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どんなにムカつくやつでも良いところは認めるべきだけど、それは結構難しかったりする。

 アンドロメダはなぜか皇帝の執務室でスイーツを嗜んでいた。部屋の主であるヘルクレスはアルバートと共に仕事に追われている。

 アンドロメダがこの部屋に来たのは決して己の意思ではない。護衛がいないことを知ったヘルクレスに連れて来られたのだ。そうしてソファに座らされ、スイーツとお茶を用意され、気がつけばアンドロメダにとって最高の空間が出来上がっていた。

 ショートケーキにモンブラン、ガナッシュケーキ、いちごタルト、チーズケーキ、ナポレオン、オペラ。様々なケーキが並ぶテーブルを見下ろし、アンドロメダは小さく笑みを携えてモンブランを口へ運んだ。ケーキを見るに、どうやらこの世界は誰かが作った世界らしい、とアンドロメダは結論づけた。料理はフランス料理やイタリア料理が主であったため、異世界という枠組みで捉えていたが、こうも知っているものが立ち並ぶと、アンドロメダは以前の世界の誰かが創作した世界なのだと考えざるを得なかった。

「アン」

「?」

 自身を呼んだ男性の声に、アンドロメダは無言で振り返った。

「アウロラの税収が落ち込んでいる」

 それだけ言って書類の束をアンドロメダに向かって放る皇帝に、アンドロメダは小さくため息を吐きながらもその書類を受け取る。フォークを置いて書類に目を通せば、どうやらアウロラ_東部_は現在、極寒の影響を受け、農作物が不作らしい。しかし、書類のどこを読んでも税収は例年と変わりない。要は、それが問題なのだ。

「それを事実にしたいってこと?」

 アンドロメダが尋ねるも、ヘルクレスは彼女をじっと見下ろすだけで肯定も否定もしなかった。アンドロメダはそれに少しだけ眉を顰めると、再び書類をペラと捲る。読んで行くと、他地域への工芸品の輸出量が増えていることがわかる。アンドロメダはそれに気がつくと、息が止まるような気がした。

 工芸品の購入者の多くが平民なのだ。貴族が購入する量は昨年より減っているものの、売上に大きな変化はない。つまり、税収を保てていたのは工芸品を平民に売っていたからなのだ。

 これまで東部の工芸品、特に磁器は高級品で、平民たちの手の届く品ではなかった。それが今年になって変わってきている。極寒の始まりから半年も経っていないに関わらず。それが示すのは、それほどのやり手が東部にいるということである。それはアンドロメダの興味を強く惹いた。

「気になるだろう」

 目を輝かせるアンドロメダにヘルクレスはにやりと笑いかける。そのすぐ近くではアルバートが嗜めるようにヘルクレスを見ていた。

「うん」

「見てみたいと思わないか」

「...うん」

 夢中になって書類を読むアンドロメダが話半分に返事をする。ヘルクレスはそれに気付きながらまた悦に入るようににやりと笑みを浮かべた。




 風が吹く。冷え切ったそれはアンドロメダの肺をつんと刺した。

 アンドロメダは現在、アウロラの首都_スクワッシュ_に来ていた。厚いポンチョを羽織り、手袋をし、ブーツを履き、雪の上に立つ。4月といえど、アウロラは未だ雪に覆われていた。

 為政者に会いたいかと聞かれたアンドロメダは肯定を返した。彼女の想定としては為政者が皇城に来た際に会うことであったが、ヘルクレスの想定は為政者に会わせにアウロラを訪れることだったらしい。

 一年中冬のままのアウロラだが、それでも7〜10月頃は雪は全て溶け、特に2月頃は大雪に覆われる。アンドロメダは地理史を読み、知識としてそういったことは知っていたが、実際に目にするのは初のことであった。それ故に、彼女の胸中は驚きと感動でいっぱいだった。ヘルクレスは名を知って物を知らぬ自身に物を見せるために連れてきたのかもしれないと希望的観測を持つ。

「アン」

「...うん」

 ここ数日で既に耳馴染みのある声と化したヘルクレスの呼びかけに、アンドロメダは彼のところへ小走りで駆け寄った。

 スクワッシュの中心に位置するのは、赤いレンガ作りの城である。それはその見た目からカメリア城と呼ばれている。実際に見てみると、カメリアというよりは赤煉瓦倉庫が城になったようだとアンドロメダは思うも、それでもやはり美しいカメリア城を一目で気に入っていた。

