ブーブーカーペット
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんの家に、敷物のたぐいはあるだろうか?
廊下とかは床板そのままさらしていることも珍しくないかもだが、汚れがくっつくと案外落ちなかったりするんだよね~。盛大になにかをこぼすとかしなくても、こまごまとしたシミとかべたつきみたいなものが、いつの間にやらくっついてくるものさ。
それらをダイレクトに落とさないためにも、敷物は重要な役割を帯びる。汚れを引き受け、おしゃれを際立たせると、服飾にはいくつもの効果があるものの、室内の敷物に関してのウエイトはでかい。
我々の重さをもろに引き受け、しばしば就寝という、もっとも無防備をさらす時間に体をあずけられることもある。責任も重いわけだ。
こうも重責を背負う彼ら。ときにはでっかいことをやらかす恐れが詰まっているかもしれないよ? 最近、父さんから聞いた話なんだけどさ、耳に入れてみない?
ブーブークッションは、つぶらやくんもご存じだろう?
カモフラージュ用のクッションの下などへ仕込んでおき、人がその上に腰を下ろすと、ブウウウ~、というあたかもおならをしたかのような音が鳴り響くジョークグッズのひとつだ。
廃材となったゴムシートでいろいろ実験していたときに着想を得たらしく、開発当初はちょっとお下品すぎるのでは? とグッズ採用が見送られたとのことだ。しかし、今は高い知名度を誇るあたり、どのようなアイデアもぽいぽい捨てるべきではないかもね。
で、父さんがよく遊びに行く友達の家は、このブーブークッションの嵐だったというのさ。いや、厳密にはブーブーカーペットだろうか。
かの友達の家の床は、ほぼすき間なくカーペットが敷かれていて、どの部屋へ向かうにも足を載せなくてはいけなかったそうな。
左右の端を唐草模様のレーンががっちり固め、真ん中を咲き乱れるピンク色のバラたちが出迎える、という柄のカーペットたち。彼らへ足を乗せると、かなりの確率でブーブーと豚のような声で応答される。
ちょっと足を乗せて、鳴らずに済むこともあるものの、気を抜いた拍子にブーブー来るものだから心臓に悪い。コケにされていると感じたり、みょうちきりんすぎてついていけないと思ったりして、他の子は少しずつ彼の家へ遊びに来ることはしなくなっていった。
父さんは、数少ないブーブーが気に入った人間で、むしろ大歓迎といったところ。家に帰っても暇を持て余しがちだったこともあり、友達の家へ入り浸る時間はどんどん増えていったとか。
友達はというとインドア派で、特にボードゲーム系を多数持っていた。父さんもそれらで遊ぶことは好きだったし、ブーブー鳴らされながらも楽しい時間を過ごしていたのだけど……少し、怖い思いをすることになってから、考えるようになったらしい。
ある時、いつものようにかの友達と部屋で2人遊んでいると、家の呼び鈴が鳴った。
これまでも2人で遊んでいるときに来客があり、呼び鈴が鳴らされたことは何度かあったようだ。今回もそれかと思ったけれど、父さんはいつもに比べて呼び鈴が少し震えた音を放ったように覚えたとか。
友達も思うところがあったらしく、いつもなら「ちょっと待ってて……はいは~い」という調子で玄関へ向かうのだけど、このときは顔を玄関のほうへ向けて、しばし固まっていたみたい。
「――もしかすると、よからぬ相手かもしれない。君、僕が出て行ったら部屋の戸を閉めて、じっと様子をうかがっていてくれ。もし想像していた通りのことなら、やってもらうことがある……」
友達が部屋を出ていってから、父さんはいわれたように戸を閉めて、じっと部屋の外の様子をうかがっていた。
音を聞いている。このブーブー鳴らされるカーペットたちは、そうとう軽いものたちであっても、響くときには響く。この家において気配を殺しきるのは至難の業だった。
友達はいまだ戻ってきていない。けれども、耳を澄ませるとかすかにカーペットの鳴く音がしている。
無知に、あるいは不用意に足を運んだのなら、とっくにブーブーの洗礼を受けているところ。それがこうも音を控えさせることができるとは、「うぶ」な手合いじゃない。
――そうなると、次に気を付けるべきことは。
父さんは部屋のカーペットを見やる。
先ほど友たちが閉めたドア、その足元にも例のカーペットは届いていた。その唐草レーンに挟まれた、ピンク色に花開くバラたちへ目をこらす。
変わらず、忍び続ける気配。それがいよいよ部屋の近くまで来ていると思われるころ。
ドアの足もとのバラに、じわりと黄色がにじんだ。まるでドアの外からちょろちょろと絵具を溶かした水を流しているかのような広がり具合だったが、不思議と唐草模様のレーンはいっさい汚さない。
ただ色変わりの花たちばかりが順に、仲間を増やしながらこちらへ版図を広げていく。
見るや、父さんはすぐに手近な押し入れへ隠れて、戸を閉めきってしまった。友達に教わっていた通りの事態がやってきてしまったからだ。
もし、カーペットの花ばかりが汚れていくようなことがあれば、この部屋の中へ誰もいないように装わねばねらない、と。そうしないと父さんにも危害が及んでしまうから、押し入れの中でじっとして、合図があるまで開けないようにと。
父さんが隠れてほどなく、閉まっていたドアが忍びやかに開いた気配がした。中へ入って来るや気配の主はもはや遠慮なく、ブーブーと音を鳴らしながら部屋中をのしのし歩きまわっていたようだったとか。押し入れに隠れている父さんにまで、床の振動が伝わってきていたらしい。
質量はある。幽霊のたぐいとは思えなかった。しかし、カーペットがしきりに立てる声にまじって、ときおり部屋にあるものを踏んだり、蹴り上げたりしているような音も聞こえてきたそうだ。
明らかに乱暴そうな手合いに、父さんは息を殺しながら時間が過ぎていくのを待ち続ける。やがて、主の気配が部屋を出てブーブーの音も一緒に連れていかれるが、安心はできない。ひたすら友達よりの合図を待ったそうだ。
やがて、あらかじめ友達と打ち合わせていた合図が聞こえて、父は部屋へ出てみた。
カーペットのバラたちは、やはりいずれも黄色く染まっている。そればかりか、中には生地から染み出したかのごとく、表面を大いに汚しているものもあった。
友達が用意した飲み物やお菓子たち、父さんの持ってきた荷物などは、一目でそうと分かるほどに踏みしめられている。
サイズだけ見るなら、それは父さんたちの履く靴の大きさと差はない。ただし、その指の先は、大きく二又に分かれた二本分しかないように見えたそうなんだよ。
あの手の来客は、突然にやってくる。友達の家の歓迎しないタイミングでもって。
ゆえに少しでも早く訪れを察知できる仕組みのひとつとして、ブーブーカーペットを採用しているとのことだった。




