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いくら相手がドMとはいえ殴るのはやめた方がいいと思う。

 色欲の賢王と子供に無関心な皇后。

 その間に生まれたのが、アンドロメダ・アウトゥムヌス・ウーナ・アルフェラッツ=ノクスカエラム_通称アンドロメダ第一皇女_その人であった。


 カツリ、カツリとヒールが音を立てる。皇城の廊下は広く長い。その中をアンドロメダは1人で歩いていた。齢6つである。しかしその実、アンドロメダは6つではない。前世の記憶がある彼女は、精神年齢でいけば28。三十路である。

 22歳まで生きた記憶がアンドロメダにはしかとあった。若くして亡くなったのか、覚えている記憶がただ22歳までなのかはわからない。しかし大学卒業後の進路は無職であったため、アンドロメダからしたら新しい人生が始まるのは一種の現実逃避のようなもので、特にマイナスの感情を抱くことはなかった。


 ノクスカエラム帝国。中央大陸に君臨する三大大国の一国である。中央に帝都があり、東西南北にそれぞれ一つずつ都市をとっている。

 四つの都市はそれぞれ四季を司っており、一年中季節が変わることはない。それに対し帝都は四季が巡っている不思議な国であった。

 中世ヨーロッパをモデルにしたような街並みと皇城、視界いっぱいに広がる庭園に、アンドロメダはここが異世界であることを認知せざるを得なかった。


 アンドロメダはエボニー色のドレスをひらりと揺らし、訓練場で木剣をぶつけ合う騎士たちを見下ろす。隣の訓練場へ視線を移せば、そこでは魔法師たちが的にそれぞれ魔法で攻撃を当てており、庭園の端へ視線を移せば、精霊師たちが庭園の花を育てていた。離れの実験室ではおそらく錬金術師がなにかしらの実験をしてることだろう。アンドロメダはそう思案し、ゆっくりと瞬きをする。

 魔法師、精霊師、錬金術師。アンドロメダの前世にはいなかった者たち。その存在を受け入れるのは早かった。

 体内に宿るマナを用いて実験や訓練を行う彼らの違いは、宿っているマナの種類だけらしい。ノクスカエラム帝国ではそれぞれ、魔法師のマナを赤のマナ、精霊師のマナを緑のマナ、錬金術師のマナを青のマナと呼び分けていた。


「殿下!」

 ばたばたと慌てたようにアンドロメダのもとへ白い騎士制服をきた男性がやってくる。彼の名はエノン=シュガー。本日からアンドロメダの護衛となった第一皇室騎士団の団員である。バンブー色の髪が肌に張り付き、額には薄らと汗をかいている姿に、余程探し回ったのだとアンドロメダはすぐに理解した。

「急にいなくなられては困ります......!」

「すまない。一人になりたい気分だったんだ」

 ふっと小さく笑い、アンドロメダは歩き出す。その後ろを追い、エノンは焦るように口を開いた。

「撒くのはやめていただけませんか......?」

「断る。撒かれる方が悪いと思わないか?新人くん」

 アンドロメダが微笑むと、エノンは反論できずに口を噤んでしまう。その様子にアンドロメダはまた小さく笑みを溢した。

「かわいいなぁ、お前は」

「...褒めてます?それ」

「さてな」

 自身の言葉にがくりと肩を落とすエノンの姿が、アンドロメダには面白くて仕方がなかった。

 前世の記憶をもつアンドロメダに最初に宿ったモノは諦観であった。現代日本を生き、何も分からないまま異世界で皇女として生きねばならない現状に、アンドロメダはすでに疲れてしまったのだ。だからこそ、感情豊かなエノンの姿は好ましかった。

「殿下って...」

「なんだ」

「本当に6歳なのですか?」

 振り返ったアンドロメダへそう尋ねるエノンに、彼女はにこりと笑んだ。

「どう思う」

 その美しさに呑まれたエノンは、何事も無かったかのように歩き出すアンドロメダを焦ったように追いかけた。このままではまた撒かれてしまう。

「待ってください!殿下〜!」

 泣き出すかのように叫ぶエノンの声を遮るかのように、離塔からドオォン!!と爆発音が鳴り響く。

 その音に驚くエノンとは対照的に、アンドロメダはひどく落ち着いていた。

「またか......。行くぞ」

 呆れたように溢し、急ぐように駆けるアンドロメダの背中を、エノンは必死で追いかけた。爆発音への動揺も冷めやらぬまま、心臓はバクバクと音を立てる。しかし、アンドロメダを追いかけない選択肢は彼にはなかった。

 アンドロメダは廊下の端まで行くと、床へ魔法陣が描かれた空間へと入る。それに続いてエノンが入り込むのを見届け、アンドロメダは首から下げていた指輪を取り出す。指輪には赤い石が付けられており、その身は黄金で包まれていた。

