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66. 【番外編】 王太子の初恋 6/11

 パメラは次の週末、メルクーリ家本邸にお邪魔した。

 アルティミシアの侍女サリアに、街娘の恰好、髪型をそれらしく整えてもらい、「街歩き」に臨む。


 テオドル(バラーシュ会長)と外遊もしたが、あれはあくまでもテオドルの商談先についていく形の「社会見学」だった。

 あれはあれで、普通は見ることのできない世界をたくさん見せてもらうことができて幸せだったが、庶民が暮らす生活の場を見せてもらうのはこれが初めてだ。心が躍る。


 サリアは腕がいい。化粧はキロス風のくっきりした感じではなく、優しくてやわらかくて、自然な感じがする。カレンド風なのかと言えばそうではなく、いわゆる街娘風、なのだろう。

 アルティミシアに施されている化粧ともまた、全然違う。


 それは、今着せてもらったシンプルだがラインのきれいなワンピースに、とてもよく似合っている。緩く編みこんで流した髪も、普段の自分とは随分印象が違って見えた。


「すごいわ」

 感嘆の声をあげると、

「おそれいります」

 サリアが一礼した。

「いつもと印象が違って、これもまたかわいらしいですね。きっとびっくりしますよ、ルディさん」

 嬉しそうに笑うアルティミシアこそ、まばゆいほどに美しい。


「アルティは今日一緒に来ることはできないの?」

 ユリエとレギーナは用事があるのだと言っていた。アルティミシアは今ここで準備に手を貸してくれているのだから、空いていそうなものだが。


「私、髪も瞳も珍しい色をしていますから。髪をすべて隠すのは街にいて逆に不自然ですし、瞳の色は隠せませんし、人目をひくからついていったらお2人が変装する意味がなくなるらしくて。ミハイルに止められているんです」

「・・・そうかもしれないわね」

 パメラは瞬時に納得した。この笑顔が隣にあったら、すれ違う人すれ違う人が足を止めて見ることだろう。


 髪や瞳の色の問題ではもはやないと思うが、ミハイルは、それをアルティミシアに認識させたくはないのだろう。ミハイルの場合、彼女が周囲の視線にさらされるだけでもきっと『気に食わない』。自分が同伴できないなら、なおさら。


