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プロローグ

初投稿です。「ひわどり」と読みます。お手柔らかにお願いします。

 空を、鉛色の雲が覆っている。

 視線を落とすと、白っぽい砂浜。

 そしてその砂に寄せては返す筈の波は、ざざ、ざ、と引き続けていた。

 ーー鉛色の海のただ中に立つ、『ナニカ』に向けて。

 それは、水だった。

 それは、人だった。

 それは、徐々にだが、確実に大きくなっていた。

 それは、下半身を海中に沈めたまま、ただ手を合わせて一心に祈っていた。

 そしてそれは……沖合に立っているのに、もはや見上げるほどの高さになっていた。

「ーー『懺悔』の異常行動を確認」

 〈生命の樹(セフィロト)〉の図案が襟元に刺繍された黒いコートを纏っている青年ーーカイは、ようやく扱いに慣れてきたタブレットを操りながら、傍らに立つ少年に目を向けた。

 その少年は、同じ意匠のコートを激しい海風に遊ばせながら、無機質な、しかし厳しい視線を海上の『懺悔』に注いでいる。

 ただし、少年のコートは腰回りに白いベルトの飾りが加えられており、ベルトの余りーーのような飾りが腰の後ろで二本、ぱたぱたとはためいている。

 鳥の尾羽のような、あるいは獣の尾のようなそれは、少年に生気を与えるどころか逆に黒コートの死神じみた印象をより強めてしまっている。

「〈新月〉女史は?」

 少年は酷く抑揚の希薄な、無機質な声音でカイに問いかけた。

「彼女曰く、『懺悔が終わったら帰るだろうね。海水は置いていくと思うけど』とのことです」

「つまり、このまま待っていれば」

「……街は、津波に呑まれる」

 カイは思わず背後を振り仰いだ。念のため待機している〈満月〉を初めとする「アルカナ」数名の他、〈生命の樹〉のメンバーも何人か有事に備え控えている。彼等の更に向こうに、この世界の人々の暮らす街があった。

