
殺人をおかしたルゥボー夫妻を乗せた急行列車が西部鉄道ターミナル駅ルーアンに入線した。駅員たちは顔見知りだ。その駅にジャック機関士と相棒べクーを乗せた蒸気機関車が続いて入線。駅にはベクーの愛人フィロメーヌがいた。メロフィーヌは駅員たちと関係していた。
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第4章 捜査・仮説
ドゥニゼ予審判事の登場。動機としては、ルゥポー夫妻がもっとも怪しかった。グランモラン元裁判長の遺言で、庭師の娘であるセヴィーヌにゆく額が不自然に多い。犯人は、ルーアン駅で急行列車に乗車し、クロード・モーフラの踏切付近で元裁判長を殺害して外に放り出し、何食わぬ顔でバランタン駅で下車した。そのあたりに絞って事情聴取をする捜査方針を固めた。
他方、捜査線上に別な容疑者が現れた。踏切番ミザールを尋問していると、元裁判官の屋敷のメイド、ルイゼットが、主に強姦され、死に場所を求め、石切り場に住む不審者カビューシュの家に逃げ込んで事態を打ち明けた後に自死した。カビューシュは復讐を誓う。十分な動機で、当局が家宅捜査をすると血の付いたズボンを発見。しかしドゥニゼ予審判事は、ルゥポー夫妻を疑った。
目撃者として呼ばれた、ジャック機関士は、ルゥポー夫人セヴリーヌの美しさに魅せられた。
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第5章 裏動機
ルゥポー夫人セヴリーヌは、目撃者である機関士ジャックと接触、不倫関係が始まった。(上巻217頁)
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第6章 仮説の崩壊
容疑者たちは証拠不十分ということで〝クロード・モーフラ殺人事件〟は、一旦捜査打ち切りになった。ルゥポー夫妻、不審者カービッシュも放免になった。
容疑が晴れた、ルゥポー夫妻のもとに、グランモラン元裁判官が遺言してくれた遺産が転がり込んだ。
ルゥポー夫妻は莫大な富を得たが良心の呵責から塞ぎこみ、夫婦仲は急速に冷え込んだ。夫妻は自分たちに有利な証言をしてくれたジャック機関士を友人として度々ルーアンの邸宅に招待した。ついに妻のセヴリーヌとジャック機関士とが、共寝をする仲となるが、夫は感づいていても見逃した。
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第7章 転換点
蒸気機関車ラ・リゾン号が雪中運行で立ち往生した。機関車には機関士ジャック、火夫べクが対応に大わらわだ。乗客たちのブーイングの嵐のなか、番小屋に住むジャックの従妹フロールが様子を見に来た。客車にはセヴリーヌが乗っていた。救出部隊が除雪するまでの間、他の乗客ともども自分の番小屋へ案内することにした。ジャックの叔母は博打ちの亭主に少しずつ毒を盛られ寝たきりになっていた。叔母は、小屋にあるだけの食糧を乗客たちに分けてやるように娘のフロールに命じた。ジャックに思いを寄せる従妹のフロールは、その場にいた恋敵のセヴィーヌに嫉妬の炎を上げた。
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第8章 トリックの解明
蒸気機関車ラ・リゾン号は、雪のためパリへ引き返した。ルゥボー夫人セヴリーヌは、ルーアンの町の自宅に電話をかけ亭主にその旨を伝えた。それから、駅員用の部屋で、機関士ジャックと愛し合い、元裁判長殺害の手口の詳細を伝えた。好青年を装うジャックは、殺人願望を満たす口実を得た。二人が添い遂げるためには邪魔な、セヴィーヌの亭主・荷物係長ルゥボーを殺害する。それからアメリカに渡って一旗あげたいものだと考えた。
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第9章 デス リミットの設定
博打をして良心の呵責を紛らわす殺人犯ルゥボー。夫婦関係は完全に崩壊していた。機関士ジャックはセヴィーヌと共謀して、ルゥボーを刺殺しようと闇の路線をゆくが、取り逃がしてしまった。それから屋敷で情事にふける。
折しも、機関士ジャックの叔母ファジーが死亡。その孤独感と、ジャックとセヴィーヌとの関係に嫉妬して狂った。フロールは列車転覆をさせ、ジャックとその恋人セヴィーヌをまとめて殺してしまおうと思いをめぐらす。
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第10章 デスリミットの解除
フロールは、ジャックの列車が住家の番小屋前を通過する直前、レールに石を置いた。さらに義父が母親の棺を運ぶ馬車が踏切を渡ろうとしていたのを妨害。この二つのことで列車は脱線横転し、蒸気機関車ラ・リゾン号は修復不可能になるほどに壊れてしまった。乗客多数が死傷したが、機関士ジャック、火夫ベクー、美女セヴィーヌは奇跡的に助かった。責任を感じたフロールは対抗列車に身を躍らせ自死した。
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第11章 事件解決
