67. 【番外編】 王太子の初恋 7/11
パメラとリオン、ドニが留学してきて半年が経った。
学生2人が授業を受けている間に、リオンの側近ドニは何をしているのか。
ドニについては、近衛が常に監視についている。
ソールはルドヴィーク付きの近衛騎士団長ボリスから、定期的に団長室で報告を受けていた。
「最近、パメラ王女の動向を探っているようですね」
来訪してからずっと、この国の文化を知ることや経済について調べることに重きを置いていたようだが、ここにきて違う動きが出てきた。
「動向?」
ソールの聞き返しに、ボリスは小さくうなずいた。
「私どもと同様、パメラ王女が学院にいる間とバラーシュの社員寮にいる間はまず手が出せない。そういう意味で、最初は泳がせても大丈夫だと判断していたんでしょう。だが最近、たかだか伯爵家次男の悪い虫が、休息日に王女の周りをちょろちょろし始めた。平日は今まで通りカレンドの事情を探ったり裏をのぞき込んでいたりしていたようですが、最近は『ルディ』のことに関しても調べ始めたようです」
やはりドニは、何らかの王の指令を受けてここに来ている、ということか。
「一応『ルディ』の身元は流してあるんだな?」
ルドヴィークがルディ・レンドルを名乗ってから、早急に偽身元情報を近衛サイドで作り上げた。表には出ないが、調べられてもそれらしい言い訳になる程度ではあるが。
「はい、エレン・ウィーバーが動いたようです。ドニ・ブノワが雇った情報屋から、奴が何を知りたがっているか、また奴にどういう情報を流しているかが今こちらに筒抜けになっています」
「礼を言っておくよ。ミハイルにも、エレンにも」
ソールは瞳を和ませた。
情報屋を買収する金も動いているはずだ。そもそもエレンの独断ではあり得ない。
こちらから何も依頼していないのに、動いてくれた。貴族社会においては考えられないことだ。
ボリスはうなずいて、感心したように言った。
「こういうのは従来ルドルフ・ウィーバーが得意とするところですが、さすがですね、ウィーバー家」
ルドルフ・ウィーバーはエレンの父で、現メルクーリ公爵マヌエルの側近兼影だ。
ウィーバー家は、いわゆる裏の『名家』だ。
情報操作が得意なルドルフに対し、エレンは『国内最強』が先に立っていたが、こういうこともさらっとやってのける地力があるということだ。
うらやましい。ミハイルが。
ソールは主君であり親友でもあるルドヴィークを思う。
ルドヴィークには、王族でありながら側近も影も付けられなかった。
様々な事情と思惑が絡み合ってのことだったが、王太子となった今、それは確かな弊害となっている。
ソールは政治的な意味での側近にはなり得ない。またエレンのような影の動きもできなければ、伝手もない。
ルドヴィークが内々に作った裏組織は存在するが、少数精鋭でまだ若く、王宮では重鎮としての力も数の暴力も使えない。
メルクーリ家がルドヴィーク支援を表明してくれていることがせめてもの救いだが、まだまだ味方は少ない。
現国王陛下には健康上の理由などがない限りは在位してもらう予定ではいるが、ルドヴィークが王位につくまでにどれだけの力を蓄えられるか。
ルドヴィークの口癖は、何も怠惰からきているわけではない。
なぜか、王家の『面倒なことはたいてい俺に来ることになってるんだよ』。
「おそらく近いうち、ドニ・ブノワはパメラ様に接触をはかるだろう。それまでは、俺も『休息日』につく。人員の調整を頼む」
ソールの言葉に、ボリスはうなずいた。
「承知しました」
ただでさえ歩みにくいルドヴィークの道の行く手を阻む者を、野放しにしてはおけない。
今日の『休息日』は、国定公園の中にある博物館に行くことになっている。
ソールは髪を整えず、商談に行く時にするような恰好をして、もう一人ついている近衛と離れて、気配を消して2人についていた。
「すごいわルディ。千年前のものがまだここに保管されているなんて」
ルドヴィークとパメラは、千年前勇者アトラスが抜いたという『聖剣の刺さっていた岩』の前にいる。
ソールがアルティミシアに聞いたところによると、この岩は本物らしい。
らしい、というのは、「抜けたことに驚いて、そんなに岩自体をよく見てはいなかったけれど、たぶんこんな感じの岩だった」くらいの記憶しか、アトラスが持ち合わせていなかったからだ。
「勇者一行の魔王討伐の話は、キロスでも有名ですか?」
ルディの問いに、パメラは大きくうなずいた。
「もちろん。一行の誰もキロス出身ではないけれど、世界で起こった一番大きな出来事よ。世界中の誰もが知っている話だわ」
興奮気味に話すパメラの言葉に、ソールは若干微妙な気持ちになる。
あなたのご学友、その転生者です。記憶もあります。聖剣もたまに出してます。
あともう一人、あなたのご学友、メイス出してます。私の命の恩人です。
ルドヴィークと晴れて成婚となればそういう事情も明かせるだろうが、当然その話を今することはできない。
「勇者アトラスは羊飼いだったそうですよ」
何かのついでのようにさらっと言うルドヴィークに、岩を見つめていたパメラはばっと向き直った。
「そうなの? そんなことまでわかっているの? さすがカレンドね。そんなのキロスのどの文献にも載っていなかったわ!」
こらこら。
ソールは『ルディ』の小ネタに苦笑した。
それはそうだろう。世界のどの文献にもおそらく残されていない。
アルティミシア情報だ。
アトラスが勇者と認定されてから、『異形の子』として育った不遇な時代のことは村の人々によってもみ消されたらしい。いつのまにかアトラスは、イオエルとともに『村の英雄』として、文献に残された。
「本当に物知りね、ルディ」
「雑学ですけどね」
次の展示物に移動する2人を、ソールは微笑ましく見守る。
ソールが2人の『社会見学』に護衛としてついたのは、初回以来だ。
あれから何度となく会っているせいか、初回に見た時よりも、2人はずっと打ち解けて見える。
あんな柔らかい顔で笑う親友を、久しぶりに見た。
パメラも、相変わらずのサリアの手腕によりきれいというより愛らしい仕上がりになっているが、それを差し引いても、屈託なく笑うその姿は素が出ているように見える。
「でも、仕事とはいえ私に付き合わせてばかりだと、婚約者の方にも申し訳ないわね」
パメラの一言に、ルドヴィークは立ち止まった。そのまま歩いていたパメラも、ついてこないルドヴィークに気付いて立ち止まる。
「どうしたの?」
振り返って、ルドヴィークが立っているところまで戻るパメラを、ルドヴィークは見つめた。
「私に婚約者は、いませんよ?」
いつも穏やかに話すルドヴィークの、わずかに冷えた静かな声に、パメラは少しうろたえた。
「そ、そうなの? ごめんなさい。こんなに女性の扱いもうまくて、博識で、年齢的にもてっきりお相手がいらっしゃるのかと」
ルドヴィークは困ったように微笑んだ。
「女性の扱いがうまいように見えましたか?」
「ええ。だって私はこの『社会見学』が毎回楽しみで仕方がないの。だから、困ってる」
「困ってる?」
怪訝な顔をするルドヴィークに、パメラは顔を赤らめて視線を逸らした。
「だ、だって」
『いけませんよ、パメラ王女殿下』
キロス語でパメラの声をさえぎったのは、2人が歩いていた通路の先から出てきた、ドニだった。