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70. 【番外編】 王太子の初恋 10/11

 迎えに来たのはルディではなく、ソールだった。

 いつもと違う姿を見せたいと思っていたはずなのに、そのことになぜかほっとした。


 ルディはドニとの会話を聞いていない。

 ルディに会って、どんな顔で何を話したらいいのか、わからなくなっている。

「ルディでなくて申し訳ありません。社会見学の予定が流れたので、彼は今日は別の業務についているんです」

 メルクーリ家の紋付きの広い馬車の中、見透かしたように、向かいに座るソールが穏やかな笑みで言う。


「社会見学だけど、もう、終わりにしようかなと思って。ルディにも、だいぶ負担をかけてしまっていたわよね」

 弱々しく笑うパメラに、ソールは小さく首をかしげた。

「負担はかかっていないと思いますよ? 何しろあいつは、誰にも一度もパメラ様の案内役を譲っていない」

「え」

 それは。

 うっかり期待してしまいそうになるのを、何とか抑制する。


「あなた方は、ちゃんと話をするべきです。まあ、責任の一端は私にもありますが・・」

 ソールの声はだんだん小さくなって、後半の言葉は聞き取ることができなかった。

「最後何て言ったの?」

 少し前のめりになって聞き取ろうとするパメラに、ソールはいつも通りの笑みで言った。

「着きましたよ」



 通されたのは、謁見の間のような広間ではなく、王宮としてはむしろ小さめの、でも居心地のいい応接室だった。

 クッションの効いたふかりとしたソファに座るよう勧められ、低いテーブルの上、目の前にずらりと並ぶ一口サイズの様々な種類の焼き菓子に、困惑する。

 確かに王太子から来たのは謁見ではなく面会の要請だが、今まで国交もなかったような小国(キロス)の王族の初対面が、これで大丈夫なのだろうか。


 ゆっくりと2回、落ち着いたノックの音がした。

 パメラはさらに困惑した。

(ノックで入ってくるの? 王太子殿下が?)

 だが考えてみれば、ここは閉じられた応接室。そうなるのは当然と言えば当然だった。

 どうしていいかわからずに、パメラは立ち上がった。

 戸口に控えていた侍女が、ドアを開ける。


「!」


 ルディがいた。

 『社会見学』の時のようにかつらをかぶっていない、初めて会った時の髪色の、見たことのない、正装をしたルディが。

 パメラは驚きすぎて固まった。声も出ない。

「すまないが、お茶を頼むよ」

 ルディが侍女に声をかけると、侍女は一礼をして、わずかにドアを開けたまま退室した。


 立ち尽くして凝視しているパメラに、ルディは困ったように小さく笑って、キロスの男性がする最高礼をとった。

「ようこそ、パメラ・キロス王女。カレンド国王の異母弟(おとうと)にあたります、ルドヴィーク・カレンドです」

 片膝をついて顔を伏せたまま、ルディは、いやルドヴィークは名乗った。

 王太子ですとは言わなかったが、パメラはもちろん国王の異母弟が、『ルドヴィーク』が、現王太子であることを知っている。


 少し意識が飛んでいたパメラは、ふと我に返った。

「あ、頭を上げてください、王太子殿下」

 言って、いまだ礼の姿勢をとっているルドヴィークに歩み寄る。

 キロスの男性がとる最高礼を、パメラはとられたことがない。パメラは王女(おんな)だからだ。

 その初めての男性がまさか、ルディ、いやカレンドの王太子殿下だなんて。


「もし許されるなら、どうかルディと呼んでいただきたい」

 ルドヴィークは、片膝をついたままパメラを見上げた。

 真摯な瞳に、パメラは呑まれそうになる。

「ど・・・して」

 喉に何かが詰まっているような感覚。うまく声が出ず、かすれた。

「もうすぐお茶がくる。話をしましょう」

 ルドヴィークは立ち上がって、パメラをソファまでエスコートした。



 言葉を崩しましょう、ルドヴィークは言い置いて。

「最初は、ユリエ・バラーシュ嬢がきっかけだった」

 淹れられた茶を一口飲んでから、そう切り出した。

「ソールは俺の学院時代からの友人です。その彼の婚約者、その時点ではまだバラーシュ会長に許しをもらっていなかったから婚約者予定、か、バラーシュ嬢と話す機会がありました。パメラ王女の話が出て、俺はぜひ会ってみたいと思った。だから、キロスの国内事情を鑑みて、パメラ王女に国外脱出してもらえるよう、みんなの協力を仰いだんです」

 パメラは開いた口を急いで閉じた。

 つまり、最初の最初からルドヴィークがからんでいたことになる。というより、むしろ発端がルドヴィークということだ。


「でもそれを言ってしまうと、最初から俺の婚約者候補としてカレンドに来る話になってしまう。パメラ王女の選択肢を狭めることになることを危惧して、ソールが俺の存在を伏せました。バラーシュ嬢にも、最初はあくまでもお友達として接触しろと釘をさされていたのもあって」

(ユリエ・・・)

 王太子殿下に釘をさすって。

「最初はいたずら心で、一目見るだけでもいいと思ってルディに扮しました。でもルディとしてあなたと接して、その後ルドヴィーク(王族)として会ってしまったら、ルディの時に見せてくれた顔はもう見せてもらえなくなるだろうと思った」


