68. 【番外編】 王太子の初恋 8/11
誤字報告、修正いたしました。
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ルドヴィークとパメラの前に立ちはだかったドニは、ルドヴィークを見て鋭く目を細めた。
「この国では、外交官は他国の王女と2人きりでこんなに親密に案内を行うのですか」
今度は、ルドヴィークに向けての大陸語だった。
ソールは出ていこうとする近衛を目で制した。
ルドヴィークにもドニのことは話してある。近衛が出てしまえば、パメラに『ルディ』の素性がばれてしまう。
よほどの非常時、身に危険が及ぶ事態でなければ出てくるなと命じられている。
やっぱり、来たか。
ソール的には張ってすぐに来てくれたのでありがたい。毎回親友のデートに付き添うのはさすがに気まずい。
「一般人として、この国のいろいろなものを見たいと願ったのは私です」
パメラが一歩前に踏み出して、ルディをかばうように立った。
『こんな公の場で、王女だ外交官だと、私の身を危険にさらしているのはあなたの方です。控えなさい』
続けてパメラはキロス語で言った。
ソールには聞き取れるが、ルドヴィークにももう一人の近衛にも、聞き取ることはできない。
パメラは、『ルディ』は外交官だがキロス語は話せないことを知っている。
ドニは王女を前にして、苦言を呈されても片眉を上げただけだった。
キロスの男は、王族の女性にすらこんな態度か。ソールに怒りが湧き上がるが、それはルドヴィークも同じ。厳しい顔をしてドニを見ている。
ドニもキロス語で話し始めた。
『あなたが何のためにここに来ているのか、思い出してください』
パメラはわずかに首をかしげて見せた。
『何のために? この国を、外の世界を知るためです。思い出す必要なんてありません。今も、その最中です』
パメラの言葉に、ドニは小馬鹿にしたような笑いをふっともらした。
『国で居場所をなくしたあなたが、王女として国のためにできることは、ここの王太子を陥落することじゃないですか。帰ってくるつもりもないくせに、勉強をしたとて、国のためにはなりませんよ』
言い含めるように区切りながらゆっくりと、ドニが言葉を紡ぐ。
ぽたぽたと毒をしみこませられるような物言いに、ソールは大丈夫かとパメラを見た。
後ろ姿で顔は見えないが、小さく後退るのがわかった。
が、パメラはうつむきがちになっていた顔を上げて、ドニを見た。
『あなたにそのようなことを言われる筋合いはありません。もう一度言います、控えなさい。私に対してはまだしも、王太子殿下に対しても不敬です。あなたも言ったでしょう、私には帰国する意志はありません。私は王族である自分を忌み嫌っている。その私が、王族と婚姻を結ぶわけがない』
『その男にたぶらかされましたか』
半笑いのような顔で言うドニに、パメラは思わずのように叫んだ。
『控えなさい!』
ドニはすっと表情をなくして、小さく告げた。
『私とリオン様は、あなたが目的を果たせなかった場合、国に連れ帰ることを命じられています』
『私は帰らないわ』
『連れ帰りますよ、無理やりにでも』
ドニは無表情のまま淡々と言う。
『国に居場所のない私はもう不要なのでは?』
冷たく切り返すパメラに、ドニは小さく息をついた。
『あなたは王女です。子は産まなくとも、交渉が得意なのでしょう。その才能を活かせばいい。男のように』
痛烈な皮肉だった。
キロスでは女性の人権が軽視される。女とはいえ王族に生まれたのだから、子を為せないならせいぜい国の役に立って働け、男と同等にはならないが。
ソールには、そう聞こえた。
おそらく、パメラにもそう聞こえただろう。
怒りにか、ショックにか、パメラの体が小刻みに震えている。
『私はお前たちの言いなりにはならない。去れ、今すぐ』
パメラは硬い口調で命じた。ソールはパメラがこんなきつい口調で話すのを初めて聞いた。
ドニは王族とはいえ女性と侮る相手に命令されて、気分を害したようだった。
『何を』
言いさしたドニの言葉を、パメラは遮った。
『第二王女パメラ・キロスの名において命じる。去れ、今すぐに』
ドニははっとしたように目を見開いて、少し顔をしかめたものの、その場を立ち去った。
「パメラ様」
ドニが立ち去った後も動けずに立ち尽くすパメラに、ルドヴィークが静かに声をかけた。
数秒の間を置いて、パメラは振り返って苦笑した。
「ごめんなさいルディ。今日はもう、帰りたい」
今にも泣きそうな笑い方だった。
ルドヴィークは何かに耐えるように目を閉じて、ゆっくりと開いた。
「お守りできず、申し訳ありません。お送りします」
同じ日の昼過ぎ。つまりほぼ直後と言っていい。
ルドヴィークの私室。
ソールが、あの時キロス語で行われた会話の訳を話し終えると、部屋はしんと静まった。
