第六話 聖女の役目
部屋の空気はまだ張り詰めていた。
小鳥遊美咲は腕を組んだまま立っている。
怒鳴ったせいで、少し息が荒い。
目の前の青年――王太子ヴァレリウスは、しばらく黙っていた。
それから静かに言った。
「説明しよう」
その声は落ち着いていた。
「この国の国境には結界が張られている」
美咲は眉をひそめる。
「結界?」
「初代聖女が張った守りの結界だ」
ヴァレリウスは続ける。
「この世界には人喰いワイバーンが存在する
村を襲い、人を喰う」
美咲は思わず顔をしかめた。
「しかしアルヴェリア王国には結界がある
そのためワイバーンは国境を越えられない」
ヴァレリウスは窓の方へ視線を向けた。
「その結界が、この国を守っている
だが」
少しだけ言葉を切る。
「今、その結界が弱まりつつある」
美咲は黙って聞いていた。
ヴァレリウスは続ける。
「結界は聖女の力で維持される
聖女が生きている間
そして
亡くなった後も、しばらくは残る」
美咲の眉が動く。
「……しばらく?」
「十年から五十年
結界が持つ長さは」
ヴァレリウスは静かに言った。
「その聖女がどれほど国を想ってくれたかによると言われている」
部屋は静まり返った。
美咲はゆっくり息を吐いた。
つまり。
自分は。
ここで生きて。
ここで死ぬ。
そういう話だ。
美咲は呟く。
「……ひどい」
ヴァレリウスは否定しなかった。
そして続ける。
「だから我々は
あなたを大切に扱う
この国を愛してもらえるよう
全力を尽くす」
美咲は思わず笑った。
「そんなの」
顔を上げる。
「あるわけないじゃないですか」
声は震えていた。
「誘拐されて
知らない国に連れてこられて
帰れないって言われて
そんな人たちを愛するなんて」
言葉が止まる。
「……無理です」
ヴァレリウスは何も言わなかった。
美咲は床を見た。
しばらく沈黙が流れる。
そして小さく言った。
「でも」
ヴァレリウスが顔を上げる。
美咲は続けた。
「人喰いワイバーンに襲われる人がいるんですよね」
ヴァレリウスは答える。
「ああ」
美咲は目を閉じた。
「……最悪」
小さく呟く。
「知らなければよかった」
でも。
知ってしまった。
知ってしまった以上。
見殺しにすることはできない。
美咲は天井を見上げた。
「……ちょっと考えさせてください」
ヴァレリウスは静かに頷いた。
「もちろんだ」
そして部屋を出ていく。
扉が閉まる。
美咲はその場に座り込んだ。
「……ほんと最悪」
しかし。
心の奥では、すでにわかっていた。
この国を放っておくことは。
たぶん、自分にはできない。