 じゃあ、カレンド側の人間は、みんな知っていたのだ。

 パメラだけが、知らず。

 悔しいような、怒りのようなもやもやした感情が湧き上がる。

「それでも、言ってくれれば」

 パメラの少しすねたような声に、ルドヴィークは苦笑した。

「あなたは最初の状況確認のお茶会で、『学院卒業後は王族を離籍する』と宣言した。俺は王族だ。もろもろの諸事情で、王太子をおりることも今は許されない。王族を忌み嫌うあなたに、何と言えば?」


 言い出せなくしたのは、パメラ(自分)だ。

 何も王族を忌み嫌っていたわけではない。王族として中途半端な自分に、嫌気がさしていただけだ。

 けれどあの言葉を聞いたら、そう聞こえてしまっても仕方がない。

 この状況を作り上げたのは、自分自身かもしれない。


 パメラはすっきりとまではいかなくとも、もやもやした感情が少しずつ薄れていくのを感じた。

「でも殿下・・・ルディは、私を社会見学に連れて行ってくれたわ。どうして?」

 ルディ、と呼んだ時に、ルドヴィークの瞳が少し和らいだ。

「一つは、純粋に楽しかったから。俺は王太子になるはずじゃなかったスペアの王族だから、街歩きには慣れているんだ、あのルディの恰好でね。そこを二人で歩くのは、楽しかった。パメラ王女もそうだといいのだが」

「私も楽しかった。いつも楽しみだったわ」

 思わずのように言ったパメラに、ルドヴィークは緩やかな『ルディ』の笑みを返した。


「あと一つは、パメラ王女が王族でなくなったとして、ここで一人の女性として生きていくことができるように。いろいろなものを見聞き知ることは、あらゆる面で糧になる」

 ルドヴィークは。いやルディは。

 パメラの人生を、いつも尊重してくれていた。一人でも、王族でなくなっても、少しでも楽にここで暮らしていけるようにと、考えてくれていたのだ、と。

 実感して、目の奥が熱くなった。

 

 最初に言ってくれたのは、『ルディ』だった。

『あなたが背負うものは何もない。楽しんでください』

 目の前にいるこの人も、王太子ではなく、ルディだ。


「あの時、博物館で護衛についていたのはソールでした。だから俺も、あなたとドニ・ブノワがしていた会話の内容を知っている」 

 淡々と言うルドヴィークの言葉に、パメラははっと顔を上げた。

 ルドヴィークと目が合う。


「俺は王族で、王太子だ。そこは曲げられない。こんな言い方は卑怯だとわかっている。あなたの自由の幅を、また狭めてしまうことになることもわかっている。でも一度だけ、チャンスが欲しい。俺の妃として、キロスではなくカレンドの王族として、俺と生きていく選択も、考えてみてはもらえないだろうか。返事は、あなたが学院を卒業するまでは待てる」


『私は王族である自分を忌み嫌っている。その私が、王族と婚姻を結ぶわけがない』


 ルドヴィークは、パメラがドニに言ったこの言葉を、ソール経由で知っているのだと言った。

 知っていてなお。

 そしてそれは命令ではなく、選択肢の一つに入れてほしい、という願い。

 パメラが、あくまでも自分の意志で選んでいいのだと。

 

「閉鎖された小国の王女だと、あなたが侮られることになるかもしれない」

 パメラの言葉に、ルドヴィークは即答で返した。

「俺はスペアのスペアだ。これ以上侮られることなどない。だがそれによってあなたが傷つくような事態は望まない。少しでもそんな動きが見られたら、対処しよう」

 対処。どう対処するのか、真顔のルドヴィークには怖くて聞けない。


「父が、私を盾に難癖をつけようとするかもしれない」

 ドニは『ここの王太子を陥落しろ』と言っていた。それは取りも直さず父王の言葉だ。

 カレンド(大国)にものが言いやすくなるように、そう仕向けたのだろう。

 その(くさび)には、なりたくない。


「織り込み済みだ。ある程度までの譲歩は考えているが、どうしても()()()が過ぎる場合は、うちには優秀な外交官(ソール)がいる」

 その言い方に、パメラはふっと笑った。

「優秀なルディではなくて?」

「ルディはキロス語が話せないからな。いずれ習得したいとは思っているが」

 つられたように笑うルドヴィークは、ルディの顔をしていた。


「慣習や文化が異なることはもとより、カレンドの貴族と派閥に対しての知識が圧倒的に足りないわ。私ではあなたの足を引っ張ることになるかもしれない」

「あなたが前向きにこのことを考えてくれるのなら、伝手はある。学院にいる間に学ぶ機会は準備できる。ただ、その、パメラ王女」

 ルドヴィークは少し顔を赤くして、片手で口を覆った。


「はい?」

 その反応の意味がわからずに、パメラは首をかしげた。

「俺には、その、ものすごく前向きに見えて、期待してしまうんだが」

 ああ。確かに。

 パメラは自分でも自覚をしていなかったことに、少し可笑しくなった。


 大切なのは、王族から離れることではない。

 自分がどう生きていきたいか、だ。そのために、王族の離籍が必要だっただけ。

 王族であり続けることで、確かに今得た自由はまた制限されることになるだろう。

 でも、それより優先されるものを、もう見つけてしまった。

 しかも、それを選んでもいいのだと、言ってもらった。

 選んでも、いいのだ。

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