60. 【番外編】 レギーナの告白 3/3
レギーナは続ける。
「ミハイル様と私どっちが大事なの? なんて私は言いませんから、エレン様の『大切なもの』の一つに、私を加えてもらえませんか」
なんでそのくだり知ってんの?
言いそうになって、エレンは言葉を飲み込んだ。
冷めた恋愛観ではあったが、恋愛を一つもしてこなかったわけでもない。
少年時代、どんなものかと興味本位に、言い寄られるままに付き合ってみたことはある。
その時に決まり文句かというくらいに複数の女性から、複数回言われた言葉。
『メルクーリ様と私、どちらが大切なんですか?』
そのたびに同じ答えを返した。そして同じように、長くは続かなかった。
その質問を、レギーナはするつもりがないと言う。
(ミハイルか?)
いやミハイルがこのことを知っているとは思えない。それに知っていたとしても、レギーナに話すとも思えない。
だとすれば。
エレンのことをよく見ているレギーナの、女の勘、か。
まるで、見てきたように。
(ああもう)
かなわない。降参だ。お手上げだ。
嬉しいなんて、最悪だ。感性を疑う、自分の。
エレンは覆っていた両手を、そのまま髪をかき上げるようにして顔を上げた。
レギーナの深い紫の瞳と合う。
「先に言っとくけど」
真顔で言うエレンに、レギーナがごくりと息を呑んだ。
こんなささいな仕草までかわいいと思うなんて。
(ごめんミハイル)
さんざんからかって、ごめん。
人のことは、もう言えない。
「これは、お嬢さんが大切にしている友達を意に沿わない結婚から救うためでも、有能な騎士を辺境に帰さないためでも」
エレンは立ち上がって、レギーナの座るソファの傍らに跪いた。
「あとお試しでもない。そんな保険は許さない。一度しか言わない。レギーナ・パヴェル嬢。一生俺の隣にいてほしい。結婚していただけませんか」
レギーナは、ぼろぼろと涙を流して嗚咽が漏れないように口を引き結んでいる。
そんな顔さえかわいい。どうしたらいい。
(何だこれ)
エレンはおかしくなって、レギーナに笑いかけた。
「返事は今じゃなくていいよ。ゆっくり考えてから」
「そんなわけないでしょう! 言い出したのはこっちよ!」
泣きながら、真っ赤な顔をして叫ぶレギーナがかわいくて、愛おしくて。
エレンは立ち上がってレギーナの隣に腰かけると、涙が止まらない婚約者の頭を両腕で優しく包むようにして、ふんわりと抱きしめた。
「うちの親父はまあいいとして、メルクーリ公爵夫妻もまあいいとして、ミハイルとお嬢さんもまあいいとして、パヴェル家だな、問題は」
「まあよくはないから! きちんとご挨拶するから!」
泣き止んで、「顔がどろどろだから見せたくない」と渋るレギーナをなだめて、今後の話を始めている。様付けはやめよう、敬語もやめよう。と、最初に言いおいて。
「こっち側はまとめて報告で済むと思うけどね」
「報告する側が目上の方たちをまとめるってどうなの」
「ミハイルとお嬢さんにはこの後報告するとして、時間とってもらって本邸に行けば、公爵夫妻に親父は付いてるから、まとめるというよりはまとまってるというか。時間とらせることを考えたら仰々しい挨拶じゃない方がむしろいいと思うよ。別邸と騎士隊の連中には、たぶんミハイルとお嬢さんが先頭に立ってお披露目会やってくれると思うし」
「そう・・・ね」
レギーナはこくりとうなずいた。
ちなみに席の移動は「真正面から今の顔を見られるなんて最悪」というレギーナの訴えにより許されず、エレンはレギーナの隣に座ったままだ。
二人きりで、こっちの方が問題じゃないのか、と思わなくもないが、応接室の予約時間は多めにとっているからまだ明け渡す必要もないし、おそらくミハイルの采配だろう、人払いがされている。廊下に人が通る気配がない。
逆にこれでは下手に手を出せない。『信頼を裏切るなよ?』と言われているようなものだ。
プロポーズした直後に手を出すほど獣ではないが、弟に「兄さんちゃんとやれよ」と言われているようで、何だかむずむずする。
ミハイルは、おそらくレギーナの『相談内容』を知っているのだろう。
「ここからパヴェル領までそこそこ距離があるから、親父には長期休暇をとってもらうことになる。その辺も公爵夫妻が一緒にいてくれた方が話がしやすいしね」
エレンの父は公爵付きの影だ。長期休みをとるなら代理をたてなければならない。もちろん、ミハイルに対してエレンの代理も必要になるが。
「えっウィーバー子爵が辺境に来てくださるの?」
レギーナもその辺りの事情はよくわかっているのだろう。一応子爵だということも知っていた。さすがだ。
鉄道が開通して便利にはなっているが、王都からパヴェル領までの直通の線路は存在しない。防衛上の問題だ。国境から王都に手軽に移動できる手段を持つのは諸刃の剣。今は様子見で、計画すら持ち上がっていない。
