62. 【番外編】 王太子の初恋 2/11
ソールは、自分の少し斜め前、橋桁を下りていくパメラの先、待ち受ける人物たちの中に知った顔があるのが目に入って、思わず一瞬足を止めた。
パメラの護衛任務は続いている。何事もなかったように再び足を進めるが、内心は穏やかではない。
(何しに来た)
出迎えで複数人いるその中央を陣取って、礼をとった姿勢で待っているのは、礼服ではないが軽装でもない、だが上質な衣服の一揃えを身にまとったルドヴィークだった。
頭を動かさない程度に辺りを見回すと、そこここにルドヴィーク付きの近衛が騎士服ではなく普通の市民の服を着て不自然にうろうろしている。
ルドヴィークのななめ後ろで、大きな樽にもたれかけて立っている船員風の男と目が合った。
(ボリス!)
ルドヴィークの近衛騎士団長だ。違和感がなさすぎていらっとする。
(お前の役目はこの場になじむことじゃなく、これの暴走を止めることだろう)
ソールの目語りが強すぎたのか、ボリスはふい、と顔を背けた。
「キロスの第二王女、パメラです。学ばせていただく側の留学生の到着に、このように歓待いただけますこと、痛み入ります」
港に降り立ったパメラは優雅に笑み、きれいな身のこなしで、キロスではなくカレンドの最上礼をとった。
乗船した時からもう王族の衣装は身に着けてはいなかったが、こうした所作だけで風格が感じられる。
明らかに自分より目下の服装をしたルドヴィークに対しても決して見下すことはなく、丁寧に接するその姿は、誰から見ても好感が持てる。
船旅中はそこそこの会話もしたものの、キロスでソールがパメラと直接会話した回数は、実際の所、少ない。
だが、最初はソールに頑なな態度を見せていたテオドルに、『私のために、2人には協力してほしいのよ』と、重くない口調で軟化を促してくれたのはパメラだ。それは真意でもあっただろう。だが、ユリエからの書簡が、あながち暗号のためだけのものではないのだと汲み取ってくれた先にある行動でもある。
『パメラは、人の機微に聡い子です。自分が、王族でありながら、いつも微妙な立ち位置に置かれていた子ですから』
ユリエはそう言っていた。
最初はルドヴィークの花嫁候補としてパメラを連れ出そうとしていたソールだが、パメラには選択肢を狭めてほしくない、との思いから、ルドヴィークの存在は一切伏せることにした。
王族なのだから、ルドヴィークと交流する機会はこれからいくらでもあるはずだ。
『パメラを国外に脱出させよう作戦』は、ユリエが言い出したことだ、とパメラには伝えてある。
あながち間違いではないし、その方がパメラもルドヴィークに対して、変な先入観を持たずに相対することができると思った。
そして、そのことはルドヴィークにも伝えている。
ただ、それがこの暴走を呼んでしまったのだとしたら、近衛だけを責めるわけにはいかないのかもしれない。
「私はキロス第二王子リオンだ。歓待感謝する」
先んじられたパメラに負けじと、少々ふんぞりかえったような姿勢で、いまだ礼をとって腰を落としているルドヴィークを見下ろすようにして、リオンは言い放った。
(知らないぞ、後でどんなことになっても)
ソールは疲れたようにリオンの後ろ姿を眺めた。
あのどことなく食えないキロスの王が、何を意図してこの第二王子をここにすべり込ませたのかは、まだわからない。
ただ、王族である以上、ソールにとっては扱いにくく、面倒くさい相手であることは確かだ。
そして、連れてきてしまった以上、多少の躾は請け負わないわけにはいかない。
「ようこそカレンドへお越しくださいました、リオン殿下、パメラ殿下。私はそこにおりますストラトスの同僚で、同じく外交官をしているルディ・レンドルと申します。長い船旅お疲れでしょう。どうぞ、こちらへ」
ルドヴィークは柔らかめの貴族の笑みで2人を迎えた。
いや、安直すぎるだろう。名前。
もう少しひねることはできなかったのか。このキャラはここだけではなく、もう少し使い回すつもりだろう。下手をすればすぐばれるぞ。
顔も髪も無加工で来やがって、お前は。
ソールはひやひやしたが、もともと国交がないキロス、ルドヴィークが立太子したのも最近で、それまではひきこもりだったこともあり、名前はともかく面は割れていない。
2人は特に疑問に思う様子もなく、ルドヴィークの後ろに控えていた面々とも挨拶をし、歩き出した。
学院に通学することが決まっている2人の居住先は、分かれた。
パメラはユリエと同じがいいと言って、バラーシュ商会の社員寮の一室で暮らすことになり、そんなことが許せるはずもないリオンは、学院の学生寮すらも拒んで、王宮の離宮でドニと2人、2室を借り受けることとなった。
「リオン殿下とニアミスするんじゃないですか? 『ルディ』」
王宮の本宮にあるルドヴィークの私室。
ソールは王太子らしい服装に着替えてくつろいでいるルドヴィークを見遣った。
「離宮には一歩も近づかん」
「向こうが来るかもしれないでしょう、こっちに」
「学院外でのあの2人の動きは、近衛に張らせている。要警戒対象であることは変わらんからな」
つまり、当分『王太子ルドヴィーク』はリオンとドニの前にお目見えする気がないらしい。
ニアミスすら回避するつもりらしい。
興味のなさがあからさま過ぎる。
公式行事はまあ当面ないが、留学してきた他国の王族を放置というのもどうなのか。
ただリオンがこちらの王族との挨拶を望んだとして、それに対応するのは国王陛下と側妃。王太子は必ずいなくてはならないものではない。
そしておそらくリオンは、謁見を望まない。
リオンは港でのパメラの対応を見て、確かに気後れしていた、とソールは見ている。
自分の対応が、現状他国の国王とまみえるには不十分であることを自覚して、この留学で何か1つでも得て帰るのならば、リオンがここに来た意味はあるのだろう。
父の命令で、『奔放な』王女のお目付役に徹するのでなければ。
『要警戒対象』に、ソールの中ではリオンは外れている。ソールが諜報的な意味で警戒しているのは、側近のドニだ。
「そもそもパメラ殿下とリオン殿下の住居は離すつもりでしたが、リオン殿下が留学中の住居に離宮を希望したのはよかったですね。監視が楽で」
ソールの言葉に、ルドヴィークはため息をついた。
「パメラ王女が遠すぎる」
バラーシュ商会の社員寮は王都の街中にある。ルドヴィークにとっては行きづらい場所だろう。
普段の社員寮でも常に人はおり、セキュリティーはなかなか高いが、テオドルの指示もあり、今はそれよりも警備体制が強化されている。
おかげでソールもユリエに会いづらい・・・。せっかく帰国したのに。
テオドルはこれも見越してセキュリティー強化したんじゃないのか、とさえ思ってしまう。
「まあ、王女担当なんでしょう、『ルディ』は。これから交流を深めていけばいい。どうか焦らずに。まずはお友達から、ですよ」
「わかってる。もともとそういう話だったしな」
すねたようにふい、とあらぬ方向を見てつぶやくルドヴィークに、ソールは苦笑した。
ずいぶんと第一印象がよかったのだろう。
(うまくいくといいな)
『待て』ができない友が暴走しないよう、見守らなければならない。