 ヘルクレスと共にアンドロメダが本城へ入ると、城内にはメイドと執事が立ち並び、城主と共に2人へ揃って頭を下げた。アニメなどでしか目にしたことのない景色に、アンドロメダは思わず笑ってしまいそうになるのを口をキュッと結んで堪えた。

「帝国の月にご挨拶申し上げます。」

「月明かりが夜道を照らさんことを」

 城主_パルス・ヒエムス=ヴィンター_がヘルクレスの言葉に頭を上げた。

 真っ白な髪が照明に照らされて煌めき、緩く結ばれた長髪がゆらりと揺れる。長いまつ毛に縁取られた夜空のように深い青が弧を描き、ヘルクレスへと向けられた。

「この度はご訪問いただきありがとうございます」

「あぁ」

「まずはごゆっくり休憩されてから、晩餐の際にお話をお伺いできればと存じます」

「そうか」

 ヘルクレスは短く返すだけで、何かの意思を示すことも説明をすることもなかった。

 アンドロメダがヘルクレスをちらと見上げると、彼はにこりと薄く笑うパルスをじっと観察しているようだった。

 ミッドナイトブルーの瞳がヘルクレスからアンドロメダへと向けられる。

「...そちらのお連れ様は、もしや......」

「......アンだ」

 パルスの言葉にまたも短く答えるヘルクレスに、アンドロメダは込み上げる怒りを抑えるようにぎゅっと両手に力を入れる。そして挨拶をしまいと一歩前へ出ようとして、ヘルクレスに軽々と抱き上げられてしまった。

「案内は」

「こちらに。ご案内しなさい」

 1人のメイドが一歩前へ出てパルスへと頭を下げる。そしてゆったりと歩き出す彼女の案内に従い、ヘルクレスはアンドロメダを抱いたまま歩いて行く。

 階段の踊り場には何かしら絵画が掛けられており、ブリックレッドの壁紙で統一された廊下の陽当たりの良い場所には色とりどりの花が咲き乱れる花瓶が設置されている。真っ白な景色とは真逆に色彩あふれる城内に、アンドロメダは感嘆の息を漏らした。

 目を輝かせて城内を観察しているアンドロメダを見て、ヘルクレスは小さく笑みを浮かべた。はじめに会ったときの言動は子供のものとは思えなかったが、こういった姿をみるとやはり子供なのだと思えた。

「こちらが本日お客様がお休みになられるお部屋でございます。」

 とある一室の前で立ち止まったメイドが頭を下げてそう言うと、部屋の扉をゆっくりと開ける。

 目の前に広がるのは雪景色と、焚火がチリチリと燃える暖炉、それからバーントシェンナ色の壁だ。壁紙にはフォレストグリーンで生き生きとした植物の模様が描かれている。

 テーブルや椅子などの家具はココナッツブラウンで統一され、椅子の生地などの布地はアンドロメダとヘルクレスの瞳と同じカージナルレッドが取り入れられている。それにより部屋の統一感と共に客へのもてなし_心遣い_が感じられた。

 アンドロメダはパルスの為政者としての力量に関心せざるを得なかった。

「ご用の際はこちらのベルでお呼びください」

 それでは、ごゆっくりお過ごしください。メイドは短く適当な言葉と美しい一礼と共に扉をゆっくりと閉めた。

「......」

「なんだ、気に食わないことでもあったか」

「......逆だよ。素晴らしいから、言葉が出ないんだ」

 アンドロメダがメイドの出ていった扉から目を逸さぬままに告げると、ヘルクレスは満足そうに笑った。

「アン」

「なに」

「お前は皇族だ。易々と頭を下げるな」

 ヘルクレスはそれだけ言うと、さっさと暖炉の前のソファに腰掛け、肘掛けに脚を上げると横になって寝てしまった。

 アンドロメダは彼の言葉がパルスに挨拶をしようとしたことについてのものであることをすぐに理解した。言葉足らずで、無表情で、父親としては失格のヘルクレスが余りにも皇帝であるという事実を認めざるを得ないのだ。

「......おやすみなさい」

 優しく、それだけを言って、アンドロメダは客室からパタパタと出ていった。

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