転移(トランスラティオ)・ヴェール塔」

 アンドロメダがそう言うと、魔法陣が青い光を放つ。そして数秒後、先ほどまであった赤い絨毯の引かれた廊下は消えて、2人の目の前には白いタイルで道が引かれ、その周りには花々が咲き乱れる緑があった。

 エノンがきょりきょろと辺りを見渡すと、タイルの先には塔が立っており、その中程からもくもくと黒い煙が立ち上がっていた。

 アンドロメダはエノンに見向きもせず、ツカツカとヒールを鳴らして進んでいってしまう。皇宮に明るくないエノンは、やはりアンドロメダの後ろをついて行くことしかできなかった。


 バンッ!とその身に相応しくない大きな音を立て、アンドロメダは第三実験室の扉を開いた。

「カルセイン!」

 開け放つと同時に叫ぶその声に、黒煙の上がる実験室内は急に静まり返る。

「カルセイン!いないのか!」

 もう一度叫ぶ幼い声に、黒煙の発生源の近くから咳とともにテノールボイスが発される。

「はぁ〜い。いるよ〜」

 エノンが目を凝らすと、黒煙の隙間からひらひらと白い手を振る男が見えた。その間にも、アンドロメダは周りの錬金術師へ「窓を開けろ」と指示を出し、その指示に従う錬金術師のお陰か黒煙が晴れていった。

 アンドロメダが足早に男へ近づき、その頭を叩く。

「いてっ」

「今月何度目かわかってるのか」

「え〜?3?」

「7度目だ」

 イライラとした様子を隠さず言うアンドロメダに、男はあははと軽く笑った。

 カルセインと呼ばれた男は、サルビアブルーの長髪を後ろで1つに結び、長い前髪から覗くラピスラズリの瞳のすぐそこには泣き黒子が施されている。彫刻のように美しい男はぱちりとエノンの存在に気がつくと、睨みつけるようにじっと見つめてきた。エノンがそれに身を竦めると、アンドロメダはため息を1つこぼして、床に転がったメガネをカルセインへ手渡す。

 カルセインはメガネをかけると、またぱちりと瞬いた。

「あれ、見慣れないねぇ」

「新しい護衛だ」

「え〜っ!次の護衛は俺って言ったじゃん〜!」

 言ってない。と返すアンドロメダに、カルセインは駄々を捏ねるようにまた「え〜っ!」と声を上げた。どうやらエノンが護衛として決まる前に、アンドロメダとカルセインの間で何某かのやりとりがあったらしい。

「大体、お前は副師団長だろう」

「殿下のためならやめるよ〜」

「剣も振るえない」

「それはこれから頑張るからさ〜」

「『これからやる』という言葉ほど信用できないものはない」

 ズバッと音がしそうなほどに言葉で切りつけたアンドロメダは冷たい瞳でカルセインを見下ろしていた。エノンはそれを見てゾッと身を震わせたが、どうやらカルセインは違うらしかった。頬を赤く染め上げ、キラキラと目を輝かせてアンドロメダを見上げている。

「あぁっ!殿下、いい!いいよ、その目!最高だね!」

 駄々を捏ねていた時よりも大きな声をあげるカルセインに、アンドロメダは眉を顰めた。それとは対照的に周りの錬金術師たちは「またか」とでも言いたげな瞳で2人を見ている。その様子にエノンは首を傾げることしかできなかった。

「えっ!そんなこともしてくれるの?!殿下ってばだいた〜ん♡」

 カルセインが言い終わるか否か、パァンッ!と衝撃音が鳴り響く。どうやらアンドロメダが扇でカルセインの頭を叩いたらしかった。

(どこから出したんだそれ?!?!)

 エノンの心の叫びは口から出ることがなかった為、その疑問は誰にも解消してもらえることはなかった。

 カルセインはぱたりと床へ倒れ、アンドロメダはそれを冷たく見下ろしてふんと息を吐く。

「減給すると伝えておけ」

「はい、殿下」

 ルビーレッドの髪色をした男がアンドロメダへ恭しく頭を下げると、アンドロメダは踵を返して実験室を出ていってしまった。



「あ、あの」

 エノンがヴェール塔を出たアンドロメダへ声をかけると、彼女は無言で振り返った。

「その......どう言ったご関係ですか?」

 エノンは気まずそうに口にするも、アンドロメダはため息を1つ吐くとまた振り返って歩き出してしまう。答えてはもらえないのだと息を漏らすと、アンドロメダは小さく口を開いた。

「前に」

「はい」

「イラついて殴った」

「.........え?」

 その結果があれだ。なんて何事もないかのように話すアンドロメダに、エノンは何も返すことができなかった。

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