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置き去りの言葉

その夜、食卓には新鮮な魚とトマトの煮込みが出されていた。


けれど、ミアナはスプーンを持ったままぼんやりしていた。


「ミアナ?」


母の優しい声に、はっと顔を上げる。


「どうしたの? 何か食べにくいものでもあったのかしら?」


「え? いいえ……そんなことないです」


慌ててスプーンを口に運ぶが、味がよくわからない。


「なんか、今日はいつもよりぼーっとしてない?」


アルが隣から覗き込む。


「……今朝、水をかぶったって聞いたのだけれど……」


「ああ、そういえばそんな報告があったな。風邪でも引いたのか?」


心配性のお父様が腕を組んで難しい顔をしている



「……たぶん、大丈夫だと思います」


「バカか」


ふいに、兄のアレンがぶっきらぼうに口を開いた。


「今朝水をかぶって、魔法薬学の教室でさらに冷えたんだろ? 風邪引かないわけがない」


「うっ……」


「鈍感にもほどがある、、まあ、いつものことか」


「ひどい!」


「事実だろ」


呆れたように言いながらも、スープ皿をすっとミアナの前に寄せる。


「食べて温まれ」


いつもツンツンしているけど、こういうところは優しいんだよね


「念のため、魔法薬を飲んでおきなさい」


「ミアナ、今夜は早めに休むといいわ」

お母様が心配そうに促す。


「そうします」


「メリア、後でミアナの部屋に魔法薬を届けてやってくれ」


侯爵が、威厳のある声でメイド長に指示を出す。


「承知いたしました」


---



ベッドに横になり、魔法薬を飲むと、心地よい温もりが体に広がった。

すぐにまぶたが重くなり、意識が深く沈んでいく——。


——夢を見た。


幼い頃の記憶。


家族で街へ出かけたこと。


舞台を見に行って、よくわからずお母様の膝の上で爆睡していたこと。

妖精の生まれる湖で、水面を跳ねる小さな光を追いかけたこと。

アレンとアルとかくれんぼして、見つかるたびに笑い合ったこと。


他愛もないけれど、今まで忘れていたとても幸せな記憶。


目が覚めた時、夢の余韻がまだ残っていた。


(……覚えているうちに、書いておかないと)


ミアナはベッドの脇に置いてある日記帳を手に取り、夢の中の出来事を綴った。


「今日は、10歳頃の記憶を見た——」


忘れたくない、家族との思い出。

何度も繰り返し読み返せるように、丁寧に書き留める。




書き終えた後、ふと過去の日記を読み返したくなった。


(……最近はどんなことを書いていたっけ?)


パラパラとページをめくると、**2週間前の記録** に目が留まった。


そこには——


「エルデ公爵令嬢と話したこと」 が書かれていた。


---



移動教室で誰もいなくなった時、エルデ公爵令嬢が話しかけてきた。


「ミアナ様はアルノイド様の家族であっても、養子なのだからもう少し距離感を考えてくださいませ。

婚約者でもない殿方と、必要以上に距離を近づけるのは淑女としていかがなものかしら?

それに、いつも迷惑をかけていらっしゃるのでしょう?アルノイド様が気の毒ですわ。

いい加減、アルノイド様を開放なさってはいかがです?」


(……開放……?)


「それは……」


アルに迷惑をかけているのは事実だ。

私が忘れっぽいせいで、いつもアルが助けてくれる。

そばにいればいるほど、アルに頼ってしまう。


「ですから、あなた達が二人きりにならないよう、わたくしも昼食の時ご一緒するのがよいかと考えたのです。

お友達との交流もありますので2週間後などはいかがかしら?」


「……アルに聞いてみます」


そう言って、その場を後にしたのだった。


---




「アルに聞いてみる」と日記には書いてあった。



今日、エルデ様が食堂で話しかけてきた時の彼女の表情を思い出す。

私が何も覚えていないことに、あからさまに眉をひそめていた。

 

アルも不思議そうだった


(相談すると言ったのに、結局してなかった……)



ミアナは、ゆっくりと日記を閉じた。


(……そりゃあ、エルデ様からすれば不誠実に見えるよね)


(相談すると言ったのに、アルは何も知らないままだったんだから)


そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。


「……明日、アルに相談しよう」


指輪をなぞると、ほんのりと温かい感触が伝わってくる。


(大丈夫、大丈夫、いつかはアルと離れなきゃいけなくなるんだから)


そう自分に言い聞かせながら、ミアナは目を閉じた。

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