64. 【番外編】 王太子の初恋 4/11
現時点で話数増えました・・(予定8→11)
たぶんこれで確定です
パメラが学院生活を始めてから1週間。
今日は初めての休息日の昼下がり。
ルドヴィークは王都にある人気だというカフェの、一番大きな個室にいた。
王宮の応接間のような広さも高級感もないが、居心地のいい乙女空間だ。
「どうしてこうなった」
つぶやいたルドヴィークに、窓の外などの警備上の確認をしていたミハイルは手を止めた。
「ルディが、王都の一般住宅を留学先の仮住まいにしている王女を王宮に呼び出すわけにはいかないでしょう。会おうとしたらこうなりますよね?」
「こうなるな」
傍らにいたソールもうなずいた。
授業がある日はパメラはもちろん学院に行っている。
放課後会おうとしても、バラーシュ商会の社員寮には鉄壁の守りがあるため、『ルディ』として会うのは難しい。
かといってルドヴィークとして会ってしまえば、それだけで壁ができるような気がした。
初めてパメラに会った時、その所作の美しさと、紡がれる丁寧な言葉に心惹かれた。
案内中にルディとして会話を交わした時、向けられた素の笑顔は目に焼き付いた。
ソールが「ソール」と呼ばれ、気安い会話をしているのを見て、うらやましかった。
ルドヴィークはパメラに「ルディ」呼びを願い、今後はソールとともに王女の留学生活をサポートする担当になるから、うちとけて話してほしいと伝えた。
ソールにはひかれていたが、パメラは笑って「ありがとう」と言ってくれた。
当分は「ルディ」として、パメラと交流を深めたい。
リオンは離宮にいるため、定期的な状況確認を、ソールを先頭に外交官の連中でやっているようだが、パメラはある意味、王宮よりも堅固な守りの中にいる。
定期連絡をかねて、会う機会を作れないかとソールに相談したところ、「とりあえずこの日の予定を空けておけ」と日時指定された。
それが今日だ。
護衛も担当外交官も男性だ。男性ばかりに囲まれて状況確認をされるのは、歳若い王女にとって心穏やかなものではないだろう。
学友も呼んで、王都で人気のカフェで、個室でゆっくりと歓談まじりに話をするのはどうだろうか。
「ルディ」がそう考えて、セッティングをした、ことになっている。
実際のところは、日程調整と店の個室予約をソールが行い、「学友」のスケジュール調整は学院でミハイルが行った。
この店は王都で人気で、ソールが自領の果物の加工品をここに卸してもいて、顔が効く。
ミハイルは以前アルティミシアたちのお茶会のために、ここを予約したことがあるのだという。
王宮に閉じこもっていたルドヴィークとは違って、この2人は機動力が高い。男子力も高い。
表通りを歩くとさすがに他の貴族にルドヴィークだと気付かれてしまう可能性があるため、ソールに紋なしの馬車で、王宮からこの店の裏口まで連れてこられた。
予約したという個室には、ミハイルとエレンが警備上の確認を兼ねて先に待機していた。
そして今だ。
もう少ししたら、パメラと「学友」3人が到着する。その馬車の手配も、ミハイルがやってくれた。
「ミハイル」
ソールがミハイルに歩み寄った。
「はい」
「アルティから聞いたよ。リオン殿下の再教育を引き受けてくれているそうだな。本気で助かるよ。本当なら俺が躾担当だった。ありがとう」
穏やかな笑みで言うソールに、ミハイルも貴族的ではない素直な笑みを返した。
「まあ成り行き上、仕方なかったというか。シアの周りをうろつかれるのも目障りなので。義兄上の助けになったのならよかったです」
話している対象が他国の王子で、ずいぶんな扱いを受けているが、流れる空気は気安い。
家格的に言えばミハイルの方が上だが、いずれ義兄弟になるこの2人は、「ミハイル」「義兄上」と呼び合う仲だ。まだ結婚していないのに、義兄上。
ルドヴィークをかばって瀕死の重傷を負ったソールを、ミハイルが助けたことがそのきっかけとなっただけに、ルドヴィークに文句は言えないが、いや言う筋合いもないのだが、何というか。
ソールは学院時代からの友で、ルドヴィーク自身は親友とも思っている。
遠戚としてソールよりも昔から付き合いのあるミハイルは、小さい頃は何を考えているかわからないような、人形みたいな作り物めいた笑みで大人たちを魅了していた、正直少し不気味な子供だった。
アルティミシアに出会ってからなのか、今ではずいぶん外に素が出るようになっているが。
その2人が目の前であんまり親しいと、仲間外れ感がある。
我ながら、みみっちいなとは思う。
結局は、自分に自信がないのだろう。王太子になったとて、ソールのように誰からも慕われるわけでも、ミハイルのように自分のしたいように突き進む強い意志があるわけでもない。
「じゃ、俺たち帰ります」
エレンがミハイルの隣まで歩いてくると、ミハイルはルドヴィークとソールを見て言った。
これは「ルディ」が企画したことになっている。
女性陣がやってくる前に、裏方は去らねばならない。
「ありがとう。休みの日に手間を取らせた。エレンも」
ルドヴィークが笑顔でそう言うと、まさか自分の名を呼ばれると思わなかったのか、エレンは少し驚いた顔をして、すぐに口角を上げて優雅に礼をとった。
エレン・ウィーバーは裏筋で「国内最強」の異名を取る、ミハイルの側近兼、影だ。
幼い頃のミハイルが、唯一心を許していることを表に出していたのがエレン。
エレンとも回数は少ないが、ルドヴィークは今までに何度か言葉を交わしている。
ルドヴィークには、影は付けられなかった。側近すらいなかった。
反意なし、とわかりやすく示すために、側妃だった母は、息子の命を守るためにそうした。
「万が一の事態」のために、教育はちゃんと受けさせてもらえたが、マリクが生まれた時点でその役目もおろされた。
さっさと臣籍降下しようかとも思ったが、そうなるとセキュリティーが甘くなり、暗殺される危険性が高くなるため、それもかなわなかった。王妃ラウラは、不安要素は徹底的に潰しておきたい苛烈な性格だった。
「ありがとう、ミハイル、エレン」
言ったソールに、2人は素の笑みで応えた。知らない人間が見たら、3人兄弟のようだ。
ソールが人たらし過ぎて怖い。
メルクーリ家を制圧したアルティミシアもそうだが、ストラトス家の真価は「知」ではなく「人転ばし」にあるのではないか。
「シアにダリルが付いているし、階下に近衛も張ってますし。大丈夫かと」
ミハイルの言葉に、ソールはうなずいた。
「うん。ここを今後も定期連絡の場にしてもいいかなとも考えてる」
「何かあったらいつでも声をかけてください」
「ありがとう」
あのミハイルの後ろに、ぶんぶん振っている尻尾の幻影が見える。
薄氷のようにあやうく透き通った笑みを浮かべていた人形が、命を吹き込まれたかのようだ。人の命ではなく、犬の命だが・・。
変われば変われるもんなんだな、人って。感慨深くなる。
「じゃ、頑張ってください、『ルディ』」
変われるだろうか、自分も。
去っていく2人の背中を見ながら、ルドヴィークは考えていた。