覚書/よいぶみ ノート20170418
外に雨音、春の丑三つ刻に目覚めて庭に灯火を点け桜樹をみる。一杯一杯また一杯、花翁・在原業平をふと思い浮かべた。
世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし。散ればこそいとど桜はめでたけれうきよになにか久しかるべき。――桜が散るので心惑わされるという花翁の話に対して、散るからこそしっかり記憶されるのだという若い貴人の意見。――そのような論争も今は昔の都であったとのこと。業平卿と目される『伊勢』の男と自邸に招いた親王との対話だ。
常世と現世との関にあるみちのくで拙が住まう谷は染井が塵際で山桜にかわりつつあり、廃坑ボタ山の雑木が桜に覆われているのを年年歳歳眺めるに至り、いろの栄枯盛衰を目の当たりとするところ。死美人の灰風があろうとなかろうと、遠からず故郷の谷里が山桜に乗っ取られるであろう寒さがあるにもかかわらず、なおも花かいの舞に惑わされる。これを魅了というのであろう。それにしても、桜というものは出会いやら別れやら、人の世の境に花が咲いたり散ったりと気ぜわしい。
きみのせをしばしとどめむ白水の里さくらおつとも香りのこして
ノート20170418




