第十一話 聖女の心
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聖女として王宮に来てから、しばらく経った。
小鳥遊美咲の生活は、少しずつ落ち着きを見せていた。
最初は、ただ孤独だった。
知らない国。
知らない言葉。
知らない文化。
侍女たちは丁寧だったが、どこか遠い。
美咲が異世界から来た存在であることを、誰もが忘れていない。
そんな中で。
唯一、心が軽くなる時間があった。
午後。
王太子ヴァレリウスが訪れる時間だ。
彼は忙しいはずなのに、ほぼ毎日顔を見せた。
部屋の椅子に座り、ゆっくり話をする。
歴代の聖女の話。
この国の歴史。
王都の文化。
そして。
毎日、花を持ってくる。
「今日は庭師が勧めてくれた」
そう言って花瓶に花を飾る。
最初はぎこちなかった会話も、いつの間にか自然になっていた。
美咲は気づいていた。
この時間が、楽しみになっていることに。
ある日の午後。
ヴァレリウスは、少し真面目な顔をしていた。
そして美咲の目を見て言った。
「聖女は王家に嫁ぐ」
美咲は目を瞬かせる。
「え?」
ヴァレリウスは続けた。
「私と結婚してほしい」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
美咲は言葉を失う。
ヴァレリウスは視線を逸らさずに言う。
「これは
聖女を取り込みたい王族のエゴでもある」
美咲は驚いた。
そんなことを、王太子が口にするとは思わなかった。
ヴァレリウスは静かに続ける。
「だが
同時に
聖女を守るためにも必要なことだ
王太子妃は、この国で最も安全な立場だからだ」
少しだけ間を置く。
「……そして
これから
少しでも私を好きになってくれれば嬉しい」
それは求婚というより。
お願いのようだった。
美咲はしばらく言葉が出なかった。
王太子と結婚。
そんな話になるとは思っていなかった。
でも。
部屋に戻ってから、ふと思う。
(ああ)
美咲はベッドに座った。
やっとわかった。
忙しいはずの王太子が。
どうして毎日、午後になると来ていたのか。
(籠絡してる)
つまり。
結婚する相手を。
でも。
正直に言えば。
悪い気はしなかった。
誠実で。
優しくて。
かっこいい王子。
そんな人が、丁寧に大切にしてくれる。
絆されない方が難しい。
美咲は顔を枕に押しつけた。
「……ずるい」
小さく呟く。
その日の午後。
気分転換に庭を散歩していた。
王宮の庭園は広かった。
季節の花が咲き、噴水の水音が聞こえる。
美咲はゆっくり歩いていた。
その時だった。
薔薇の生垣の向こうから、声が聞こえた。
侍女たちだった。
気づかれないように、足を止める。
「やっぱりお気の毒ですわ」
一人の侍女が言う。
「ミレイユ様のこと?」
「ええ」
美咲は眉をひそめた。
その名前は聞いたことがある。
侍女は続ける。
「王太子殿下の婚約者だったのに
第四王子殿下の婚約者にされて
可哀想ですわ」
美咲の胸がざわつく。
「王太子殿下も
本当はお好きだったのではないかしら
無理やり引き裂かれたのかもしれませんわね」
美咲は動けなかった。
胸の奥が、重くなる。
(……私のせい?)
自分が召喚されたから。
その人は。
婚約者を失った。
薔薇の香りの中で。
美咲の胸は、静かに曇っていった。
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