 公爵家には珍しく、ミハイルの一目惚れだというだけで、政略も派閥も吹っ飛ばして婚約が決まったと聞いている。

 凄まじい話だと思うと同時に、うらやましくもある。ただ、ミハイルとアルティミシアのどちらにうらやましいと感じているのかは、パメラ自身わからなかった。


「では、お気を付けて行ってらっしゃいませ。楽しんできてくださいね」

 アルティミシアの笑顔とサリアの一礼に見送られて、パメラは迎えに来たルディのエスコートを受けて、紋なしの小さな馬車に乗り込んだ。


「いつもの雰囲気と違って、今日もとてもよくお似合いです」

 狭い馬車の向かいに座るルディに微笑みかけられて、パメラは笑った。

 カレンドの貴族は、息を吸うように女性を褒める。

 わかっている。これは社交辞令だ。

 それでも、いつもと違う今日の自分の姿を気に入っている。嬉しくないはずはなかった。


「ありがとう。私もびっくりしたのよ。確かにこれは変装ね。すごく楽しい。ルディは本物の変装ね? かつらまでかぶってくるなんて」

 ルディは知らなければそれが地毛だと思えてしまうくらい、自然にかつらをかぶっていた。髪の色も髪型も違うから、ぱっと見ではすぐルディと気付けないほどの仕上がり。


「ソー・・・、そうでしょう。私も職業柄、市井ではこの恰好で、調査をしているもので。こちらの方が都合がいいのです」

「ルディも貴族ですものね」

 初対面の挨拶の時に、ルディは伯爵家の次男だと言っていた。

「・・・そうですね」

 ルディは一瞬目を伏せたが、また緩やかな笑顔に戻った。馬車が少し揺れたから、そのせいかもしれなかった。


 市場は、農産物と海産物の生鮮エリアと、日用品、工芸品エリアに分かれていた。

 まずは生鮮エリアを通る。

 見たことのない魚、変わった野菜、活気のある喧騒と、くせのあるにおいにすら感動する。


 ルディは貴族だがここにはよく来ているのか、やりとりに慣れていた。さらっとカットフルーツを買って、パメラに小さな木のカップを渡してくれる。

 使い古された木のカップの中に入ったフルーツは1種類ではなく、日を反射して色とりどりに光っていて、食べるのがもったいないほどだ。


「ルディは?」

「私はこの市場で何度も食べています。お渡ししたのはその中でも私の気に入りです。ぜひあなたにお試しいただきたい」

「い、いいの、本当に。このまま食べても」

 食べ歩きというものをしてみたい、と願ったのはパメラだ。だが、どうしても勇気が出ない。


「ほら、あそこの人も」

 ルディが目を向けた先をパメラも追うと、確かに恋人らしい2人が、楽しそうに笑って寄り添い歩きながら、同じ木のカップのカットフルーツを食べている。


 果物を売っている店はたくさんあったが、使う容器は統一されているようだ。

 立ったまま食べ物を持つことに慣れないパメラは手元が揺れてしまうため、つい歩みを止めた。

「ああ」

 言って、ルディがパメラに合わせて立ち止まる。


「歩きながらでないと、食べてはいけない?」

 食べ歩きは止まらず歩いて食え、ということだろうか、と思って聞いたら、ルディは思わずのように笑って首を横に振った。

「いえ、念のためにお毒見を、と思いまして」


 ルディは素手でパメラのカップの果物を1つ摘んで、そのままぱくりと口に放り込んだ。

 パメラはあまりの行儀悪さと、その躊躇のなさに驚いた。行儀が悪いのに、所作がきれいなせいか、全然嫌悪感が湧かない自分にも驚いた。


「ん、おいしいですよ。安心してお召し上がりください」

 悪気なく微笑むルディに、パメラは笑ってしまった。毒味ではない。つまみ食いだ。

 こんな行儀悪いのが隣にいるのだ。やろう、食べ歩き。


 パメラは再び歩き始めた。

 おそるおそる木の串で1つ刺す。口に入れる直前に香る、甘い香り。ぱくりと食べると、思ったより多い果汁が口の中に溢れる。まるで絞った果汁を閉じ込めたかのような瑞々しさだ。


「おいしい・・・!」

 思わず上げた声に、ルディは嬉しそうに微笑んだ。

「それは私も気に入っている果物で、フライヤといいます。カレンドでは一般的な果物ですよ」

「これは? これは?」

 食べながらパメラがする質問攻めに、ルディは淀むことなくすべてに答えてくれた。

 ルディは博識だ。


「食べ終わった器は近くの店に渡します。そうすると10ギルが返ってくる。木の串は設置されているゴミ箱に捨てていい」

 そう言って、ルディはパメラが食べた後の空の器を引き取って、すぐそばにあった肉を売っている主人に手渡した。


 うまい生ハムを試食しないか、と誘う言葉を、ルディは笑って「お腹いっぱいだよ、でもありがとう」と返した。

「どのお店でもいいの?」

「はい。生鮮エリアの店なら、どこでも」

「とてもうまくできているわね」

 木の器は洗って使い回せるし、木の器を使わない店でもこうやって器の返却のために生鮮の店に立ち寄れば、その予定がなかった客にも商品を紹介できる。


「楽しい!」

 新しいものを見聞きするのも、知らないことを知れるのも。

 キロスにはない柔らかな日差しの下、雑多な人込みをぬって、食べ歩きをするのも。

 こうやって、ルディと歩くのも。


 おそらく警護はついているのだろうが、そうとわかる者は視界にいない。

 男性と2人きり、もっと緊張するかと思っていたのに、ルディと一緒に歩くのは、ただただ楽しい。

 それはルディが、パメラに緊張も怯えも感じさせないように振る舞ってくれているからだ。

 その気遣いが、嬉しかった。


 休息日のたびに、とまではさすがにいかなかったが、パメラは度々ルディに『社会見学』をさせてもらった。

 社会見学も楽しいが、ルディに会えることがパメラには楽しみになった。


 ルディがパメラにとって特別な人に、ならないわけがなかった。

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