ソールは向かいのソファでうなだれるルドヴィークを見つめた。
パメラを送った後、私室に直行したルドヴィークはそれからずっと、無表情だ。
ソールの隣には、ミハイルが座っている。
ソールは途中で、メルクーリ公爵との仕事の兼ね合いでたまたま王宮に来ていたミハイルを見かけて、有無を言わさずこの私室に引っ張りこんだ。
この空気に耐えられる自信がなかったことと、第三者の視点が欲しかったからだ。
「何で俺が今ここに連れてこられたのかは置いておいて、ルドヴィーク様」
重い空気をものともせずに口を開いてくれたのは、やはりミハイルだった。頼りになる。
「何だ」
わずかに顔を上げたルドヴィークに、ミハイルはこてりと首をかしげた。
「他の奴にとられそう、とかならまだわかりますけど、俺のライバル俺、みたいな状況を自ら構築して、いったい誰と戦ってるんです?」
それで一体何が問題なの? と、ミハイルは聞いている。
確かに、言われてみればそうだ。
ソールも、ルドヴィークと同じくドニの毒に冒されていたらしい。
「『王族と婚姻を結ぶわけがない』と言われたんだぞ?」
いまだ解毒されていないルドヴィークに、ミハイルは肩をすくめた。
「俺なんて、最初シアに『この婚約ムリ』って言われましたけど」
ソールは本気で驚いた。確かに、宵の明星亭での家族会議では『招待されたお茶会で婚約解消を申し出る』と言っていたが、あのアルティミシアが、そんなことを?
本当は『この婚約には無理があります』なのだが、それを指摘できるエレンは今王宮の別の場所で情報収集中だ。
「俺はお前ほど強くない」
ルドヴィークがつぶやく。
「ヘタレ発言を真顔で言うのやめてください。いや俺も、心折れましたよ、一度は。でも、それで諦められますか? 婚約誓約書の有無は関係なしに、俺は諦められなかった。やれること全部やって、それでもシアが嫌だというなら諦めたかもしれませんが、いや諦められないな。ただ俺の場合は幸運なことに、シアが俺の方を向いてくれた。でもあなたはまだ何もしてないでしょう、ルドヴィーク様」
心が折れたのか・・。折れるよな・・。
ソールは義弟 (いやまだだが) が、諦めずに頑張ってくれたことに感謝した。
ソールも一度はユリエにお断りされている。しかもソールの場合は、打てば響くような即答でのお断りだった。
想定はしていたから撃沈はしなかったが、心は瀕死状態だった。言葉を尽くしてやっと了承をもらえた時は、内心で、ではあるが、年甲斐もなく浮かれた。
こんな思いを、ルドヴィークはまだしていない。
ミハイルの言うことはもっともだ。ルディはともかく、ルドヴィークとしては、まだパメラに会ってすらいない。
「ルドヴィークとして、パメラ様と話す機会を作ろう。ちゃんと話をするんだ。それでもダメなら俺が骨を拾ってやる」
ソールの言葉に、ルドヴィークは感動したようにソールを見つめた。
それを見たミハイルは、呆れたように息をついた。
「いや義兄上に骨拾わすのやめてくださいね? 俺が説教たれるのも違うと思いますけど、ちゃんと言葉にしないと伝わりませんから。全部伝えて、パメラ王女がそれでも王族がいやだっていうなら、その時は」
「その時は俺、王太子やめてもいいか?」
ミハイルの言葉を引き取って言ったルドヴィークを、
「いいわけないでしょう」
「いいわけあるか」
ミハイルとソールが同時に封じた。
「冷たいなお前ら」
すねたように言うルドヴィークを、ミハイルはばっさりと斬り捨てた。
「冗談に聞こえないんですよ」
まったくだ。ソールはミハイルに同意した。マリクやラウラほどでなくていいから、少しは執着心を持ってほしい。
立太子した以上、その任期が長いか短いかはわからないが、王位には就くことになるのだから。
少し緩んだ空気をソールは咳払いで元に戻した。
「とにかく。次の休息日に向けてパメラ様に面談の調整をかける。ルドも空けておいてくれ。ドニ・ブノワに関しては」
「それはこっちで引き受けますよ、義兄上。事が落ち着くまでは、ちょっとおとなしくしておいてもらいましょう」
ミハイルが頼もしすぎる。ソールは妹ズのくくりにミハイルを入れたくなった。
「ありがとうミハイル。エレンにもよろしく伝えてくれるかな」
「もちろんです。じゃ、応援してますよ、ルドヴィーク様」
ミハイルは爽やかに笑んで、用は済んだ、とばかりに退室した。
「最近あいつが犬に見えるんだ・・」
ルドヴィークが何を言っているのかはちょっとよくわからなかったが、日程調整がてら、ユリエに今パメラがどんな様子なのかをリサーチをする必要もあるだろう。あとは・・・
ソールはあっさり聞き流して、頭をフル回転させていた。
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