ルーアンの町・ルゥボーの屋敷。セヴィーヌとジャックが情事にふけっていたが、逢瀬の直後、ジャックが突如セヴィーヌの首をナイフで切って殺害した。セヴィーヌはなぜ自分が刺されたか因果関係を把握しないままこと切れた。入れ違いに、石切り場の不審者カービッシュが部屋に入り込み、死姦しようとしたところを、帰ってきた亭主や、番小屋のミザールに取り押さえられた。
当局の捜査となり裁判となった。
ドゥニゼ予審判事は、先の元裁判官殺人事件〝クロード・モーフラ殺人事件〟の容疑者であった、西部鉄道荷物係長ルゥボーと妻セヴィィーヌが、石切り場の不審者カービッシュと共謀して元裁判長を殺害、報酬を山分けした。その後、夫婦仲が冷めると、ルゥボーは、カービッシュに依頼して妻を殺害させたと推理した。その主張が通って両者に死刑判決が下る。だが、肝心のジャックは蚊帳の外だ。最愛の女性を殺害したジャックははけ口をベクーの情婦フィロメーヌに求めた。
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第12章 エピローグ
普仏戦争勃発、兵員輸送列車。
脱線事故によって新調された蒸気機関車608号は、機関士ジャックと火夫ベクーにとって使い勝手の悪いものだった。運転中、ベクーは情婦フィロメーヌをジャックに寝取ったことに腹を立て、取っ組み合いになり、転落して二人とも即死した。幽霊列車は、先発の列車に衝突するのが不可避な状態で、夜の闇を爆走してゆくのだった。迷走する近代フランスの運命のように……。(下巻309頁)
ノート20170518
《登場人物》
●ルゥポー……第1章登場。35歳。曹長で除隊。マント駅荷物係、パランタン駅荷物係長、現在、ル・アヴァール駅に勤務している。パリ、アムステルダム街(通り)の袋小路にある西部鉄道会社の社員寮に居住している。ドアンヴィルに妹がいる。妻が元裁判長のご落胤ではと踏んでいる。結婚は財産目当てでもあった。中流の下あたりに属している。
●ルゥボー夫人セヴリーヌ……第1章登場。夫がバランタン駅荷物係長のとき知り合った。夫との歳の差15歳。乳母がいる。友人はグランモラン元裁判長の娘ベルト。裁判長の厚意でその娘ベルトと同じルーアンの女学校に入れてもらった。庭師・故オーリヴィの末娘。お嬢様のように育てられたがロールパンに鰯の缶詰と水という生活だが文句ひとついわない。下流の出自だが上流階級の教育を受け現在は中流の下くらいの社会的な位置にいる。
●グランモラン元裁判長……第1章登場。1804年生まれ。7月革命でディーニュの代理検事。フォンテーヌブロー、トロワ、パリ。トロワ検事。レンヌの次席検事。最後にルーアンの裁判長。上流階級に属している。
●ヴィクトワールのお内儀さん。……第1章登場。若いときに男に騙されて子を産み捨てられ、ルゥボー夫人セヴリーヌの乳母になった。その後、鉄道員の夫と結婚。しか金遣いが荒くお針子のようなことをした。ルゥボー夫人セヴリーヌの口利きでグランモラン元裁判長の世話になり、その口添えがあって、鉄道の婦人用上等トイレ係を受け持つ。昔は自分で100フラン稼いだが今では夫婦で4000フラン近い年収を稼ぐ。下流の出だが実質的に中流だ。
●ラシュネー夫人ベルト……第1章登場。グランモラン元裁判長の娘。22歳。ルゥボー夫人セヴリーヌより2歳上。セヴリーヌと一緒にボンヌン夫人の下で住み女学校に通った。結婚後はセヴリーヌを軽くあしらっている。上流階級である。
●ボンヌオン夫人……第1章登場。グランモラン元裁判長の妹。55歳。未亡人。美人。ルーアンから4里離れたドアンヴィルの城館を所有。姪とルゥボー夫人セヴリーヌが女学生時代に住まわせたことがある。貴族・上流階級に属している。
●アンリ・ドヴェニーユ……第1章登場。車掌主任の青年。
●ジャック……機関士。25歳。若い女をみると殺したくなる性癖がある。第2章クロード・モーフラで登場。叔母にファジーがいる。酒は飲めない。
●ファジー……第2章登場。ジャックの叔母。踏切小屋番。1500フランの年収。5つ年下のぐうたらな電信係の夫ミザールがいて1200フランの年収がある。夫が自分に殺意を持っていると思っている。
●フロール……恰幅のいい18の娘。ジャックの従妹。ファジーの娘ヵ。第2章クロード・モーフラで登場。ジャックに好意がある。幼馴染。
●ルィゼット……第2章登場のメイド。故人。
●カピーシュ、オジール……第2章登場の若い独身男性。ジャックとフロールの噂から。殺人事件に動機をもった容疑者たち。車夫とか廃坑近くの森に住むとか不審者たちである。
●べクー……第3章登場。火夫。所帯持ちだがル・アヴァールに夫人公認の愛人がいる。筋肉質。夫人のヴィクトールは大らかな性格で肥っている。
●フィロメーヌ・ソヴァーニャ……第3章登場。ル・アヴァールに在住するベクーの愛人。32歳。
●ドゥニゼ予審判事……第4章登場。50歳。グランモラン元裁判長殺人事件担当官。牧畜家の息子でその父親が早死にしたことで進学が遅れ、また出身階層が農民層であったため昇進が遅れた。給与面で報われていないが仕事のできる苦労人である。
●カミー・ラモット氏……第4章登場。若い美男子。ドゥニゼ予審判事の同僚。弁護士から始まって順調に出世してきたエリート。名門出の細君の七光りにより、レジオン・ドヌール勲章一等を授けられている。