 カイのいた世界では考えられなような高層建築。学び舎らしいクリーム色の建物。何に使うのか、ドーム状の建造物もある。

 そして、それらを使っている、その街の人々。

 彼等は、「怪異」のことについて何も知らない。

 『懺悔』のことを認識すらしていないだろう。

 ただ、波が引き続けていることに戦々恐々としながら、何事も無く明日が続いていくのを祈っている。

「……なんとかしないと」

「そう。その前に、燃やす」

 無意識に口から零れた呟きに、思いがけず答えが返った。

 驚いて振り返ると、少年が静かに、ポケットから一本のペンを引き抜いたところだった。

 やたらと真っ赤であること以外は特に目を引くところはないそれを、少年は宙に放り投げる。

 ペンはくるくると空中で回転しながら、赤熱するかの如く光を発し始めた。

 それは輝きながらするすると長く伸びていき、すぐに人の背丈を超えた。

 そのまま伸びていくかと思われたそれは、しかし嘲笑うように途中でぐにゃりと曲がったーー否、「柄」の上端から、「刃」が伸び始めたのだ。

 刃は三日月を描くように、優美かつ残酷な形状を取った。

 再び少年の手に落ちてきたそれは、もはやペンでは無かった。

 少年の背よりも長く、繊細な装飾が施された柄。

 大きく湾曲した、内側から熱を発しているかのような真紅色の刃。

 ーー死神のような、大鎌。

 少年はそれを、その重さを全く感じさせない動作でぐるり、と回した。

 そして軽く片足を引き、その切っ先を砂浜に付くぎりぎりまで下げた。

「……離れてて。燃える」

「わ、わかった」

 その言葉が虚勢でも妄想でも無いことを、カイはよく知っていた。

 彼の炎、その片鱗にでも触れようものなら、()()()()()()()()()()()、ということを。

 カイが十分に離れたことを確認すると、少年は瞑目した。

「ーー〈万象、〉」

 詠唱、とカイは息を呑む。

 つまりーーごく短く纏めているとはいえ、彼が……〈生命の樹〉序列第二位、即ち一人で世界一つを丸ごと潰せるような化け物が詠唱を行った、ということは。

 ーー本当に一切合切、灰にする気だ。

 優美な装飾にしか見えない金細工や宝石が、魔力を受けてその内側に込められた魔法陣を次々と起動させていく。

 大鎌の周囲の空気が揺らめき始め、刃からはちらちらと火の粉が舞い始めた。

「〈燃やし尽くさん〉」

 次の瞬間、ぎりぎりと引き絞られた矢が解き放たれるかのように、真紅の刃が振り抜かれた。

 そして、その斬撃の軌跡をなぞるように、真紅の炎が放たれた。

 その炎は、そびえたつ『懺悔』に比べれば余りにも小さく、余りにも儚い。

 『懺悔』の纏う海水に吸い込まれてあっという間に消えてしまうだろうーー普通なら。

 炎の斬撃は、水の人形(ヒトガタ)に着弾し。

 ーー激しく燃え上がった。

 ごうっ、と獄炎が噴き上がる。

 まるで海水が油に変わったかの如く、『懺悔』は炎に巻かれ始めた。

 ……彼の祈りの姿勢は、『懺悔』を構成していた海水が全て灰と化すまで、崩れなかった。

 やがて、人形を構成する海水を燃やし尽くし、真紅の炎は徐々に勢いをなくしていった。

 その炎の切れ間に、小さな黒点のようなものが浮かんで見えた。

「! ーー〈戦車〉!」

 少年が素早く命じた直後、カイ達の頭上を、白銀の軌跡だけを残して何かが高速で飛んでいった。

 それは狙い違わず黒点に着弾し、謎の物体をぱきん、と凍結させた。

 カイ達の遙か後方で待機していた、特殊な氷の弾丸を操る狙撃手の迅速かつ正確な働きに感謝しつつ、事の次第を〈新月〉にメッセージで報告していると、

「ーーじゃ、僕はもう帰るから」

「えっ帰るんですか!? あの……謎の何かの引き揚げは?」

「それは他のに任せる。そこまで僕がやることではないし。今回は僕の不始末が一因みたいなところあるし、〈新月〉女史には少なからぬ恩もあるから来ただけで、好き好んであんな中二病みたいなことしたいわけじゃないんだよ。あと」

「あと?」

「シンプルに忙しい。休みがほしい」

「……」

 あんまりにも冷淡かつ切実すぎる事情に絶句していると、少年はそれじゃ、と一言残して何処かへと転移魔術で去って行ってしまった。

 思わずカイの師の一人にして怪異対策の専門家でもある〈満月〉に顔を向けると、彼は苦笑いしつつ、それじゃ、俺達で引き揚げと調査しようか、と他の面々にも声をかけ始めた。

 うーす、はーい、と口々に答え、海上の氷塊に足を向ける人々の背を、カイは慌てて追いかけた。



『私はただ、懺悔するだけ』


 気付いたんだろ。この世には懺悔しなきゃならんことが余りにも多すぎるって。

                 ーー〈運命の輪〉


出現頻度 中

脅威度 低


 海上に立ち、手を合わせて祈りを捧げる人の姿をした怪異。通称『懺悔』又は『海坊主』。

 その体は上半身のみ確認されており、水中に下半身は存在しない。

 出現すると周囲の海水を吸い上げながら徐々に巨大化する。その身長は最高で十メートルに達する。

 何もしなくとも出現から一週間以内に消滅する。その間に空路・海路で接近を試みると、空・海が著しく荒れるため、接近しての会話、接触は未だ成功していない。〈運命の輪〉曰く、こちらを認識してはいないとのこと。

 吸い上げた海水は消滅時に返却される。その際、小規模な高波が観測されることもある。

 魔術師以外の人間には、所謂「霊感がある」人間にしか認識できない。

 XXXX年X月XX日、一週間が経過しても消滅しない『懺悔』が発見された。更に通常よりも速いペースで海水を吸い上げ続けており、消滅時の大波が軽視できない規模に達すると推測されたため、〈月〉両名に加え、〈死神〉、〈戦車〉、〈太陽〉、〈女教皇〉らを含む〈生命の樹〉メンバーが現地に赴き『懺悔』の様子を慎重に観察した。

 その結果、海水の吸収スピードの加速、天候の著しい悪化が確認されたうえ、〈運命の輪〉の「暴走状態にある」という旨の読心結果を踏まえ、鎮圧作戦が決行された。

 〈死神〉が海水を全て燃やし尽くした後、『懺悔』の核に当たるであろう箇所に、ミイラ化した人間の遺体が残っているのが発見された。

 遺体は損傷が激しく、〈運命の輪〉の能力でも身元の特定は困難であるとされている。しかし、かろうじて残った衣服の切れ端が、袈裟のようなものであると推測されている。

 〈新月〉は「即身仏みたいなものじゃないかな」と語ったという。


もう少し具体的に 死神

 ←つまり、祈りながら、というよりは謝りながら海中に沈んだんだよ 新月

 ←その末に怪異と化した、と。なんだかやるせないですね カイ

 ←「懺悔が深すぎて怪異になった」or「元々海中にいたおばけちゃんに食べられた」 どっちだと思う? 新月

 ←地獄度上げないでください…… カイ

 ←どっちでも嫌だな…… 満月

 ←俺超ファインプレーでは? 戦車

 ←それは本当にそう 運命

 ←何度でも言うけど、名前端折るな 死神

 ←別に良いだろ、わかるんだから 運命

 ←ワタシは完全に骨折り損なのです。潮風が人形達に悪いのです 女教皇

 ←でもなんだかんだ付き合ってくださって感謝しています 新月

 ←お前のためではないのです。〈魔術師〉に命令されただけなのです 女教皇

 ←これはツンデレのかほり…… 戦車

 ←黙れ。ワタシの人形達にバラバラにされたいのですか? 女教皇

 ←ヒエ…… 戦車

 ←調子に乗るからー 新月

 ←折角かっこよかったのに…… 太陽

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