吾輩になりたいか?
世の中には、見目のよい者は得をすると、えらく気軽に言う者がいる。
なるほど。
そうまで申すなら、望みどおり美しい側へ回ってみるがよい。
白く整った羽をまとい、水面を静かに進み、遠目にもそれと知れる姿となってみるがよい。
そのうえでなお羨ましいと言うつもりなら、吾輩はあらためて問うてやろう。
人間どもは、吾輩らを見るとまず美しいと言う。
次に優雅だと言う。
そしてたいてい、楽そうだとでも言いたげな顔をする。
ほう、そう見えるか。
たしかに、水の上にただよっている時の吾輩らは静かだ。
首をゆるやかに曲げ、羽を乱さず、波も大きく立てぬ。
湖面に白い影を映しながら進めば、いかにも苦労のない生きものに見えるのだろう。
だが、あれは遊んでいるのではない。
休んでいるのである。
休まねばもたぬから休んでいるのだ。
吾輩らは、水辺に浮かんでいるだけの鳥ではない。
季節が変われば長い距離を移動する。
日本で冬を過ごし、春になれば北へ戻る。
だから水面に浮かぶ姿だけを見て優雅だと言われると、吾輩は少々困る。
あれは美の演出ではない。
体力の回復であり、次に備えるための静けさである。
もっとも、そこまではまだよい。
見た目を褒められるだけで済むなら、ずいぶん気楽な話である。
真に厄介なのは、その美しさが特別ではないことだ。
人間どもは勘違いしている。
白鳥が一羽いれば、いかにも抜きん出た存在がそこにいるように見えるらしい。
だが、群れの中へ入ってみるがよい。
皆、白い。
皆、それなりに整っている。
皆、人間の目には美しい。
つまりどういうことか。
皆が美しいなら、それは平凡なのだ。
ここでようやく、本当の話が始まる。
美しい者になれば選ばれる。
そう思うのは、人間らしい単純さである。
吾輩らの世界では、美しさは入口にすぎぬ。
前提条件と言ってもよい。
群れの中で皆が似たように美しいなら、そこから先を決めるのは別のものだ。
歩みの取り方かもしれぬ。
落ち着きかもしれぬ。
距離の詰め方かもしれぬ。
あるいは、長い移動ののちにも崩れぬ強さかもしれぬ。
以前、吾輩も一羽に声をかけたことがある。
群れの中にいて、なぜだか目が向いた。
吾輩は近づき、努めて品よく言った。
いい翼だ。気品もある。吾輩の伴侶にふさわしい。
すると相手は、しばし吾輩を眺めたのち、まことに静かな顔でこう言った。
皆と私の違いを言えて。
それから考えてあげる。
吾輩は黙った。
見れば群れはみな白い。
みな整っている。
みな十分に美しい。
さて、その中でなぜこの一羽なのか。
問われて初めて、吾輩は自分が白さしか見ていなかったことを知ったのである。
そこで吾輩は考えた。
なぜ惹かれたのか。
美しいと思った。
だが、そんなことを言えばここいらは皆だいたい美しい。
では何だ。
落ち着きか。
目つきか。
声か。
さっぱりわからぬ。
わからぬが、よいと思ったのである。
あれでよいではなく、あれがよいと思ってしまった。
理屈の並ばぬ差が、そこにはあった。
なるほど。
こういうものを恋と呼ぶのかもしれぬ。
だが、そのとき初めて、別の問いも胸の内に生まれた。
あの一羽にとって、吾輩は何であろうか。
吾輩は一羽に惹かれた。
それは疑いようもない。
だが、あの一羽にとって吾輩がただの一羽でしかないなら、それは片側だけの話で終わる。
皆が美しい群れの中で、吾輩は何によって特別になれるのか。
白いことでは足りぬ。
整っていることでも足りぬ。
そんなものは、この世界では誰しもがだいたい持っている。
ならば吾輩は、何をもって選ばれるのだろう。
何をもって、ただの一羽ではなくなれるのだろう。
もっとも、そこですぐ答えが出るわけではない。
出ぬから厄介なのである。
平凡の中で特別になりたい。
だが、平凡であることそのものは少しも恥ではない。
恥ではないが、苦労はある。
埋もれぬようにせねばならず、崩れぬようにもせねばならぬ。
選ぶだけでも骨が折れるのに、選ばれる側にもならねばならぬ。
つまり、美しさだけで済む生き方ではないのである。
群れの中で位置を保ち、周りの気配を読み、ときに歩調を合わせる。
静かに浮かんでいるように見える時ですら、何も考えておらぬわけではない。
それでもなお、人間どもは水面しか見ておらぬ。
静かに浮かんでいれば優雅。
羽を整えていれば気品。
寄り添っていれば幸福。
ほう。
そう見えるか。
それはそれで結構である。
ただ、こちらからすれば、あれは維持であり、確認であり、備えである。
崩れぬために整えている姿が、たまたま美しく見えているだけなのだ。
思えば、これは少々皮肉な話である。
人は、必死に保っている姿を余裕だと見なす。
限界の手前で静かにしている者を、のんびりしていると思う。
だが実際には逆だ。
余裕があるから静かなのではない。
静かにせねば、もたぬのである。
だから、吾輩は最後にこう言っておきたい。
皆が美しい世界では、美しさは特別ではない。
ただの平凡である。
そして平凡であるなら、そこには平凡なりの苦労がある。
選ぶことも、選ばれることも、群れの中で己を保つことも、少しも楽ではない。
吾輩ですら、なお問うている。
この群れの中で、吾輩は何によって特別になれるのかと。
さて。
そんな世界にいる吾輩を、それでも羨むか。