近隣の駅まで鉄道を使ったとしても、王都からパヴェル領まで5日は要する。
滞在が1日とも考えにくいから、最低二週間は休みをとる必要がある。
「そりゃ辺境伯家のお嬢さんをいただくんだから、親父にも顔を出してもらわないとね。連れていこうと思ってる。一応子爵持ちだし。俺一人で説得できるとは思うけど、こういうのは貴族的なこともからむだろうから」
「説得?」
レギーナがきょとん、という顔をする。
いやあなた何のために俺に突撃プロポーズしたんでしたっけ。
親に決められた男と結婚させられそうだったからではないのか。
エレンの表情に出ていたのか、レギーナはああ、という顔をした。
「そうだった。これを先に言っておくべきだったんだわ、ごめんなさい。うちね、パヴェル家の娘と結婚する男はもれなく、騎士団と総当たりすることが決まってるの。もちろん騎士団長とも。うちの騎士団長は父だから、つまり」
エレンは苦笑した。
「拳で語り合うわけね」
レギーナはうなずいた。
「そうなの。でも勝たなきゃいけないわけじゃないの。そんな条件だったらうちの姉たちは一人として嫁げてないから。認めてもらえるかどうかだから」
エレンは口角を上げた。おもしろい。
「総当たりって、一人ずつ?」
「いいえ。下っ端は正直雑魚だから、まとめてっていう人もいたわ」
この人自分の家の騎士団員を、下っ端とか雑魚って言った。
「騎士団は総勢で何人くらい?」
「100人ほどね。中堅から上が70人くらいってとこかしら」
「ふむ。で、勝てばもちろん無条件で認めてもらえるんだよね?」
エレンがいたずらっぽく笑うと、レギーナはぱああと顔を明るくした。
「もちろんよ。それは父も例外じゃないわ。うち、力こそ正義だから」
大丈夫か辺境伯家。脳筋が過ぎないか。
あと国大丈夫か。こんな家に辺境任せて。
(ああでも)
俄然やる気が出てきた。説得は必要ない。
つまり勝てばいいのだ。
「ちなみにだけど」
「うん?」
「その騎士団に、レギーナが結婚する予定だった男は所属してるの?」
「その男と結婚する予定は私としてはなかったけどそうね、送られてきた釣書の男は、騎士団にいるわ」
エレンが断っていたとしても、レギーナはこの男と結婚するつもりはなかったらしい。どうするつもりだったのか聞きたくもあるが、それはもうない未来だ。聞いてもしょうがない。
そしてやはり、釣書の男はレギーナにとって見知らぬ男ではなかったらしい。
どんな男か気にならないでもない。
「後で名前教えて。あとはそうだな。どのくらいまで許される?」
薄い笑みで言うエレンの質問を、レギーナは正確に読み取ったようだった。顔色が変わる。
「だめよ。殲滅はだめ。一応国の防衛の要だから。あと復帰に時間がかかるから、骨と関節はやっちゃだめ。鎧着用、使用していい武器は木刀だけ。その意味を理解してね?」
慌てたように言うレギーナに苦笑する。自分の夫になる男を何だと思っているのだろう。
でもそれが可能だと思ってくれているのが、妙にこそばゆい。
「わかった。意識さえ落とせばいいってことね。なるべく穏便にね」
「そう! あ、でも釣書の男とホンザ、騎士団で最強の男ね、この2人と父は、多少戦闘不能にしてもらっても」
「いやだめでしょ。防衛の要を私怨で落としちゃ」
エレンは苦笑した。
レギーナ的に、この3人には腹に据えかねるところがあるらしい。
「でもまあ認めてほしいからね、がんばるよ。親父も形式上一応連れて行くし。ちゃんとして、こちら側には何の不備もないようにしたいしね。後で返せって言われても困るし」
「そんなこと言われないと思うけど」
少しすねたように、唇をとがらせて言うのが愛らしい。
「まあ、言われても返さないけどね」
エレンはそれに吸い寄せられるように、静かに口付けた。触れるだけの軽いのを、角度を変えて数回繰り返す。
このくらいは、許してもらえるだろう。
最初は驚いた顔をしていたレギーナが、花がほころぶように笑った。
パヴェル領にて。
エレンは総当たりで、一人残らず全員の膝を地に付けさせ、辺境の伝説になった。
釣書の男と最強の男ホンザだけ、担架で運ばれたが重傷には至らなかった。
レギーナの父、パヴェル伯爵を、エレンは秒で沈めてレギーナを大喜びさせた。
こうしてエレンは、パヴェル伯からレギーナとの婚約を無条件でもぎ取った。
ウィーバー家の子供が何人だったのかは、また別のお話。
お読みいただきありがとうございました!
まあまあよかったよ、と思ってくださった方、応援★いただけましたら幸いです。
リアクションをいただけるとすごく頑張れます
不定期にはなりますが、他の番外編も更新できたらいいなと思っています